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52. ガーランの真実は
しおりを挟む蜜月と言われる期間をアルフ様は永遠でも良いとおっしゃったけれど、勿論そんなわけにもいかず。七日が経った頃にはアルフ様が皇帝陛下に城へと呼び出されて、代わりにレンカが日中を私と過ごした。
「エリザベート様、レネ様から聞いたのですけれどアルント王国はお二人が蜜月の間に大変な事になったようですよ。国王陛下がコルネリア様を手にかけた者を残らず罰したそうです。赤の王妃も含めて」
「罰したって……まさか、処刑したの?」
「いいえ、コルネリア様を寵愛なさっていた国王陛下は絞首刑なり斬首刑なりしてもおかしくはない筈ですのに、何故か処刑は行わずに地位の剥奪と強制労働に処したそうですよ。感情に任せずきちんと法に則った罰だと、民達が国王陛下を支持する声が大きくなっているとか」
お父様はお母様が命を奪う復讐を望んではいないのだと分かって下さったのだわ。良かった……。
「アルント王国はこれからどうなってしまうのかしら? ヘルタはどうしているの?」
「ヘルタ王女は罪に問われはしないそうです。個人的にはエリザベート様を虐げていたので、何か罰を与えていただきたかったのですけどね。あ、けれどのちに優秀な王配となられそうな方と国王陛下の命で婚約なさったとか」
「そうなの? どなたかしら?」
「あの国の腐食した政 政の中心人物達はほとんど粛清されましたからね。これからは新しい者たちが新生アルント王国を創り、民の為の政を陛下と行うそうです。婚約者の方はその中心となる方で、齢五十歳のふくよかな身体つきで頭の毛が著しく寂しいお方だとか。うふふふっ……」
若くて美丈夫が好みのヘルタが、そのように三十歳以上も歳の離れた福々しい婚約者と上手くいくのかしら? けれどお父様の考えられた事なのだから、きっと良いご縁なのでしょう。
何故だかレンカはとても嬉しそうで、私もいくら血の繋がりが無かったとはいえ、ずっと妹姫だと思ってきたヘルタが今後幸せになれるよう祈る事にした。
「そういえば、ワルターの事ですけど。諸外国を巡って一旦戻ってきたそうですよ」
「そうみたいね。ヴァイスが届けてくれた手紙によると、近々また首都で舞台を開くそうよ。私にもミーナとして参加して欲しいって書いていたわ」
「あら、やはり歌姫ミーナは継続ですか?」
「ええ、勿論。ガーランによると、私の祈りの唄には軽い治癒の能力と五穀豊穣、繁栄、そして愛の効果があるのですって」
私はアルフ様の妻として家政を執り仕切るだけでなく、歌姫ミーナとしてこの国と民を、大事な人々の為に歌で助けていく事に決めた。これはアルフ様ともよく話し合って決めた事で、アルフ様は少し嫉妬していらしたけれど私の気持ちを汲み取ってくださった。
「それで、夜は閣下の為だけに唄う歌姫ですか?」
「レンカ! もうっ! 近頃レネ様に感化されて、俗っぽい事を言う事が増えたわよ」
「あらあら、それは申し訳ございません。なにぶん私とレネ様はとても仲が良いもので」
「もう……、あまり恥ずかしい事を口にしないで」
レンカは私達の邸宅で侍女を続けてくれる事になった。レネ様の妻になっても私のお世話をしてくれるのはとても嬉しいけれど、身近でいる事で乳母になる為のタイミングを計られているようで照れ臭い。
「奥様、お客様がおいでです。ガーランと言えば分かるとおっしゃっていますが……」
執事として働いてくれている元軍人のネロが、レンカと過ごしていたサロンへ声を掛けに来る。返事をする前にサロンへ現れたのは、相変わらずキラキラと金の粒を周囲に纏わせたガーランだった。
「ごめんね、エリザベート。待ちきれなくて来ちゃった」
「ガーラン、ゼラニウムの香りは大丈夫なの?」
アルフ様の植えたゼラニウムは、勿論サロンの外側にもしっかりと生えていて、ガーランは入って来られないはずなのに。
「全然大丈夫じゃないよ! もうこの匂いで今すぐ僕の鼻はもげてしまいそうだ! やぁレンカ、ちょっとエリザベートを借りるよ」
「ガーラン様、アルフ様に後で叱られても知りませんよ」
「その時は僕の可愛いエリザベートが助けてくれるさ。少し話があるんだ、いいだろう?」
鼻声のガーランはその高くてシュッとした鼻をつまみながら、私に向かって尋ねてくる。やはりゼラニウムは苦手なようだ。
「いいわ、レンカとネロ。少しだけ出掛けてくるから。心配いらないわ」
私の言葉を最後まで届けられたかどうか分からないまま、あっという間に金色をした光の粒に包まれた私とガーランは、見慣れない場所へと移動していたのだから。
「もう、せめてきちんと伝えておかないとまたアルフ様が心配なさるわ」
「ごめんごめん、だってあんまりゼラニウムの匂いがするものだから。婿殿はよほど僕の事が嫌いらしい」
「嫌いなわけではないのよ。ただ、少しだけ私への執着が強いだけ」
「それって同じ意味だと思うけど……」
青々とした草原と優しい風が吹くその場所、青空を映したような湖がそこに存在していて。遠くの方に見慣れた城がある事で、そこがアルント王国なのだと知る。
「ガーラン、どうしてここに……?」
「しーっ、ほら見て」
ガーランは私の肩を抱いて湖の向こう岸を指差した。目を細めてみると、そこに立つのはお父様で。湖の畔には立派な石碑が建ててあり、それは決して新しい物では無く、年月の経った物のようだ。
「あれは……お父様?」
「コルネリアの墓だよ。アイツ、コルネリアが死んでからすぐにこの場所に石碑を建てたんだ。ここは滅多に人が来ないところだからね、赤の王妃だって知らなかったはずだ」
沢山のゼラニウムの花と白い薔薇の花を石碑に供えたお父様は、そこで一人何か呟いている。その表情はとても穏やかで。
「この場所に思い入れでもあるのかもね。コルネリアと出会った場所だったとか? 僕は知らないけど」
「どうしてここに連れて来たの?」
「僕はね、本当はアイツも、赤の王妃も、コルネリアを殺した全ての奴らをこの世から消してしまおうと思った。でもあの日、エリザベートの婚姻の儀の前の夜にコルネリアが僕の元に現れたんだ」
「お母様が?」
それって、お父様の元にお母様が現れたのと同じ夜のことかしら。まさか、お父様のところに、現れたのは本当にお母様だったの?
「『私はとても愛されていた、だからあの人を許して』って。可愛い娘だからね、そんな事を言われたら仕方ないよね」
「それで、ガーランは今回本当に何もしなかったの? お父様の枕元へお母様の姿で現れたり……」
「そんな事しないよ。きっとコルネリアは僕がやる事を分かってたんだろうね。だからどこかに念を残しておいたんだろう。どこに隠していたのかは分からないけれどね」
それならどうして私のところへは現れてくれなかったのかしら。私もお母様に会いたかったのに。
私の思った事はいつもガーランに知られてしまう。肩をすくめたガーランは、いつもの飄々とした笑顔で口を開いた。
「エリザベート……コルネリアは僕にもアイツにも怒る為に念を残してたんだ。可愛くて良い子のエリザベートには怒る事なんて無いから、だから念を残さなかっただけだよ」
「そうかしら……」
「そうだよ、きっとね」
いつも飄々として心が読めないガーランの言葉は、どこまでが本当で、どこまでが嘘なのか分からない。けれど今は、言われた言葉を信じる事にした。
「さぁ、もう帰りましょう。きっとネロが私がガーランと出た事をアルフ様に急ぎお知らせして、アルフ様が血相を変えて邸宅に戻っている頃だわ」
「えー、本当? 怒られちゃうよね。嫌だなぁ」
「ふふっ、でもお父様の穏やかなお顔が見れて良かった。ありがとう。そう伝えるわ、アルフ様にも」
「絶対だよ、怒られないようにちゃんと伝えて」
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