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47. レネ様の正体
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婚前旅行から帰ってから、アルント王国とメイロン国とクニューベル帝国の三国は、今までに無いほどに騒がしくなる。
帝国の服属国であるアルント王国と中立国であったメイロン国は、何とか帝国の怒りを収めるべく奔走していたという。
ドロテアとエッカルト様の死は勿論ルーエの街であの事件があってすぐに両国へ伝えられたし、二人と行動を共にしていた騎士達もアルフ様をはじめ軍人の方々がただちに捕縛し、事情を聞くなどしていた。
そこで騎士達から語られたのは、二人が帝国に婚約の挨拶に来て以降、多くの従者を先に国へと帰らせて
、少数の騎士だけを引き連れ単独行動を取ったという事。
結局のところ両国ともドロテアとエッカルト様を国賊として扱うと明言した。あとは正式な謝罪と補償についての話し合いとなったようだが、陛下は「補償なんかはエリザベートがしたいようにしてくれてもいいよ」などとおっしゃった。けれど私は全ての裁量を陛下にお任せすると固辞させていただいたのだった。
「よろしかったのですか? この機会に、国王陛下や王妃、ヘルタ王女にも多少は仕返しする事だって出来ましたのに」
「やめてよ、レンカ。そんな事をしたら、婚姻の儀の時にお父様達にどんな顔をして会えば良いのか分からないもの」
「はぁー……、やはり招待する事にはなるのでしょうね。人間の理って本当に面倒ですね」
レンカは生粋の人間ではなく、元は妖精の国で生まれた妖精らしい。今までの奔放な発言とあまりアルント王国に良い印象を持っていないという事が、それを聞いてストンと腑に落ちた。
それなら従兄妹のワルターはというと母親のソフィーは妖精、早くに儚くなった父親は人間で。ワルターの心配性な性格は旅芸人として世界各地を周っていた父親似だったそうだ。
「でもね、私はもうお父様達に縛られたくないの。自由に言葉を発して、歌を歌って、アルフ様のお側にいられたらそれでいいのよ」
「エリザベート様は本当に欲が無さ過ぎますよ! レネ様なんて、あれから暫く麻痺が残ったと閣下に嘘を吐いて、三日間もお務めをズル休みしたんですよ! こっちは心配してお見舞いに伺ったっていうのに!」
「まぁ、そうだったの? それにしてもお見舞いだなんて、やっぱりレンカはレネ様と仲が良いのね。二人とも、お互い遠慮なく話せる仲のようですもの」
そういえば、あの時の軍人のお三方は帰ってから護衛の任務を解かれてしまったけれど、レンカは落ち込んでいないのかしら。その中に想い人がいると話していたのに。
「さぁ、どうでしょうね。仲が良いのか悪いのか。いい加減、少しは異性として意識して頂きたいものですけど!」
「異性として意識?」
その言葉の意味が分からず首を傾げる私に向かって、レンカは悪戯な表情で口を開いた。まるで大掛かりな奇術のタネを教えてくれるように。
「エリザベート様、レネ・フォン・ツィルマー侯爵はれっきとした男性ですよ。女性のような言葉遣いと外見ですけれど、それも任務に使えるという事で普段から心掛けているのだとか」
「え……、えええっ⁉︎」
「うふふ……、面白い方でしょう? それに案外着痩せするようで、服の下は筋肉質でとても逞しいのです」
「レンカは何故そのような事を知っているの⁉︎」
あんまり衝撃的な事を聞いたせいで、ひどい頭痛がしてきた気がするわ。レネ様は可憐な令嬢で女性軍人では無かったの?
けれどよくよく考えれば、一度だってレネ様本人が自分の事を令嬢だとか女性軍人だと話した事は無かった。全て巧みな話術と私達の思い込みで勝手にそうだと決めつけていただけだったんだわ。
「実は、あの旅の途中で偶然お着替えを目にする事がありまして。私、その時目にしたワンピースの下の細身でしなやかで、かといって逞しい筋肉とあの可憐なお顔との差異にやられてしまいまして」
「それなら、どうしてもっと早く教えてくれなかったの?」
「……すみません。何となく、もう少しあとでエリザベート様にはお話したくて」
そう言って薄いそばかすが散った頬を赤らめながら笑ったレンカは、とても可愛らしかった。恋を知った女性というのは本当に強く美しいのだと知る。
「とにかく、私の事はいいんです! 今急ぎで作らせているというお屋敷の方はどうだったのですか? 昨日閣下と見に行かれたのでしょう?」
「ええ、とても素敵だったわよ。もう後は調度品を搬入したらいつでも住めるのですって。お庭もきちんと手入れされて……。そういえば、別棟から持って来たゼラニウムがいち早く植えられていた事にガーランがブツブツ言っていたけれど」
「ガーラン様はゼラニウムがお嫌いですからねぇ。だからこそ閣下はいち早くお庭に植えて、牽制なさっているのですよ。『頼むから、新婚夫婦の新居には気安く来てくれるな』と」
ガーランは時々この帝国の城に勝手に侵入して来ては、私とお茶を飲みながら話をする。近頃は皇帝陛下ともお会いしているみたい。何を話しているのかは知らないけれど、陛下とガーランはとても気が合うようで嬉しい。
乳兄妹のワルターはガーランを置いて、しばらく他国へ新しい芸人と芸を探しに出る旅に出た。今までも時々こういう事はあったからそう心配はしていないけれど、ヴァイスの届けてくれる手紙のやり取りだけではやはり寂しい。
旅に出る日、「婚姻の儀には参加出来ないけれど、また会いに来るから」と伝えにソフィーと共に城を訪れたワルターの表情は、どこか大人びて見えたのが印象的だった。
「あ、エリザベート様! アルフ様とレネ様ですよ!」
帝国の服属国であるアルント王国と中立国であったメイロン国は、何とか帝国の怒りを収めるべく奔走していたという。
ドロテアとエッカルト様の死は勿論ルーエの街であの事件があってすぐに両国へ伝えられたし、二人と行動を共にしていた騎士達もアルフ様をはじめ軍人の方々がただちに捕縛し、事情を聞くなどしていた。
そこで騎士達から語られたのは、二人が帝国に婚約の挨拶に来て以降、多くの従者を先に国へと帰らせて
、少数の騎士だけを引き連れ単独行動を取ったという事。
結局のところ両国ともドロテアとエッカルト様を国賊として扱うと明言した。あとは正式な謝罪と補償についての話し合いとなったようだが、陛下は「補償なんかはエリザベートがしたいようにしてくれてもいいよ」などとおっしゃった。けれど私は全ての裁量を陛下にお任せすると固辞させていただいたのだった。
「よろしかったのですか? この機会に、国王陛下や王妃、ヘルタ王女にも多少は仕返しする事だって出来ましたのに」
「やめてよ、レンカ。そんな事をしたら、婚姻の儀の時にお父様達にどんな顔をして会えば良いのか分からないもの」
「はぁー……、やはり招待する事にはなるのでしょうね。人間の理って本当に面倒ですね」
レンカは生粋の人間ではなく、元は妖精の国で生まれた妖精らしい。今までの奔放な発言とあまりアルント王国に良い印象を持っていないという事が、それを聞いてストンと腑に落ちた。
それなら従兄妹のワルターはというと母親のソフィーは妖精、早くに儚くなった父親は人間で。ワルターの心配性な性格は旅芸人として世界各地を周っていた父親似だったそうだ。
「でもね、私はもうお父様達に縛られたくないの。自由に言葉を発して、歌を歌って、アルフ様のお側にいられたらそれでいいのよ」
「エリザベート様は本当に欲が無さ過ぎますよ! レネ様なんて、あれから暫く麻痺が残ったと閣下に嘘を吐いて、三日間もお務めをズル休みしたんですよ! こっちは心配してお見舞いに伺ったっていうのに!」
「まぁ、そうだったの? それにしてもお見舞いだなんて、やっぱりレンカはレネ様と仲が良いのね。二人とも、お互い遠慮なく話せる仲のようですもの」
そういえば、あの時の軍人のお三方は帰ってから護衛の任務を解かれてしまったけれど、レンカは落ち込んでいないのかしら。その中に想い人がいると話していたのに。
「さぁ、どうでしょうね。仲が良いのか悪いのか。いい加減、少しは異性として意識して頂きたいものですけど!」
「異性として意識?」
その言葉の意味が分からず首を傾げる私に向かって、レンカは悪戯な表情で口を開いた。まるで大掛かりな奇術のタネを教えてくれるように。
「エリザベート様、レネ・フォン・ツィルマー侯爵はれっきとした男性ですよ。女性のような言葉遣いと外見ですけれど、それも任務に使えるという事で普段から心掛けているのだとか」
「え……、えええっ⁉︎」
「うふふ……、面白い方でしょう? それに案外着痩せするようで、服の下は筋肉質でとても逞しいのです」
「レンカは何故そのような事を知っているの⁉︎」
あんまり衝撃的な事を聞いたせいで、ひどい頭痛がしてきた気がするわ。レネ様は可憐な令嬢で女性軍人では無かったの?
けれどよくよく考えれば、一度だってレネ様本人が自分の事を令嬢だとか女性軍人だと話した事は無かった。全て巧みな話術と私達の思い込みで勝手にそうだと決めつけていただけだったんだわ。
「実は、あの旅の途中で偶然お着替えを目にする事がありまして。私、その時目にしたワンピースの下の細身でしなやかで、かといって逞しい筋肉とあの可憐なお顔との差異にやられてしまいまして」
「それなら、どうしてもっと早く教えてくれなかったの?」
「……すみません。何となく、もう少しあとでエリザベート様にはお話したくて」
そう言って薄いそばかすが散った頬を赤らめながら笑ったレンカは、とても可愛らしかった。恋を知った女性というのは本当に強く美しいのだと知る。
「とにかく、私の事はいいんです! 今急ぎで作らせているというお屋敷の方はどうだったのですか? 昨日閣下と見に行かれたのでしょう?」
「ええ、とても素敵だったわよ。もう後は調度品を搬入したらいつでも住めるのですって。お庭もきちんと手入れされて……。そういえば、別棟から持って来たゼラニウムがいち早く植えられていた事にガーランがブツブツ言っていたけれど」
「ガーラン様はゼラニウムがお嫌いですからねぇ。だからこそ閣下はいち早くお庭に植えて、牽制なさっているのですよ。『頼むから、新婚夫婦の新居には気安く来てくれるな』と」
ガーランは時々この帝国の城に勝手に侵入して来ては、私とお茶を飲みながら話をする。近頃は皇帝陛下ともお会いしているみたい。何を話しているのかは知らないけれど、陛下とガーランはとても気が合うようで嬉しい。
乳兄妹のワルターはガーランを置いて、しばらく他国へ新しい芸人と芸を探しに出る旅に出た。今までも時々こういう事はあったからそう心配はしていないけれど、ヴァイスの届けてくれる手紙のやり取りだけではやはり寂しい。
旅に出る日、「婚姻の儀には参加出来ないけれど、また会いに来るから」と伝えにソフィーと共に城を訪れたワルターの表情は、どこか大人びて見えたのが印象的だった。
「あ、エリザベート様! アルフ様とレネ様ですよ!」
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