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46. 私だって酷い性格なのです
しおりを挟む「それで? 妖精王はあの場所にドロテアとエッカルトが潜んでいるのを全て知っていて、黙っていたというのですね」
「まぁね、でも危なくなればいつでも助けるつもりで様子を見ていたんだよ」
微睡の中で、アルフ様とガーランの声が聞こえて来る。身体も瞼も何故かとても重くて、持ち上げられそうにない。それなのに二人はどんどん話を進めていく。私は決して聞き耳を立てるつもりなんてないのに。
「しかし妖精王も人が悪い。ドロテアとエッカルトがあのような結末を辿る事を、おおかた予想していたのではないのですか?」
「んー、まぁね。相討ちしてくれたら儲け物だなぁと思っていたけれど、本当にそうなったね。あの二人が生きている限り、エリザベートには危険がつきまとう。早々に決着がついて良かったよ」
「しかし、優しいエリザベートは心を痛めているでしょう。目の前で妹姫とその婚約者が惨い死に方をしたのだから。可哀想に、彼女は私達とは違って血塗れ事など似合わないのに」
アルフ様、今どんなお顔をしてらっしゃるの? 悲しげなお顔をしているのではないですか? アルフ様だって、決して喜んで人を斬ってきた訳では無い事くらい、私は存じております。そう伝えたいのに、身体が動かない。
「えー、英雄として戦って来た君はともかく、僕まで一緒にされたら困るよ。平和を愛する妖精王なのに」
「そういう事にしておきましょう。どちらにしてもエリザベートにとって、妖精王はきっと悪いようにはしない。その点で貴方と私は結託しているのですからね」
「あはは……。結託って、人聞きが悪いなぁ。せめて結束にしない?」
「エリザベートのように清らかな人と違って、私達には『結託』が似合いですよ」
アルフ様とガーランの会話は確かに耳に入ってくるのに、何故かきちんと頭で理解出来ないままにどんどん片端から忘れていく感覚で。意識がぼんやりして深く考える事が出来ない。
「あ……るふ……さま」
「エリザベート! 目覚めたのか?」
「ちからが……はいらな……くて」
より一層掠れた声がかろうじて発せられる。アルフ様はすぐに手を握ってくださったけれど、どうしてか握り返す力が無くもどかしい。
「大丈夫? まだあの麻痺薬が残ってるのかな。すぐに治してあげるよ」
ガーランの声と共に全身にじんわりとした温もりを感じる。あの頬の傷が治った時のように身体の気怠さはすぐに解消し、ぱちりと瞼を上げて身体を起こす事が出来たのだった。どうやらここは宿の部屋の寝台らしいと分かる。
「ありがとう、ガーラン。アルフ様、ご心配をお掛けして申し訳ございません」
「私の力が足りず、辛い場面を見せる事になり申し訳なかった。このような男、情けないと思うだろうが今後必ずこのような事が無いようにする。すまない」
どうしていつもアルフ様は私に謝罪なさるのかしら。アルフ様はちっとも悪くなんか無い。今回の事だって、元はと言えば私の嫉妬のせいなのに。
「アルフ様、私怒っております」
「そうだろうな。悪かった」
「違います。私が悪いのに、アルフ様が謝らないでください。それに、アルフ様がずっと私の傍について常に守っているなんて事、出来るわけがありませんわ」
初めてこんな風に怒りの感情を露わにしたから、アルフ様が目を見開いて固まってしまった。ガーランはというと、いつもの飄々とした笑みを浮かべて様子を窺っている。私は何故かとても胸がモヤモヤしてしまって、アルフ様に向かってキツイ物言いが止まらない。
「第一、私はそのような事望んでおりません。アルフ様には立派なお務めがございます。将軍の執務室に私を常に連れて行かれるおつもりですか? 戦にも同行させるおつもりで? 私は、守ってもらってばかりなど嫌です。美しい物だけを見て、醜い物から目を逸らす事なんて嫌」
「エリザ……」
私の名を呼ぼうとアルフ様が口を開いたのが見えたけれど、一息に言ってしまわないと泣いてしまいそうだったから構わず続けた。
「私、アルフ様が思うほど清らかな人間などでは無いのです。妹姫や王妃に嫌な感情を持った事もあります。お父様にだって……。それに、アルフ様を他の女性の目に晒すのが嫌で、今回だってそのせいで同行をお断りしたのですから。実は私、こんな酷い性格なのです」
ブハッとガーランが吹き出した。その後は肩を揺らし、声を殺して笑っている。何がそんなに可笑しいのか分からないけれど、アルフ様はそんなガーランを目を細め一瞥してからこちらへと向き直る。
「だから、謝らないでください。血塗れだとか、戦狂いだとか好き勝手に言う人はいるでしょうけど、そんな風にご自身を責めないで。貴方は確かに多くの方にとって英雄なのです。それでも気になるのなら、私だってアルフ様と同じものを背負いたい。だって……夫婦になるのですから」
最後の方は涙声になってしまったけれど、伝えたかった事は全て吐き出せた。
「さすが僕の愛しのミーナだね。確かに、嫉妬というのは恐ろしい感情だ。それに、ミーナだって普通の人間だもんね、他人を疎ましく思う事だってあるって事だ。うんうん」
両手を合わせて打ち鳴らす音が響く。ガーランが手を叩きながらそう口にすると、アルフ様は再びガーランの方へと一瞥を投げた。するとガーランは肩をすくめ、やがて私の方へ向きパチンと片目を瞑る。そうしてあっという間に金の粒に包まれて姿を消してしまった。
「どうやら私は、貴女の清らかな美しさを守ろうとするあまり、独りよがりになっていたようだ。醜い物を視界に入れる事など許されないのだと勝手に思い込み、余計にエリザベートを悩ませてしまった。この手が血塗れだからと自身を責める事は、私を英雄だと言ってくれる貴女を否定する事になるのに」
良かった、分かってくださった。アルフ様もワルターも、それにレンカだって私を守ろうとしてばかりで自分の事は二の次だもの。ガーランの考えはよく分からないけれど、とにかく皆に私と同じくらい自分の事も大切にして欲しい。
「アルフ様が私を守ってくださるのならば、貴方の事は私がお守りします。そんな夫婦になりたいのです。……いけませんか?」
おずおずと尋ねると、愛しい方はその端正なお顔にふわりと優しい微笑みを浮かべた。そして私の元へと近付いて、逞しい腕で大切そうに抱きしめてくださる。その後の甘い口づけで以て、私の問いへの答えとなった。
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