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41. 愛しの孫娘

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 別棟で過ごすならば、自由は無い代わりに確かに安全だった。けれど、一歩外に出れば今回のように私達に害を成そうとする者に狙われる事もあるって言いたいのかしら?

「妖精王の気持ちはありがたいが、私とてエリザベートを守る為に心血を注ぐつもりだ」
「分かってるよ。それだけ溺愛して執着してるところを見せられたら、下手に手を出すと怒られそうだもんね。だから見守るだけにするよ、なるべく……ね」

 聞いているこちらが恥ずかしくなるようなガーランの言葉をアルフ様が否定しない事に、私は居た堪れなくなって俯いた。頬がとても熱くて、それどころか耳までカッカとする。

「ねぇ、結局白の王妃は誰に殺されたの? 王女殿下の声が呪われた声だと言い始めたのは誰?」

 そんな少し甘ったるい場の空気を変えるような声は、レネ様のものだった。けれど私は答えるのを躊躇った。真実を口にするのが辛かったという事もある。それに口にしてしまったら、お母様が人の手によって殺されてしまった事を、ガーランが聞いて悲しむのではないかと心配した。

「コルネリアを毒であやめたのは赤の王妃だよ」

 ゾッとするほど、冷然たる声だった。

「赤の王妃が? 確か、先王時代の宰相の孫だったか。その辺の権力争いの絡みもあるんだろうけど。まさか自分がアルント王国の王妃になる為に、国王の寵愛する妃に毒を盛るなんて。随分と多くの協力者もいたんだろうね。そうそう簡単な事では無いだろうし」
「知らないのはアルント王国の馬鹿国王だけだよ。侍医も、現宰相もあの国を今牛耳っている人間達は皆、コルネリアを亡き者にした事で『今』があるんだからね」

 嘲笑を浮かべたガーランが、レネ様の言葉に答える。その時には先ほどのゾッとするような冷たさは少しだけ和らいでいたけれど。

「流石に疑われるのを恐れてエリザベートにまでは手を出す事はしなかった。けれど結局はエリザベートの事を呪われた声の人形姫だと印象付けて、体良く別棟に軟禁していたんだから、その罪は重いよね。もしもエリザベートが望んだら、僕がすぐにお仕置きしてあげても良かったんだけど……この子エリザベートは優しいから」

 こんな風に、さも簡単な事のように物騒な事を話すガーランに、私は自分の望みを告げた。

「ガーラン……お祖父様と呼ぶのは違和感があるし、そのままでいいかしら? 私は、仕返しなんて望んでいないの。とにかく私の事を構わずにそっとしておいて欲しいだけ」
「ほらね、僕の孫娘である愛しいエリザベートはこんな風に思うんだ。優しくて可愛くて、堪らないだろう?」

 そんな事を口にして、すっかり弛緩した笑顔を私に向けるガーランに、ぐっと腕に力を込めたアルフ様が鋭く尖った声で返事をする。

「それは確かに認めるが、いくら祖父とはいえ愛しい愛しいとそう何度も繰り返されるのは面白くありません」

 アルフ様って本当に独占欲の強い方だったのね。でも、それは私の事をそれほど愛してくださっているという事で……。やはり愛というものは、時には人を弱くしてしまうのだわ。帝国の英雄と呼ばれる将軍が、このように私のお祖父様であるガーランに嫉妬するなんて。

「ふふっ……」
「あ、ほら。僕の可愛いエリザベートが、アルフレートの執着と独占欲があんまり酷いからって呆れて笑ってるよ?」
「何……エリザベート、本当なのか?」

 ガーランにすっかり揶揄われてしまったアルフ様が可愛らしくて、私はふるふると首を振って否定してから「いいえ、嬉しいのです」とお伝えした。

「はいはいはいはい! もうそろそろいいかしら⁉︎ ずーっとそこの座長さんは暗い顔して黙ってるし、本物の侍女はニヤニヤしてるし、部下達も普段は鬼のような将軍がデレデレしてるのを見るのは忍びないのよ! いい⁉︎ そろそろお腹も空いてきたし、いい加減解散しません⁉︎」

 形の整った眉をピクピクとさせつつ、レネ様は腰に手を当てて部屋中に響くほどの大きな声で宣言した。

 ハッとしてワルターを見たら、本当に元気が無くて。もしかしたら私に祖父の存在を黙っていた事をまだ気にしているのかと思い、「気にしないで」と声を掛けようと思ったけれど。苦笑いを浮かべたガーランが言うには、「今はどうかそっとしておいてやってくれ」と言うのでそれに従った。

 でも、やっぱり大切な幼馴染だもの。きっとこのままじゃダメだわ。離れたところに立つワルターが手に持っているのは、以前私が刺繍して手渡したハンカチで。それで眦を軽く抑えているのが見えた。ワルターが泣くほど辛い思いをしているなんて、考えただけで胸が苦しくなる。

「アルフ様……私、やっぱりワルターにきちんと言葉を掛けないと……」
「……そうか」

 そう言ってアルフ様は私を抱いていた力を緩め、優しく微笑んでくださった。その庇護から抜け出した私は、レンカと二、三言葉を交わすワルターの所へ歩み寄る。

 手を伸ばし声を掛けようとしたところで、突然振り返ったワルターの方から、子どもの頃によくしたように優しく抱擁してくれたのだった。

「ミーナ、幸せに……。いいか、いつまでも俺は、お前の味方だからな。お前がくれたハンカチも……ずっと宝物にするよ」
「ええ、ありがとう。私も同じ気持ちよ」

 硬く逞しい体感のアルフ様とも違った、ワルターの茶色くてふわふわの髪の毛のように、懐かしくて柔らかで優しい感触の抱擁だった。

「じゃあ、またな!」

 今度はまた「アルフ様と一緒に一座へ顔を出しに行く」と約束した後、乳兄妹で幼馴染のワルターと祖父で妖精王のガーランは、再び金色の粒に包まれながら部屋から去って行った。

「私達も少し部下からの報告があって部屋を留守にするが、隣の部屋で居るから。何か有れば呼んでくれ」
「分かりました」

 名残惜しそうに私の耳横の髪の毛と頬に触れるアルフ様を、レネ様が鋭い目つきで睨みつけながら引き摺って行った。

 不思議な事に、もうこの二人に対して胸がざわついたり痛くなったりする事は無い。

 そういえば、一座の皆を広場に置いてけぼりにしたから今頃心配しているかも知れないわね。今度会った時には謝らなきゃ。きっといつもの笑顔で「気にするな」って言ってくれるような気がするけれど。

「エリザベート様……、あの、私もガーラン様の事を知っていたのに、黙っていて申し訳ありませんでした。ガーラン様には度々エリザベート様の事を報告もしていましたし、後ろめたい気持ちもあったんです。けれど時が来るまでは、と口にする事が出来なくて……」
「いつだって助けてくれていたレンカは何も悪くないし、気にしないで。それに私、今とても幸せな気分だわ。私には血の繋がった祖父が居て、それがガーランだったなんて楽しいじゃない」
「ガーラン様もずっとエリザベート様の事を心配なさっていたのです。そのように笑って頂けて本当に良かった」

 レンカと私はしばらくの間、二人できつく抱き合って気持ちを分かち合う。ずっと私を支えてくれたレンカの優しい気持ちが流れ込んでくるような気がして、優しい抱擁はとても心地良かった。





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