40 / 55
39. 舞台の後
しおりを挟むガーランにそう促され、舞台袖からこちらを見つめるワルターへ目を向けた。ワルターはどこか困ったような顔をしていたから、流石にこんな事になるとは思ってもみなかったのかも知れない。
「ワルター……」
私を包み込んでくれるような優しい茶色の瞳。じっと見つめながら声にならない声でそう呼ぶと、眉は下がったままで笑ってくれた。そうして大きく頷き、「がんばれ」と口の形だけで伝えてくる。
アルフ様、黙っていてごめんなさい。レネ様、嘘を吐いてごめんなさい。
二人は相変わらずガーランの力で、舞台に向けて駆けては来られない様子。「安心して」そう伝えるように私がゆっくりと微笑むと、二人はハッとした様子で身体の力を抜いた。
ガーランは少し離れた場所から私を見守っている。色とりどりの妖精達は、私の周りを嬉しそうに踊る。観衆の方を見渡してから、大きく息を吸い込んだ。
「夜の帳、しろがね色の月明かりに照らされる生命の花」
ほうっという観客のため息が聞こえた。
「追憶を背負い、浅き夢見じと思っても」
「空を見上げ、幾年の静寂に包まれれば」
「つい願ってしまう、運命を変えたいと」
久しぶりの舞台で緊張はするけれど、私の唇は、喉は、肺は、決して歌を忘れていない。
「月を見上げて 夢を見させて 、そのうち蒼穹へと変わる」
「風に守られた花は永遠に咲く」
私の歌に合わせて多くの妖精達はルーエの街中に散らばり、黄金色の粒を撒き散らす。同時に、広場には色とりどりの小さく可憐な花弁が、空から次々と舞い降りて来る。ふとガーランを見れば、小首を傾げていつもの飄々とした笑みを浮かべていた。
「過ぎて行く時の流れに身を寄せて、風が止まるその時まで」
「陽の下天に願うのは、栄華に咲く花がこの先も此処に存在続けられるようにと」
眩い金色の光の粒と共に、舞台を中心に何か温かな波紋のようなモノが広場に、街に、帝国に広がっていくのが感じられた。
「妖精姫の祈りの唄の効果は絶大だね」
ガーランがそう口にすると同時に、観衆からはわあっと割れんばかりの歓声が上がり、盛大な拍手と一緒に私達を包んだ。
「さて、今年の妖精祭りは大成功のようだ。勢い余って派手にしちゃったけど。来年からどうするかなぁ」
眉間に眉を寄せてハの字にしたガーランが私の隣に立ち、そんな事を言う。まるで想定外の出来事のように言うその口ぶりに、やはり私があの時アルフ様達に吐いている嘘を、心苦しいと思った事がきっかけだったのだと悟る。
ふと見たけれど、アルフ様とレネ様の姿は興奮する観衆達の中で見失ってしまった。でも、きっと慌ててこちらへ向かってくれているだろう。
「ありがとう、偉大なる妖精王ガーラン。それで、答え合わせは? 何故貴方には、私の心が分かるの?」
ガーランは私の頬へと手を伸ばし、スッと身体をかがめた。そして耳元で答えを囁いてから……驚く私をよそに、頬に口づけを落とした。
「エリザベート……っ!」
すぐ近くでアルフ様の声が聞こえて、座長のワルターとガーランが舞台の終わりを告げると同時に、私は舞台袖へと駆け出した。
「アルフ様!」
少し息を切らせた様子のレネ様の隣、両手を広げたアルフ様が見えて、私はその逞しい体躯に飛び込むようにして抱きついた。
硬い胸板でドクドクと大きく脈打つ鼓動を耳と頬で確かめながら、背中に腕を回してきつく抱きしめた。アルフ様も私の髪に顔を埋めるようにして強く抱き返してくださる。
「アルフ様、黙っていてごめんなさい。私……ミーナとして、アルント王国でも帝国でも、歌を歌っていたんです」
「歌姫ミーナの噂は私の耳にも届いていた。けれどまさかそれがエリザベートだったなんて……。城を抜け出す事など出来る訳が無いと思っていたが、妖精王がついていたのならばそれも可能か」
頭上で聞こえるアルフ様の声は怒っている様子はないようだ。それに、私の身体をぎゅっと抱きしめて、もう二度と離すまいというように強く己に引き寄せてくださっている。
「だから言ったでしょ! 王女殿下は城を抜け出してるんだって! そりゃあ……まさかミーナとして歌っていたとは思わなかったけど……。てっきり間男と通じているのだとばかり……」
レネ様がすぐそばでそのように口にすると、すぐさまアルフ様がピシャリと言葉を遮った。
「レネ、口を慎め。私は決してエリザベートの心を疑ったりなどしない」
「う……アルフレート……。分かったわよ。誤解した事に関しては、悪かったわね」
アルフ様に叱られて少ししょんぼりした様子のレネ様の声に、慌てて身体を捩って抱擁から抜け出そうと試みた。
「レネ様……っ、私の方こそ、嘘を吐いてしまってすみません……っ!」
それに、アルフ様を愛してらっしゃるレネ様の目の前で、このように熱い抱擁を交わすなど無神経だったわ。レネ様が護衛についてからは、街中での散策という事もあって、なるべくアルフ様との過剰な接触を避けてきたのに。
「なぁんだ、けど結局王女殿下は妖婦なんかじゃなく、巷を賑わす謎の歌姫だったって事よね。まぁ、自覚なき妖婦ってところはあるみたいだから、私の考えだって全く検討はずれじゃ無かったみたいだけど」
「え……?」
レネ様の言葉にアルフ様が何か返そうとしたところで、ガーランが声を掛けてきた。何とか腕の中から抜け出そうと試みたものの、未だ強く抱きすくめられていて動けずにいる私をよそに、アルフ様と会話を始めてしまう。
「はじめまして、英雄アルフレート。僕は知っての通りだろうけど、妖精王ガーラン。こっちはグラフ一座の座長でワルター。エリザベートの乳兄妹で、僕の家族だよ。ここじゃゆっくり話せないからね、移動しようか」
1
お気に入りに追加
306
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました
Kouei
恋愛
私セイシェル・メルハーフェンは、
あこがれていたルパート・プレトリア伯爵令息と婚約できて幸せだった。
ルパート様も私に歩み寄ろうとして下さっている。
けれど私は聞いてしまった。ルパート様の本音を。
『我慢するしかない』
『彼女といると疲れる』
私はルパート様に嫌われていたの?
本当は厭わしく思っていたの?
だから私は決めました。
あなたを忘れようと…
※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。
俺の妖精すぎるおっとり妻から離縁を求められ、戦場でも止まらなかった心臓が止まるかと思った。何を言われても別れたくはないんだが?
イセヤ レキ
恋愛
「離縁致しましょう」
私の幸せな世界は、妻の言い放ったたった一言で、凍りついたのを感じた──。
最愛の妻から離縁を突きつけられ、最終的に無事に回避することが出来た、英雄の独白。
全6話、完結済。
リクエストにお応えした作品です。
単体でも読めると思いますが、
①【私の愛しい娘が、自分は悪役令嬢だと言っております。私の呪詛を恋敵に使って断罪されるらしいのですが、同じ失敗を犯すつもりはございませんよ?】
母主人公
※ノベルアンソロジー掲載の為、アルファポリス様からは引き下げております。
②【私は、お母様の能力を使って人の恋路を邪魔する悪役令嬢のようです。けれども断罪回避を目指すので、ヒーローに近付くつもりは微塵もございませんよ?】
娘主人公
を先にお読み頂くと世界観に理解が深まるかと思います。
旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。
バナナマヨネーズ
恋愛
とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。
しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。
最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。
わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。
旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。
当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。
とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。
それから十年。
なるほど、とうとうその時が来たのね。
大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。
一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。
全36話
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる