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39. 舞台の後
しおりを挟むガーランにそう促され、舞台袖からこちらを見つめるワルターへ目を向けた。ワルターはどこか困ったような顔をしていたから、流石にこんな事になるとは思ってもみなかったのかも知れない。
「ワルター……」
私を包み込んでくれるような優しい茶色の瞳。じっと見つめながら声にならない声でそう呼ぶと、眉は下がったままで笑ってくれた。そうして大きく頷き、「がんばれ」と口の形だけで伝えてくる。
アルフ様、黙っていてごめんなさい。レネ様、嘘を吐いてごめんなさい。
二人は相変わらずガーランの力で、舞台に向けて駆けては来られない様子。「安心して」そう伝えるように私がゆっくりと微笑むと、二人はハッとした様子で身体の力を抜いた。
ガーランは少し離れた場所から私を見守っている。色とりどりの妖精達は、私の周りを嬉しそうに踊る。観衆の方を見渡してから、大きく息を吸い込んだ。
「夜の帳、しろがね色の月明かりに照らされる生命の花」
ほうっという観客のため息が聞こえた。
「追憶を背負い、浅き夢見じと思っても」
「空を見上げ、幾年の静寂に包まれれば」
「つい願ってしまう、運命を変えたいと」
久しぶりの舞台で緊張はするけれど、私の唇は、喉は、肺は、決して歌を忘れていない。
「月を見上げて 夢を見させて 、そのうち蒼穹へと変わる」
「風に守られた花は永遠に咲く」
私の歌に合わせて多くの妖精達はルーエの街中に散らばり、黄金色の粒を撒き散らす。同時に、広場には色とりどりの小さく可憐な花弁が、空から次々と舞い降りて来る。ふとガーランを見れば、小首を傾げていつもの飄々とした笑みを浮かべていた。
「過ぎて行く時の流れに身を寄せて、風が止まるその時まで」
「陽の下天に願うのは、栄華に咲く花がこの先も此処に存在続けられるようにと」
眩い金色の光の粒と共に、舞台を中心に何か温かな波紋のようなモノが広場に、街に、帝国に広がっていくのが感じられた。
「妖精姫の祈りの唄の効果は絶大だね」
ガーランがそう口にすると同時に、観衆からはわあっと割れんばかりの歓声が上がり、盛大な拍手と一緒に私達を包んだ。
「さて、今年の妖精祭りは大成功のようだ。勢い余って派手にしちゃったけど。来年からどうするかなぁ」
眉間に眉を寄せてハの字にしたガーランが私の隣に立ち、そんな事を言う。まるで想定外の出来事のように言うその口ぶりに、やはり私があの時アルフ様達に吐いている嘘を、心苦しいと思った事がきっかけだったのだと悟る。
ふと見たけれど、アルフ様とレネ様の姿は興奮する観衆達の中で見失ってしまった。でも、きっと慌ててこちらへ向かってくれているだろう。
「ありがとう、偉大なる妖精王ガーラン。それで、答え合わせは? 何故貴方には、私の心が分かるの?」
ガーランは私の頬へと手を伸ばし、スッと身体をかがめた。そして耳元で答えを囁いてから……驚く私をよそに、頬に口づけを落とした。
「エリザベート……っ!」
すぐ近くでアルフ様の声が聞こえて、座長のワルターとガーランが舞台の終わりを告げると同時に、私は舞台袖へと駆け出した。
「アルフ様!」
少し息を切らせた様子のレネ様の隣、両手を広げたアルフ様が見えて、私はその逞しい体躯に飛び込むようにして抱きついた。
硬い胸板でドクドクと大きく脈打つ鼓動を耳と頬で確かめながら、背中に腕を回してきつく抱きしめた。アルフ様も私の髪に顔を埋めるようにして強く抱き返してくださる。
「アルフ様、黙っていてごめんなさい。私……ミーナとして、アルント王国でも帝国でも、歌を歌っていたんです」
「歌姫ミーナの噂は私の耳にも届いていた。けれどまさかそれがエリザベートだったなんて……。城を抜け出す事など出来る訳が無いと思っていたが、妖精王がついていたのならばそれも可能か」
頭上で聞こえるアルフ様の声は怒っている様子はないようだ。それに、私の身体をぎゅっと抱きしめて、もう二度と離すまいというように強く己に引き寄せてくださっている。
「だから言ったでしょ! 王女殿下は城を抜け出してるんだって! そりゃあ……まさかミーナとして歌っていたとは思わなかったけど……。てっきり間男と通じているのだとばかり……」
レネ様がすぐそばでそのように口にすると、すぐさまアルフ様がピシャリと言葉を遮った。
「レネ、口を慎め。私は決してエリザベートの心を疑ったりなどしない」
「う……アルフレート……。分かったわよ。誤解した事に関しては、悪かったわね」
アルフ様に叱られて少ししょんぼりした様子のレネ様の声に、慌てて身体を捩って抱擁から抜け出そうと試みた。
「レネ様……っ、私の方こそ、嘘を吐いてしまってすみません……っ!」
それに、アルフ様を愛してらっしゃるレネ様の目の前で、このように熱い抱擁を交わすなど無神経だったわ。レネ様が護衛についてからは、街中での散策という事もあって、なるべくアルフ様との過剰な接触を避けてきたのに。
「なぁんだ、けど結局王女殿下は妖婦なんかじゃなく、巷を賑わす謎の歌姫だったって事よね。まぁ、自覚なき妖婦ってところはあるみたいだから、私の考えだって全く検討はずれじゃ無かったみたいだけど」
「え……?」
レネ様の言葉にアルフ様が何か返そうとしたところで、ガーランが声を掛けてきた。何とか腕の中から抜け出そうと試みたものの、未だ強く抱きすくめられていて動けずにいる私をよそに、アルフ様と会話を始めてしまう。
「はじめまして、英雄アルフレート。僕は知っての通りだろうけど、妖精王ガーラン。こっちはグラフ一座の座長でワルター。エリザベートの乳兄妹で、僕の家族だよ。ここじゃゆっくり話せないからね、移動しようか」
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