上 下
37 / 55

36. レネ様再来

しおりを挟む
 翌朝目が覚めると既に寝台にはアルフ様の姿は無く、代わりにレンカが控えていた。その表情は心配そうで、どうしてそのような表情をしているのかと問う前に気付いてしまう。

「あの……エリザベート様? お身体は……」
「レンカ、貴女が思っているような事は無かったわ」
「そ、そうですか。良かったのか、それとも悪かったのか分かりませんが。と、とにかくエリザベート様がお元気ならば良かったです」

 レンカは珍しく気が動転しているのか、訳の分からない事を言いながら私に目覚めの白湯を手渡してくる。

「ふふっ……、おかしな態度はやめてちょうだい」
「いえ、だって……。私、昨夜は心配でなかなか眠れなくて……」
「あら、そうなの? 私なんかアルフ様が湯浴みをなさっている間に眠ってしまったわ」
「え、ええええっ⁉︎ そんな、まさか⁉︎」

 大袈裟なほど大きな声で驚くレンカが可笑しくて、しばらく含み笑いが止まらなかった。

「本当よ。わざとじゃないのよ、ついつい眠ってしまったの」
「そうですか……。それは……お可哀想に……。閣下もお気の毒様です」

 レンカはまだブツブツ呟きながら私の今日着ていく服の準備をしている。今日は妖精祭りの催しがあるとの事で、可憐な花飾りを身に付けた花姫という仮装をして娘達は街を歩くらしいのだ。私も是非着てみるようにとアルフ様に勧められ、昨日街で準備したのだった。

「それにしても、先ほど窓から外を見たのですが、花姫の仮装をした娘達が既に多く街を歩いていましたよ」
「まぁ、こんなに朝早くから? それだけとても賑やかなお祭りなのね」
「何でも、はるか昔に妖精王が花飾りを付けた人間の娘の中から一人だけを選んで、祝福をしたのがはじまりだとか。まぁ今では妖精王は仮装をした男性で、意中の花姫に告白をするようなお祭りに変化しているようですけれど」

 レンカはどこから仕入れたのか次々と妖精王と花姫の話をし続ける。けれどその間、私は昨夜の口づけは夢だったのかそれとも現実だったのかと、その事ばかり考えてしまって、レンカの話は半分ほどしか聞いていなかった。

「エリザベート様? 聞いてらっしゃいますか?」
「あ、ごめんなさい。少しぼおっとしていたわ」
「もう。……はい! 美しい花姫が出来上がりましたよ!」

 部屋に備え付けの化粧台、その鏡に映っている自分の姿は、いつもより明るく笑っているように見えた。花冠を被り、大きく一つに編まれた三つ編みの所々にも花飾りが刺されている。チュールとレースがふんだんに使われた、ふんわりとしたデザインのワンピースが数多く並ぶ中で、アルフ様が私の為に選んでくださったのはエンパイアラインの清楚なデザイン。

「このワンピース、とてもエリザベート様にとてもお似合いですね。裾の刺繍が豪華ですけど、決して主張し過ぎず上品なところが」
「ありがとう。アルフ様に選んでいただいたから、そう言って貰えると嬉しいわ」
「そうですね! では、閣下にお披露目しに参りましょう!」

 宿の一階にあるラウンジで部下の方達と共に待っているはずのアルフ様が、私の姿を見てどんなお顔をしてくださるのか楽しみだった。

「あら……? あの方は……」

 広々としたラウンジにはアルフ様と部下の方三名、そして侍女が着るような控えめなワンピースにを身に付けた女性が待っていた。その隣に立つアルフ様は、私を見るなり目を細めて優しく微笑んでくださった。

「そのような格好も美しいな、エリザベート」
「ありがとうございます。あの……」

 アルフ様の反応はとても嬉しかったけれど、やはりその隣に立つ存在の方が気になってしまう。私の視線と言葉に、アルフ様は少々言葉を選ぶように答えた。

「少し……事情があって、私達の護衛につく事になったんだ」
「護衛……ですか?」

 先程まで穏やかな表情だったアルフ様は険しいお顔をなさっていて、私の知らないところで何か良くないことが起こっているような気がした。

「久しぶりですね、エリザベート・フランツィスカ・アルント王女殿下」

 涼やかな声の持ち主は、顎で切り揃えられたプラチナブロンドに魅惑的な紫色の瞳。可愛らしい顔立ちに似合う空色のワンピースは、ふんわりとしたデザインで着ている本人の魅力を十二分に引き出している。

「レネ様、一体どうなさったのですか? お城に残ったのでは?」

 美しいレネ様とアルフ様が並ぶ姿を見ると、チクチクと胸が痛んで。つい問い詰めるような言い方になってしまった。それに、レネ様の前で本来の声を出すのは初めての事で、その反応が気になった。

「なるほど、アルフレートから聞いていた通り、本来の声で過ごされる事になさったのですね。その方が余程いいですよ」

 余程いいですよ、というのは聞き取りにくく辿々しい裏声などよりはマシだという事だろうか。

「そう、あの時私は確かに城に残ったのですが。陛下からこちらへ行くよう命じられたのですよ。少々物騒な話になってきましたので、今後は侍女のふりをしてエリザベート様の護衛につかせていただきます」
「あの……、どなたかが私達に危害を及ぼす可能性があるのですか?」
「はい、その可能性があるという事です。ですがこれ以上詳しい事情はお話出来ないのです。とにかく、侍女として付き添いますので、そのようによろしくお願いします」
「そうですか。こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 レネ様に頭を下げられて、私も同じく頭を下げる。その後アルフ様の方を見ると、私の視線に気付くなり、険しい顔つきを一転して安心させるかのように微笑んだ。

 私達に危害を及ぼす恐れとは、一体どのようなものなのかしら。

「エリザベート、心配は無い。どうしても詳しい事は未だ話せないのだが……レネはかなりの手練れだし、万が一私がそばを離れなければならない状況でも、レネなら侍女としてついていける」

 少し不安に思った事を見透かされたように、アルフ様は私の肩を抱いてくださった。確かに女性だけになる機会はあるだろうし、アルフ様がそうおっしゃるなら安心だわ。

「はい、ありがとうございます」
「こんな事になって、すまない。だが、何も起こらない可能性の方が高い。エリザベートは気にせず楽しんでくれ」
「ええ、分かりました」

 これはきっと私を安心させる為の方便なのだろう。けれど、詳しい事情を知らされない私は頷くしか無かった。

「レネ、くれぐれも頼んだぞ」
「分かってる」

 アルフ様がレネ様に対して全幅の信頼を置いている様子に、少し嫉妬してしまう自分の狭量さが恥ずかしかった。そのような方を私のそばに護衛として置いてくださるという事は、私の事をそれほど大切に思ってくださっているのだと分かるのに。

「エリザベート様……、きっと大丈夫ですよ」
「ええ、分かっているわ。宿に残るとはいえ、レンカも気をつけてね」

 私達の婚前旅行が、どうしてこのように物騒な事になってしまったのかは分からない。けれど、軍人であるアルフ様と一緒にいる限り、このような事は今後もあり得るのかも知れないわ。

 

 


 

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

この度、青帝陛下の番になりまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

人形な美貌の王女様はイケメン騎士団長の花嫁になりたい

青空一夏
恋愛
美貌の王女は騎士団長のハミルトンにずっと恋をしていた。 ところが、父王から60歳を超える皇帝のもとに嫁がされた。 嫁がなければ戦争になると言われたミレはハミルトンに帰ってきたら妻にしてほしいと頼むのだった。 王女がハミルトンのところにもどるためにたてた作戦とは‥‥

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

処理中です...