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24. 感情を持て余す人形姫
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あの夜レンカは私をガゼボの陰で待っている時に、近くで言い争うような声が聞こえたのだと言う。そしてそれは侯爵令嬢であり軍人のレネ様の声だったと。まだ私が帰るには早かった事もあって、レンカは好奇心から声のする方へと身を隠しながら近寄っていった。
「あんな王女、今からでも婚約破棄したらいい!」
声がする建物はどうやら会議室などが並ぶ棟のようで。開け放たれた窓から聞こえてくる声を聞く限り、どうやら言い争っていたのはアルフ様とレネ様だったと言うのだ。
窓は庭園よりもだいぶ高いところにあるから二人の姿は確認出来なかったものの、興奮して大声で喚くレネ様に対しアルフ様は何やら低い声で言い聞かせるような雰囲気で。
そのうち部屋からレネ様が一人飛び出してきて、泣きながらどこかへ駆けて行く。少ししてからアルフ様が出てきたのだと話したのだった。
「やっぱり閣下に直接確認した方が宜しいと思いますよ」
「でも、まさか貴女が二人の話を立ち聞きしたなんて言えないでしょう」
「それはそうですけど。でも、このままじゃエリザベート様もお元気がないままですし」
確かに暫く経っても私の気は晴れないままで、時を同じくして何故か夜の庭園を見回る衛兵も人数が増やされてしまった。そのせいで私はミーナとして長時間城を抜け出すことが困難になる。レンカが一人でいるところを見つかれば私は何処かと問い質されるだろうし、そうなればワルターにも迷惑がかかってしまうから。
「だからってただの政略結婚の相手でしかない私が、アルフ様に何と問えばいいの? 『レネ様とはどういった関係なのですか?』だなんて聞けないわ」
「お聞きになってもいいじゃないですか。アルフ様の婚約者はエリザベート様なのですから、気になるのであれば尋ねればいいのです」
「レンカはそう言うけれど、もしそんな事を聞いてアルフ様に嫌われたらどうするの? 口もまともに聞けない人形姫の癖に、思い上がりも甚だしいと笑われたら?」
大好きなレンカにこんなきつい物言いはしたくないのに。自分の中の感情の昂りが上手く制御出来ずに、完全なる八つ当たりをしてしまう。こんな風にめちゃくちゃに心の中がかき混ぜられるような苛立ちと不安、焦りは今まで感じた事が無かった。
「エリザベート様がこんな風に感情を剥き出しにされる事は今まで無かったですね。あの別棟で、いくら嫌な目に遭ってもここまで怒るということはされなかった。どこかご自分が諦めてしまっているところがあったからです」
レンカに言われてはたと気付く。もう薄れてしまった記憶だけれど、お母様が儚くなった時だってこんなに苛立ったりしなかった。あの時はただ辛くて悲しいだけだったわ。
「今のエリザベート様の方が余程人間らしいと思いますよ。人形姫だなんてとんでもない。様々な感情を露出して必死になっているお姿は、今まで以上にとても魅力的です」
「でも、酷いことを言ってごめんなさい。レンカに八つ当たりしたかったわけじゃないの。自分でも何だか制御がきかない程心が乱れてしまって……」
「あぁ! 泣かないでください! 分かっていますよ、このレンカはエリザベート様の事を誰よりも分かっているつもりですから」
「レンカ……っ」
私は久しぶりに、子どものような泣き声をあげて存分に泣いた。レンカの細い腕に抱かれて、ある日突然自分の中に生まれてしまった醜い嫉妬や怒り、その他の汚れたドス黒い感情を洗い流すようにただ涙を流し続ける。
「今日、午後からアルフ様とお茶会をする予定だったのに。このようなお顔見せられないわね」
目が真っ赤になって、瞼は腫れぼったいし。明らかに泣いていたと分かってしまう。
「大丈夫ですよ! 今から冷やして、温めて、冷やして……それでこの特製の薬草パックをすれば、そうそうバレませんよ」
ガサゴソとチェストの引き出しから出した包みには、不織布の小袋に乾燥させた薬草のようなものが入れられていた。
「本当?」
「ええ! このパックはソフィーさん特製で、『あの子はきっとこれから泣いたりする事もあるだろうから、その時に使ってやっておくれ』と預かったんです」
「あら、いつの間にソフィーに会ったの?」
「それは、えっと……。あ! ちょっとこれを使う準備をしてきますから! お待ちくださいね!」
やっぱりレンカは外でもワルターに会ったりしているのかしら。二人が恋人同士だとしても、別に隠さなくたっていいのに。照れくさいのかしらね。
結局ソフィー特製の薬草パックのお陰で、私の目の赤みと腫れはすっかり取れた。昔からソフィーは薬草に詳しくて、私が風邪を引いたりしたらすぐにソフィーのお薬で治っていたわ。あの時も……お母様が亡くなった時もソフィーが別棟に居てくれたら、ソフィーのお薬でお母様は治ったかも知れないのに。
あの時、ソフィーとワルターは突然城から追い出されて……。私を産んだ後から急に身体が弱くなってしまったらしいお母様はそれがとても悲しそうで、まだ幼かった私だってそんな姿を見るのは辛かった。そのうち具合が悪くなると寝台から起き上がれなくなって。
「あの時、私はまだ幼かったからよく分からなかったけれど、どうしてソフィーとワルターは急に城から追い出されたのかしら。あの頃のお父様は、寵愛するお母様の嫌がる事はしなかったはずなのに」
あの頃の事は何故かあまりよく覚えていない。まだ幼かった事と、お母様の死がショックだったからだと思うけれど。
「さぁ、エリザベート様。準備が出来ましたよ! 今から腫れぼったくなってしまった目を治していきましょうね」
戻ってきたレンカに促されてソファーに横になると、閉じた瞼の上に冷たい手拭いが乗せられた。熱を持って腫れぼったくなった患部には心地良い。
「アルフ様の前では、せめて出来るだけ美しくありたいの……」
「分かっていますよ。大丈夫です……きっとソフィーさんの特製のパックで治りますから」
遠くの方でレンカの声を聞きながら、そのうちうつらうつらと夢心地に誘われていく。最近はあまり夜に眠れていなかったから、熱い瞼に乗せられたひやりとした刺激が心地良かった。
「あんな王女、今からでも婚約破棄したらいい!」
声がする建物はどうやら会議室などが並ぶ棟のようで。開け放たれた窓から聞こえてくる声を聞く限り、どうやら言い争っていたのはアルフ様とレネ様だったと言うのだ。
窓は庭園よりもだいぶ高いところにあるから二人の姿は確認出来なかったものの、興奮して大声で喚くレネ様に対しアルフ様は何やら低い声で言い聞かせるような雰囲気で。
そのうち部屋からレネ様が一人飛び出してきて、泣きながらどこかへ駆けて行く。少ししてからアルフ様が出てきたのだと話したのだった。
「やっぱり閣下に直接確認した方が宜しいと思いますよ」
「でも、まさか貴女が二人の話を立ち聞きしたなんて言えないでしょう」
「それはそうですけど。でも、このままじゃエリザベート様もお元気がないままですし」
確かに暫く経っても私の気は晴れないままで、時を同じくして何故か夜の庭園を見回る衛兵も人数が増やされてしまった。そのせいで私はミーナとして長時間城を抜け出すことが困難になる。レンカが一人でいるところを見つかれば私は何処かと問い質されるだろうし、そうなればワルターにも迷惑がかかってしまうから。
「だからってただの政略結婚の相手でしかない私が、アルフ様に何と問えばいいの? 『レネ様とはどういった関係なのですか?』だなんて聞けないわ」
「お聞きになってもいいじゃないですか。アルフ様の婚約者はエリザベート様なのですから、気になるのであれば尋ねればいいのです」
「レンカはそう言うけれど、もしそんな事を聞いてアルフ様に嫌われたらどうするの? 口もまともに聞けない人形姫の癖に、思い上がりも甚だしいと笑われたら?」
大好きなレンカにこんなきつい物言いはしたくないのに。自分の中の感情の昂りが上手く制御出来ずに、完全なる八つ当たりをしてしまう。こんな風にめちゃくちゃに心の中がかき混ぜられるような苛立ちと不安、焦りは今まで感じた事が無かった。
「エリザベート様がこんな風に感情を剥き出しにされる事は今まで無かったですね。あの別棟で、いくら嫌な目に遭ってもここまで怒るということはされなかった。どこかご自分が諦めてしまっているところがあったからです」
レンカに言われてはたと気付く。もう薄れてしまった記憶だけれど、お母様が儚くなった時だってこんなに苛立ったりしなかった。あの時はただ辛くて悲しいだけだったわ。
「今のエリザベート様の方が余程人間らしいと思いますよ。人形姫だなんてとんでもない。様々な感情を露出して必死になっているお姿は、今まで以上にとても魅力的です」
「でも、酷いことを言ってごめんなさい。レンカに八つ当たりしたかったわけじゃないの。自分でも何だか制御がきかない程心が乱れてしまって……」
「あぁ! 泣かないでください! 分かっていますよ、このレンカはエリザベート様の事を誰よりも分かっているつもりですから」
「レンカ……っ」
私は久しぶりに、子どものような泣き声をあげて存分に泣いた。レンカの細い腕に抱かれて、ある日突然自分の中に生まれてしまった醜い嫉妬や怒り、その他の汚れたドス黒い感情を洗い流すようにただ涙を流し続ける。
「今日、午後からアルフ様とお茶会をする予定だったのに。このようなお顔見せられないわね」
目が真っ赤になって、瞼は腫れぼったいし。明らかに泣いていたと分かってしまう。
「大丈夫ですよ! 今から冷やして、温めて、冷やして……それでこの特製の薬草パックをすれば、そうそうバレませんよ」
ガサゴソとチェストの引き出しから出した包みには、不織布の小袋に乾燥させた薬草のようなものが入れられていた。
「本当?」
「ええ! このパックはソフィーさん特製で、『あの子はきっとこれから泣いたりする事もあるだろうから、その時に使ってやっておくれ』と預かったんです」
「あら、いつの間にソフィーに会ったの?」
「それは、えっと……。あ! ちょっとこれを使う準備をしてきますから! お待ちくださいね!」
やっぱりレンカは外でもワルターに会ったりしているのかしら。二人が恋人同士だとしても、別に隠さなくたっていいのに。照れくさいのかしらね。
結局ソフィー特製の薬草パックのお陰で、私の目の赤みと腫れはすっかり取れた。昔からソフィーは薬草に詳しくて、私が風邪を引いたりしたらすぐにソフィーのお薬で治っていたわ。あの時も……お母様が亡くなった時もソフィーが別棟に居てくれたら、ソフィーのお薬でお母様は治ったかも知れないのに。
あの時、ソフィーとワルターは突然城から追い出されて……。私を産んだ後から急に身体が弱くなってしまったらしいお母様はそれがとても悲しそうで、まだ幼かった私だってそんな姿を見るのは辛かった。そのうち具合が悪くなると寝台から起き上がれなくなって。
「あの時、私はまだ幼かったからよく分からなかったけれど、どうしてソフィーとワルターは急に城から追い出されたのかしら。あの頃のお父様は、寵愛するお母様の嫌がる事はしなかったはずなのに」
あの頃の事は何故かあまりよく覚えていない。まだ幼かった事と、お母様の死がショックだったからだと思うけれど。
「さぁ、エリザベート様。準備が出来ましたよ! 今から腫れぼったくなってしまった目を治していきましょうね」
戻ってきたレンカに促されてソファーに横になると、閉じた瞼の上に冷たい手拭いが乗せられた。熱を持って腫れぼったくなった患部には心地良い。
「アルフ様の前では、せめて出来るだけ美しくありたいの……」
「分かっていますよ。大丈夫です……きっとソフィーさんの特製のパックで治りますから」
遠くの方でレンカの声を聞きながら、そのうちうつらうつらと夢心地に誘われていく。最近はあまり夜に眠れていなかったから、熱い瞼に乗せられたひやりとした刺激が心地良かった。
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