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22. ガーランとワルター
しおりを挟むせっかくミーナとして舞台に立っていても、いつものように気持ちが晴れない。勿論歌は心を込めて歌うのだけれど、何度もため息を吐くことが増えた。
「ミーナ、どうしたの? 近頃ため息ばかりだね」
舞台袖でそんな私の頭をポンポンと二度と叩き、優しく尋ねてくれるのはガーランだった。出会った時と同じ異国の物らしいゆるりとした衣装に身を包んだガーランは、まるで神の化身のように輝いて見える。華やかな外見と不思議な奇術は既に人気者で、多くの民衆を虜にしていた。
「私、近頃自分がとても嫌な人間になってしまった気がするの。頻繁にドロドロとした醜い気持ちが溢れて、こんな事初めてだからどうしたらいいのか分からなくて」
「それは……何かきっかけがあったのかな?」
ガーランはそっと私の肩を抱いて椅子に腰掛けさせると、自分もそばに腰掛けた。小さな椅子に足を組んで腰掛けると、背の高いガーランの長い四肢は随分と余っている。澄ました顔で座っている事が不釣り合いで、思わず頬が緩みリラックス出来た。
「ある方を見ると胸が苦しくて。その方が他の女性と一緒にいたり、お話をしているとジクジクと胸が痛んだりする事もあるの。それに普段あまり表情が変わらない方なのに、緩んだ表情を他の方に向けるのを見たら……」
「ふぅん、なるほどね。それはアルフレート将軍相手に、かな?」
「え、ええっ⁉︎ どうしてそれを⁉︎」
「くく……っ、分からない方がおかしいよ」
勿論城の庭園に迎えに来るくらいだから、ワルターから信頼されていて私が王女だという事も含めて色々と聞いているのだろうけど。舞台の時にしか会わないガーランは私の普段の様子は知らないはずだし、どうして分かったのかしら。そんなに私の表情に出ているのだとしたら、気をつけないといけないわ。
「でも、それのどこが悪いのかな? 人を好きになるっていうのはそういうものだよ。ミーナだけじゃない。僕だって、愛しのミーナが他の誰かの物になると思っただけで相手にちょっとひどいお仕置きをしたくなるくらい胸がざわつくよ」
「もう、ガーランはどうしていつもそんな風に言うの?」
常に誤解を生むような発言をするものだから、いつもワルターに睨まれているのに。ガーランは全くそんな態度を直す気配が無い。
「どうしてって、本心だからだよ。可愛いミーナ、ミーナが誰かに虐められているのだとしたら、僕がそいつをお仕置きしてあげる。その時はいつでも教えてくれたらいいからね」
「ふふっ、ガーランお得意の奇術で仕返しするのね。ありがとう、その気持ちだけ貰っておくわ。それに、私だけが苦しいわけじゃ無いって分かったら安心したの。人を好きになるのはとても苦しいという事も、それが当たり前なのだという事も分かったから」
「でもミーナ、そんなにミーナが苦しんでいるなら別に将軍が相手で無くともいいんじゃないかな? 他にもミーナに相応しい相手はいると思うよ。ミーナを優しく包み込んでくれて、痛みなんか与えないような相手だって。例えば……」
そこまで言うとガーランが椅子から立ち上がって、私のそばに近寄った。するととても背が高くて見上げなければその顔は見えないけれど、きっとニヤリと意地悪げな笑いを浮かべているに違いないわ。ガーランはいつも飄々としている。何を考えているのか読めないところはアルフ様と似ている気がした。
「ミーナ! もうそろそろ帰らないとダメだろ!」
突然私達の前に飛び込んで来たワルターは、ガーランの方をキッと睨みつけた。そして次に私の手を掴むと、サッと椅子から立たせる。
そばに立っていたガーランの身体を避けるようにして離れると、私の身体をギュウギュウと抱きしめてきた。がっちりと頭を抱えられているのでガーランの声は良く聞こえないけれど、耳を当てているワルターの胸からは直接くぐもった声が聞こえてきた。
「ガーランさん、ミーナに変な事を言うのはやめてください! さぁ、もう時間ですから。帰りますよ」
ワルターがいつもと違って、ちょっとだけ怒ったような声になっているように聞こえるのは何故だろう。
「ワルター、ちょっと……息が苦しい……」
「わ、悪かった! ごめん、ミーナ!」
ギュウギュウと締め付けていた腕から逃れられると、やっと大きく息が吸い込めた。案の定、やっぱりガーランは片側の口の端を持ち上げ飄々とした表情でワルターを見ているし、ワルターはワルターでまだ少し怒っているようだ。
「悪かったよ、ワルター。さぁ、ミーナを送りに行こうか」
やがてガーランがそう言って綺麗な笑顔を見せながら肩をすくめると、ワルターもハアッと大きく息を吐いてから全身の力を抜いた。
この二人の関係は一体何なのかしら。ただの座長と奇術師では無いみたい。座長であるはずのワルターは、何故かガーランに強く言えないみたいだし。
「ねぇ、二人ってどういう知り合いなの?」
そう尋ねるとワルターはハッと息を呑んだように身体を強ばらせるし、ガーランはいつものように軽く口元に笑みを浮かべただけだった。
「えーっと……、ガーランさんは……」
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