23 / 55
22. ガーランとワルター
しおりを挟むせっかくミーナとして舞台に立っていても、いつものように気持ちが晴れない。勿論歌は心を込めて歌うのだけれど、何度もため息を吐くことが増えた。
「ミーナ、どうしたの? 近頃ため息ばかりだね」
舞台袖でそんな私の頭をポンポンと二度と叩き、優しく尋ねてくれるのはガーランだった。出会った時と同じ異国の物らしいゆるりとした衣装に身を包んだガーランは、まるで神の化身のように輝いて見える。華やかな外見と不思議な奇術は既に人気者で、多くの民衆を虜にしていた。
「私、近頃自分がとても嫌な人間になってしまった気がするの。頻繁にドロドロとした醜い気持ちが溢れて、こんな事初めてだからどうしたらいいのか分からなくて」
「それは……何かきっかけがあったのかな?」
ガーランはそっと私の肩を抱いて椅子に腰掛けさせると、自分もそばに腰掛けた。小さな椅子に足を組んで腰掛けると、背の高いガーランの長い四肢は随分と余っている。澄ました顔で座っている事が不釣り合いで、思わず頬が緩みリラックス出来た。
「ある方を見ると胸が苦しくて。その方が他の女性と一緒にいたり、お話をしているとジクジクと胸が痛んだりする事もあるの。それに普段あまり表情が変わらない方なのに、緩んだ表情を他の方に向けるのを見たら……」
「ふぅん、なるほどね。それはアルフレート将軍相手に、かな?」
「え、ええっ⁉︎ どうしてそれを⁉︎」
「くく……っ、分からない方がおかしいよ」
勿論城の庭園に迎えに来るくらいだから、ワルターから信頼されていて私が王女だという事も含めて色々と聞いているのだろうけど。舞台の時にしか会わないガーランは私の普段の様子は知らないはずだし、どうして分かったのかしら。そんなに私の表情に出ているのだとしたら、気をつけないといけないわ。
「でも、それのどこが悪いのかな? 人を好きになるっていうのはそういうものだよ。ミーナだけじゃない。僕だって、愛しのミーナが他の誰かの物になると思っただけで相手にちょっとひどいお仕置きをしたくなるくらい胸がざわつくよ」
「もう、ガーランはどうしていつもそんな風に言うの?」
常に誤解を生むような発言をするものだから、いつもワルターに睨まれているのに。ガーランは全くそんな態度を直す気配が無い。
「どうしてって、本心だからだよ。可愛いミーナ、ミーナが誰かに虐められているのだとしたら、僕がそいつをお仕置きしてあげる。その時はいつでも教えてくれたらいいからね」
「ふふっ、ガーランお得意の奇術で仕返しするのね。ありがとう、その気持ちだけ貰っておくわ。それに、私だけが苦しいわけじゃ無いって分かったら安心したの。人を好きになるのはとても苦しいという事も、それが当たり前なのだという事も分かったから」
「でもミーナ、そんなにミーナが苦しんでいるなら別に将軍が相手で無くともいいんじゃないかな? 他にもミーナに相応しい相手はいると思うよ。ミーナを優しく包み込んでくれて、痛みなんか与えないような相手だって。例えば……」
そこまで言うとガーランが椅子から立ち上がって、私のそばに近寄った。するととても背が高くて見上げなければその顔は見えないけれど、きっとニヤリと意地悪げな笑いを浮かべているに違いないわ。ガーランはいつも飄々としている。何を考えているのか読めないところはアルフ様と似ている気がした。
「ミーナ! もうそろそろ帰らないとダメだろ!」
突然私達の前に飛び込んで来たワルターは、ガーランの方をキッと睨みつけた。そして次に私の手を掴むと、サッと椅子から立たせる。
そばに立っていたガーランの身体を避けるようにして離れると、私の身体をギュウギュウと抱きしめてきた。がっちりと頭を抱えられているのでガーランの声は良く聞こえないけれど、耳を当てているワルターの胸からは直接くぐもった声が聞こえてきた。
「ガーランさん、ミーナに変な事を言うのはやめてください! さぁ、もう時間ですから。帰りますよ」
ワルターがいつもと違って、ちょっとだけ怒ったような声になっているように聞こえるのは何故だろう。
「ワルター、ちょっと……息が苦しい……」
「わ、悪かった! ごめん、ミーナ!」
ギュウギュウと締め付けていた腕から逃れられると、やっと大きく息が吸い込めた。案の定、やっぱりガーランは片側の口の端を持ち上げ飄々とした表情でワルターを見ているし、ワルターはワルターでまだ少し怒っているようだ。
「悪かったよ、ワルター。さぁ、ミーナを送りに行こうか」
やがてガーランがそう言って綺麗な笑顔を見せながら肩をすくめると、ワルターもハアッと大きく息を吐いてから全身の力を抜いた。
この二人の関係は一体何なのかしら。ただの座長と奇術師では無いみたい。座長であるはずのワルターは、何故かガーランに強く言えないみたいだし。
「ねぇ、二人ってどういう知り合いなの?」
そう尋ねるとワルターはハッと息を呑んだように身体を強ばらせるし、ガーランはいつものように軽く口元に笑みを浮かべただけだった。
「えーっと……、ガーランさんは……」
1
お気に入りに追加
306
あなたにおすすめの小説
行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される
めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」
ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!
テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。
『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。
新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。
アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。
伝える前に振られてしまった私の恋
メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。
そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
クラスの双子と家族になりました。~俺のタメにハーレム作るとか言ってるんだがどうすればいい?~
いーじーしっくす
恋愛
ハーレムなんて物語の中の事。自分なんかには関係ないと思っていた──。
橋本悠聖は普通のちょっとポジティブな陰キャ。彼女は欲しいけど自ら動くことはなかった。だがある日、一人の美少女からの告白で今まで自分が想定した人生とは大きくかわっていく事になった。 悠聖に告白してきた美少女である【中村雪花】。彼女がした告白は嘘のもので、父親の再婚を止めるために付き合っているフリをしているだけの約束…の、はずだった。だが、だんだん彼に心惹かれて付き合ってるフリだけじゃ我慢できなくなっていく。
互いに近づく二人の心の距離。更には過去に接点のあった雪花の双子の姉である【中村紗雪】の急接近。冷たかったハズの実の妹の【奈々】の危険な誘惑。幼い頃に結婚の約束をした従姉妹でもある【睦月】も強引に迫り、デパートで助けた銀髪の少女【エレナ】までもが好意を示し始める。
そんな彼女達の歪んだ共通点はただ1つ。
手段を問わず彼を幸せにすること。
その為だけに彼女達は周りの事など気にせずに自分の全てをかけてぶつかっていく!
選べなければ全員受け入れちゃえばいいじゃない!
真のハーレムストーリー開幕!
この作品はカクヨム等でも公開しております。
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?
望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。
ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。
転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを――
そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。
その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。
――そして、セイフィーラは見てしまった。
目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を――
※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。
※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる