上 下
19 / 55

18. ヴァイスを見られて

しおりを挟む

 ここでも旅芸人のグラフ一座の舞台は人気を博した。瞬く間に噂が噂を呼び、そして演目の最後に現れる謎多き銀髪歌姫ミーナは、その歌声を聞くだけで元気になれるとクニューベル帝国内で評判らしい。

「今では平民だけでなく、貴族達までもがこぞって歌姫ミーナと会わせてくれとワルターの所へ来るそうですよ。中には妾として囲いたいと言う不届き者もいるとか」

 そう言いながら、レンカはお茶を淹れつつ唇を尖らせた。

 開け放たれたバルコニーの窓から、遠くにある薔薇の香りがふんわりと漂ってくるのは風の悪戯なのか。私は匂い立つ薔薇がすぐそばにあるような気持ちになりながら、やっと慣れてきたこの客室で午後の時間を過ごしていた。

「謎が多いミーナのせいで、ここに来てワルターも大変な思いをしているわね。でも、お陰でソフィーが元気そうで私安心したの。この帝国には腕の良い薬師も多いから、ソフィーも身体の具合が随分と良くなったのですって」
「ソフィーさんも、エリザベート様にお会いできて嬉しかったと泣いていましたよ。グラフ一座の皆さんも、アルント王国で居た時よりこちらで居る方が随分と生活環境が良いようです」
「確かにこの帝国は強大で、とても豊かですものね。それに民衆を見ていたら日々満ち足りた生活を送っているのが伝わってくるわ。きっと皇帝陛下が民の事を思って政を行っているからよ」

 アルント王国はどうだっただろうか。ある時から金鉱脈や銀鉱脈が次々と発見され、突然豊かになった国。天候にも恵まれ、大地は肥えて作物も豊かに実った。けれど貴族達はその分民に重い税を課し、国王であるお父様もそれを良しとしていた。だから貧富の差が生まれ、一部の者だけが豊かな生活を送る国になってしまった。

「私も民の上で生活をさせていただいていたのだから、こんな風に嘆く資格は無いわね。ミーナとして城下町に下りる事が無ければ、そんな事も知らずに生きていたでしょう」

 旅芸人の仲間達から聞く話は、私の心を強く揺さぶった。自分の知らない民の暮らしを知ったのはその頃だった。アルント王国は豊かだと思っていたけれど、それは上部だけで。貴族や王族だけが民を犠牲にして裕福な生活を送っていた事を知った。あの別棟に閉じ込められて、学ぶ場を与えられなかったという事は言い訳に出来ない。

「私だけがこの帝国で、何事も無かったかのように暮らしてもいいのかしら? 勿論アルント王国の事について、私が出来る事など無いのだと分かってはいるけれど。胸が痛いわ」
「そうですねぇ……。なかなか難しいですね」

 いつもなら笑顔を絶やさないレンカも、流石にこの時ばかりは暗い面持ちで考え込んでしまった。

 ちょうどその時、アルフ様が私の居室を訪れる。近頃は公務の合間に私を散歩に誘ってくださったり、二人で城の図書室へ行ったりして過ごす事が増えたのだった。

「エリザベート王女殿下、今日は庭園へ花を見に行きませんか? 見事な睡蓮が咲いている場所があるのですが」
「嬉しいです。睡蓮が咲いていると……衛兵からお聞きして……けれど……場所がよく……分からなかったのです」

 婚姻の儀までもう少し。アルフ様はそれまでに私をこの帝国とご自身に何とか馴染んでもらいたいと思ってか、色々と気遣ってくださる。

「それは良かった。では、参りましょう」
「はい……」

 レンカからは、アルフ様と二人きりの時には地声でも良いのではないかと言われた。寧ろここはもうアルント王国では無いし、私の声を呪われた声だと言う者は居ないだろうからと。でも、私はどうしてかアルフ様に自分の掠れた声を聞かれて幻滅されるのが怖かった。だから未だに裏声で、無理をしているからたどたどしい話し方になっている。

「殿下、不便はありませんか? この国に来て二週間が経ちましたが、貴女はあのレンカという侍女しか近くに置いていない。手が足りないのでは無いですか?」
「いいえ……。私は……なるべく……レンカとだけ……過ごす方が……落ち着くのです」

 まさか地声で話すのを聞かれたく無いからだとは言えず、嘘を吐く事に胸が苦しくなったが、私にはそう告げる事しか出来ない。

「そうですか……それならば良いのです。……実は時々、殿下の部屋のバルコニーに白くて大きな鳥が舞い降りているのを見掛けるのですが、あれはどなたかに書簡を届けているのですか?」

 思わず身体をビクリとさせ、ハッと息を呑んだ。まさかヴァイスをアルフ様に見られていたなんて。

 

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

この度、青帝陛下の番になりまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

【完結】呪いを解いて欲しいとお願いしただけなのに、なぜか超絶美形の魔術師に溺愛されました!

藤原ライラ
恋愛
 ルイーゼ=アーベントロートはとある国の末の王女。複雑な呪いにかかっており、訳あって離宮で暮らしている。  ある日、彼女は不思議な夢を見る。それは、とても美しい男が女を抱いている夢だった。その夜、夢で見た通りの男はルイーゼの目の前に現れ、自分は魔術師のハーディだと名乗る。咄嗟に呪いを解いてと頼むルイーゼだったが、魔術師はタダでは願いを叶えてはくれない。当然のようにハーディは対価を要求してくるのだった。  解呪の過程でハーディに恋心を抱くルイーゼだったが、呪いが解けてしまえばもう彼に会うことはできないかもしれないと思い悩み……。 「君は、おれに、一体何をくれる?」  呪いを解く代わりにハーディが求める対価とは?  強情な王女とちょっと性悪な魔術師のお話。   ※ほぼ同じ内容で別タイトルのものをムーンライトノベルズにも掲載しています※

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...