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15. この国最後の晩餐を

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 アルフ様が去った後、タイミングを見計らったようにレンカが室内へと戻って来た。その手には頼んでおいたワルターへの包装に使う物が握られていたけれど、そんなに探すのに時間がかかるとは思えない。

 レンカったら、きっとわざと席を外していたんだわ。

「エリザベート様、どうでした?」
「どうでしたって、何が? それより、随分とそれを探すのに手間取ったのね」
「ああ、これはさっさと見つかったのです。それでこちらへ戻ろうとしたところに閣下がお見えになって」

 ちっとも悪びれた様子がないレンカは、私とアルフ様がたとえ政略結婚だとしてもなるべく良好な関係を築けるようにと考えてくれたのだろう。

「でも、お陰で裏声でなら話せる事がバレてしまったわ」
「いいじゃありませんか。何ならエリザベート様の地声だって、閣下のあの様子なら受け入れてくれると思いますよ」
「あの様子……って、レンカはやっぱり私とアルフ様の会話に聞き耳をたてていたのね」
「アルフ様、ですか。随分と仲良くなられたようで安心いたしました。ふふふ……っ」

 茶化すようなレンカの態度に、私はカアッと頬が熱く火照って言い返せない。確かに初めてお会いした時よりは随分とアルフ様との距離が縮まった気がする。お互いに人から悪様に言われる事があるという共通点も、私にとっては少しホッとした。

「ねぇレンカ。アルフ様はきっと、政略結婚とはいえ良い旦那様になってくださるわね。皇帝陛下の命で一緒になる事になった私に、今でもとても良くしてくださるんだもの」
「うーん。でもエリザベート様、閣下はきっと……」

 本来、王女である私には自分の意思とは関係なく、どなたか国の為になる殿方と婚姻を結ぶ義務があった。それがたまたま我が国を救ってくださったクニューベル帝国の英雄アルフレート将軍で、その方が私に出来る限りの事をしてくださると言うのだから幸せな方だ。

 ブツブツと何やら呟いているレンカからワルターに渡す包装紙を受け取ると、私は丁寧にハンカチを包んだ。

 クニューベル帝国へ着いたら私に何が出来るのかは分からないけれど、時間があればアルフ様にも刺繍をしたハンカチを渡してみよう。たとえまともに話せなくとも、あの方の妻らしい事が出来る様に。その為にはもう少し練習を積まないと。

「レンカ、私はじめは本当にこの別棟を出るのは嫌だったの。でもよく考えれば、どうせいつまでもここに居られるわけでは無いし。突然追い出されるくらいなら、この機会にクニューベル帝国で出来る事を頑張ってみる事にするわ」
「そうですよ! あちらでも銀髪の歌姫ミーナとして歌えるように、何とか時間を作って頑張ってみましょう!」

 そうだ、クニューベル帝国には私だけが行く訳では無い。近くに家族のいないレンカは勿論、兄のような存在のワルターだって、グラフ一座の皆だって付いて来てくれるのだから。

「そう考えたら、なんだか帝国へ行くのが楽しみになって来たわ」
「その意気ですよ、エリザベート様。これからは罪人のようにこのような所に閉じ込められていないで、自由になるんです。勿論将軍閣下の奥方の務めというのは大変だと思いますけど」

 奥方の務めというのがどういうものか、誰も教えてくれなかった私にはまだ分からないのだけれど。こういう時、亡くなったお母様か乳母のソフィーが近くにいたら心強いのに。

 そもそもお母様が亡くなっていらっしゃらなかったら、赤の王妃もドロテアやヘルタもこの城には存在しなかった。今とは全く違った未来になっていたのだろう。

 庭から風に乗ってゼラニウムの香りが運ばれてくる。爽やかな香りは私が生まれた頃からずっと変わらない。

 お母様がよく言っていた言葉を頭の中で反芻する。『ゼラニウムが私とエリザベートを守ってくれるわ。あの人はゼラニウムの香りが嫌いだから』そう言って笑っていたお母様はいつも少し寂しそうだった。

「レンカ、この庭のゼラニウムを少しでいいから帝国へ持って行けないかしら」
「そうですね、何とかしてみましょう。挿し木で増えるくらいですから大丈夫でしょう」

 お母様のゼラニウム、私の幼い頃からの思い出を、新しい私の居場所にも持って行きたい。この香りがあれば、慣れない場所でも気持ちを落ち着けられる気がする。

 翌日朝早くに、クニューベル帝国の一行と私はアルント王国の王城を出る事になっている。滞在の最後にコンラート皇帝陛下とお父様、そしてアルフ様は両国が揃っての晩餐の席で今後のお話をされた。

「じゃあアルフレートとエリザベート王女の婚姻の儀はなるべく早く行うつもりだが、その時にはまたクラウス国王だけでなく王妃と二人の王女も招待するよ」
「承知しました、コンラート皇帝陛下。どうかこれからもエリザベートの故国である我がアルント王国を、他国の脅威から守ってくださいますよう」
「勿論だ。アルフレートだって、妻となるエリザベート王女の故国は大切にするだろう」
「ありがたいお言葉、感謝します」

 そんな会話を近くで聞きながら、苦虫を噛み潰したような顔の王妃はあまり食欲が無いようで、食事にほとんど手を付けていない。切れそうなほど唇を強く噛んで、鋭い眼差しをこちらに向けるドロテアとヘルタは、お父様に何か言われたのか今宵はとても無口だった。

 お話好きな皇帝陛下はお父様と多く語っていたけれど、アルフ様は小難しいお顔のままでそう多くは語らない。

 今宵がこの国での最後の晩餐でも、家族であるはずの王妃と妹姫達からは憎悪の視線を向けられる。けれど人形姫の私は、あくまでじっと黙って時が過ぎるのを待つだけだった。


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