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13. 訓練の成果、裏声の王女
しおりを挟むミーナとして最後の舞台を終えた私は、翌日から今までにない程とても忙しい日々を過ごしていた。急に旅立つ事になった私が持っている簡素なドレスでは流石に帝国の手前面目が立たないと、お父様が私の為に衣装や身の回り品を慌てて準備させているからだ。
「エリザベート様、良かったですね。既製服を少し直すだけとはいえ、新しいドレスがあんなに」
いつも私のドレスが少な過ぎると嘆いていたレンカは、大幅に増えた事が嬉しいようだ。一から仕立てる事は到底間に合わないので、既製服を少し詰めたりして直していく事になったのだがそれでも私にとっては初めて見る衣装の量だった。
「宝飾品や身の回り品もこんなに必要なのかしら?」
「当然ですよ。ドロテア様やヘルタ様なんて、この十倍もの物をお持ちですよ。エリザベート様は帝国の将軍に嫁がれるのに、このような急拵えで逆に腹が立つほどです!」
「まぁ、レンカったら。いくら私しか居ないからと言ってそのような事を口にしていたら、他所でもついポロリと本音が漏れてしまうわよ」
「幸い、私も帝国について行くのですから、もう二度とこのような愚痴を言わなくてすむでしょうね」
「そうね。ふふっ……」
レンカと私は急に物が増えた別棟の一室で、そんな事を話しながら旅支度を整えていた。帝国側は私の為に慣れた侍女や侍従を数名同行しても良いと言ってくれたけれど、私はレンカだけで十分だからと伝えた。呪われた人形姫は嫌われ者だから、一緒に行きたいという者は居ないだろうし私の方もレンカさえいれば十分だったから。
「さぁ、荷造りも終わりましたし。あとは明日の出発を待つだけですね」
「ワルターに渡すハンカチを包もうと思うのだけれど、何か良い包みはあったかしら?」
「前にエリザベート様がデコパージュに使ってらした装飾紙の残りがあったはずですから、探して来ますね」
「そうね、いくつかあったはずだわ。お願い」
部屋を後にしたレンカの足音が遠のいて行くのを聞きながら、ふうっと肺の中の空気を全て出し切るように息を吐いた。急に色々な事が起こったものだから、少し疲れてしまったようだ。暖かな日差しが窓から射し込んで、気持ちの良い風が頬を撫でる。窓辺のソファーに腰掛けていた私はいつの間にか眠ってしまって。
「ん……レンカ?」
肩からふわりと掛け物が掛けられたような感覚に目を覚ます。時々こうやって居眠りをしてしまう私に、レンカは優しく掛け物を掛けてくれたから。
「起こしてしまいましたか。申し訳ありません、エリザベート王女殿下」
てっきりレンカだとばかり思っていたのに、どこかで聞いたことのある低く凛々しい声色が耳に入った私は、一気に意識が覚醒し慌てて目を開けガバリと飛び起きる。先程、寝ぼけていて思わずレンカの名を呼んでしまった気がした。
「……っ!」
なんで……っ、アルフレート将軍がここに⁉︎
危うく声を出しそうになったところを、口元を両手で押さえることで何とか堪える事が出来た。肩から掛けられていたのは将軍の上着で、しっかりとした重みがあるそれは涼やかで男性らしい香水の香りがする。
「驚かせて申し訳ありません。先日の、王女殿下の侍女がここまで案内してくれたものですから」
レンカが? でも、アルフレート将軍は何故ここに?
動揺して慌てて立ち上がったら、膝の上に乗せてあった刺繍入りハンカチがヒラリと床へ落ちてしまった。ワルターに向けて日頃の感謝を込め、初めて手ずから刺繍したハンカチ。膝に乗せたまま眠ってしまっていたのだろう。
「素敵な刺繍ですね。絵柄は……庭にあるゼラニウムですか?」
心を込めて刺したけれど、まだそう上手くはない刺繍を見られて恥ずかしい思いでいっぱいになる。私がコクコクと頷くのを見て、アルフレート将軍はほんの僅かに口元を緩めた気がした。この方はいつも意識して顔に感情が出るのを隠している。
口を大きく開けて思いきり心から笑う事などあるのだろうか。
「実は今日こちらへ来たのは、突然このような事になってしまった事を一言謝りたくて」
謝る? 帝国の将軍が私に?
思わぬ将軍の言葉に首を傾げて、次の言葉が紡がれるであろう口元をじっと見つめていた。よく見ればシュッとして形の良い唇に、武人である将軍の事を慕う女性が非常に多い事も頷ける。
「此度はエリザベート王女殿下の気持ちを考慮せず、私と国同士の思惑によって突然婚姻を結ぶ事になってしまって申し訳ない。それに、皇帝陛下の一言で突然発つ事になってしまい、王女殿下の準備もろくにままならないのではないかと。これも全て私のせいなのです。本当に申し訳なかった」
「どういう……事ですか?」
実のところ短い言葉ならば、長年の訓練を重ねて何とか声音を変えて高い声も出す事が出来るようになっていた。けれど勿論無理をして声を出しているので、長い言葉は難しいのだけれど。黙っていてはきちんとした話が聞けないと思って、私は勇気を出し裏声を使って将軍に尋ねた。
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