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12. 歌姫はこの国を去る
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広場にはいつも通り多くの民衆が集まっていた。旅芸人の一座『グラフ』の人気はなかなかで、異国情緒漂う風貌と出し物が評判だった。
月明かりと松明が照らす舞台では、グラフの芸人達による踊りや歌、奇術などが披露されている。観客はそちらにすっかり魅了され、慌てて駆け寄ってくる私達に気付く様子はない。私とワルターは舞台の袖に潜り込み、全ての演目が終わるのを待つ。
異国の奇術で観客が盛り上がる頃、舞台袖に急遽芸人達を集め「ミーナはクニューベル帝国にいる恋人と婚姻を結ぶ事が決まった。だからグラフ一座もクニューベル帝国へ移動する」と、座長であるワルターの口から報告した。
それを聞いた芸人達は口々に感想を述べて、ひどく気の毒げにワルターを見ていた。やっぱり突然クニューベル帝国へ一座も移動するなんて、座長であるワルターが決めた事とはいえ無理があったのかも知れない。私は突然環境を変える事になった仲間達に、申し訳ない気持ちいっぱいになっていた。
「嘘だろ、てっきり俺達は座長とミーナがくっつくんだとばかり……」
「それって座長、めちゃくちゃショックだね」
「可哀想に。座長、セシルが慰めてあ・げ・る」
「おいおいセシル、お前はまず女になってから言えよ」
「うるさいわね! 心は立派に女よ!」
口々にワルターに声を掛ける芸人達、皆本当に仲が良いのだ。彼等は私の正体を知らなくても、すんなりと一座の仲間に入れてくれた。ミーナの歌声を褒めてくれたし、城から抜け出せなくて舞台に出られない日があっても、決して責める事は無かった。
「とにかく、ミーナはおめでとう! 俺達はミーナと一緒にクニューベル帝国へ行くぜ。どうせ元々旅芸人で、ここにはたまたま長く居過ぎただけだ」
「そうよ、おめでたいわね。セシルだって誰かが早くお嫁さんに貰ってくれないかしらぁん」
異国の様々な楽器を演奏する陽気なジャンと踊り子のセシルとは、何度も一緒に舞台に立った。セシルは私なんかよりよほど女らしい雰囲気の男性で。
「……セシルが嫁? そりゃ無理だな」
「あっ、ひどいわぁ!」
皆が温かい言葉を掛けてくれたから、私はまた瞳にじわりと熱い涙が滲む。近頃は何故かよく泣いている気がした。ツンとする鼻を押さえ、仲間たちに向かって何度もお礼を述べた。私の嗄れた声を呪いだと恐れたり貶したりしない優しい仲間たちに。
「さぁ! 今宵の締めくくり! そして我らがミーナがこの国で歌うのはこれで最後だ! 続いて俺達グラフ一座も近々この国を出て、クニューベル帝国へ旅をする事になってる! 別れは寂しいけれど、どうか謎多き銀髪の歌姫ミーナのこの国最後の歌声に、今日も酔いしれてくれ!」
ワルターの口上に、集まった民衆はざわついた。しばらくこの国で逗留していたグラフ一座が、隣国クニューベル帝国へ移動する。民達が気軽に楽しめる娯楽が少ないこの国で、それはとても寂しい事だろう。
「嘘だろー!」
「ミーナ! いやだー!」
「行かないで! ミーナ!」
この国で聴くミーナの歌声は今宵が最後なのだと知って、明らかに残念がってくれていた。そんな確かな事実に、私は嬉しくて意図せず全身がブルリと震える。自分がしてきた事を認めてくれる人々がいる。呪われた声を持つ人形姫と呼ばれ、お父様をはじめ城で疎まれ続けてきた私にとっては、それはとても幸福な事だった。
舞台に上がると、集まった民衆の視線が痛いほどにベール越しでも感じられる。繊細な網目を通して薄らと見える様子では、皆複雑で色々な表情をしてこちらを見ていた。いつもと同じ舞台のはずなのに真ん中へ移動する足が重く、手も自然に震えてしまう。こんなにたくさんの民衆が集まっているのに、シンとした静寂が耳に痛いほどで。
私はとうとう舞台の中心に立った。今まで何度も立たせてもらったこの場所に、もう二度と立つ事は出来ないのだと思うと胸が痛む。
本当は集まっている民衆に向けて言葉を投げかけたいと思ったけれど、『万が一正体がバレるといけないから、ミーナは歌うだけで絶対に言葉を話さない』というのが元の座長であるソフィーとの約束だった。王族や貴族の言葉遣いには特徴があるから、庶民らしさが無いと怪しまれるからと。
心を込めて、祈るように歌を紡ぐ。
「夜の帳、しろがね色の月明かりに照らされる生命の花」
静かに息を吸い、吐き出す時にはお腹の底から歌声を放つ。
「追憶を背負い、浅き夢見じと思っても」
「空を見上げ、幾年の静寂に包まれれば」
「つい願ってしまう、運命を変えたいと」
私の掠れた声は、歌声になると途端に人々の心を打つのだとソフィーに言われた。呪われた声などでは無いという事の証明だと。
「月を見上げて 夢を見させて 、そのうち蒼穹へと変わる」
「風に守られた花は永遠に咲く」
「過ぎて行く時の流れに身を寄せて、風が止まるその時まで」
お母様が教えてくれたこの子守唄は、国を豊かに栄えさせる『おまじない』でもあるのだと。
「陽の下天に願うのは、栄華に咲く花がこの先も此処に存在続けられるようにと」
私はもう此処には居られないけれど、この国の民を思う気持ちは置いていく。もし本当にクニューベル帝国でミーナとして歌う事が出来たとしても、きっとこの国の民の事も忘れない。
「ミーナ! ありがとう!」
「帝国でも元気で! ミーナ!」
「綺麗な歌声をありがとう!」
たとえ王女としては人形姫だと呼ばれて疎まれていても、歌姫ミーナとしての私を受け入れてくれたこの場所は、辛い日々の中で生きる糧になっていた。
「……ありがとう」
クニューベル帝国に行って、本当に今までのように歌えるのかどうかなんて分からない。別棟に追いやられた王女ではなく、将軍の奥方となればそう簡単に抜け出せるとは思えないから。けれど私の居場所である歌姫ミーナを守ろうとしてくれるワルターの気持ちは、確かに嬉しかった。
月明かりと松明が照らす舞台では、グラフの芸人達による踊りや歌、奇術などが披露されている。観客はそちらにすっかり魅了され、慌てて駆け寄ってくる私達に気付く様子はない。私とワルターは舞台の袖に潜り込み、全ての演目が終わるのを待つ。
異国の奇術で観客が盛り上がる頃、舞台袖に急遽芸人達を集め「ミーナはクニューベル帝国にいる恋人と婚姻を結ぶ事が決まった。だからグラフ一座もクニューベル帝国へ移動する」と、座長であるワルターの口から報告した。
それを聞いた芸人達は口々に感想を述べて、ひどく気の毒げにワルターを見ていた。やっぱり突然クニューベル帝国へ一座も移動するなんて、座長であるワルターが決めた事とはいえ無理があったのかも知れない。私は突然環境を変える事になった仲間達に、申し訳ない気持ちいっぱいになっていた。
「嘘だろ、てっきり俺達は座長とミーナがくっつくんだとばかり……」
「それって座長、めちゃくちゃショックだね」
「可哀想に。座長、セシルが慰めてあ・げ・る」
「おいおいセシル、お前はまず女になってから言えよ」
「うるさいわね! 心は立派に女よ!」
口々にワルターに声を掛ける芸人達、皆本当に仲が良いのだ。彼等は私の正体を知らなくても、すんなりと一座の仲間に入れてくれた。ミーナの歌声を褒めてくれたし、城から抜け出せなくて舞台に出られない日があっても、決して責める事は無かった。
「とにかく、ミーナはおめでとう! 俺達はミーナと一緒にクニューベル帝国へ行くぜ。どうせ元々旅芸人で、ここにはたまたま長く居過ぎただけだ」
「そうよ、おめでたいわね。セシルだって誰かが早くお嫁さんに貰ってくれないかしらぁん」
異国の様々な楽器を演奏する陽気なジャンと踊り子のセシルとは、何度も一緒に舞台に立った。セシルは私なんかよりよほど女らしい雰囲気の男性で。
「……セシルが嫁? そりゃ無理だな」
「あっ、ひどいわぁ!」
皆が温かい言葉を掛けてくれたから、私はまた瞳にじわりと熱い涙が滲む。近頃は何故かよく泣いている気がした。ツンとする鼻を押さえ、仲間たちに向かって何度もお礼を述べた。私の嗄れた声を呪いだと恐れたり貶したりしない優しい仲間たちに。
「さぁ! 今宵の締めくくり! そして我らがミーナがこの国で歌うのはこれで最後だ! 続いて俺達グラフ一座も近々この国を出て、クニューベル帝国へ旅をする事になってる! 別れは寂しいけれど、どうか謎多き銀髪の歌姫ミーナのこの国最後の歌声に、今日も酔いしれてくれ!」
ワルターの口上に、集まった民衆はざわついた。しばらくこの国で逗留していたグラフ一座が、隣国クニューベル帝国へ移動する。民達が気軽に楽しめる娯楽が少ないこの国で、それはとても寂しい事だろう。
「嘘だろー!」
「ミーナ! いやだー!」
「行かないで! ミーナ!」
この国で聴くミーナの歌声は今宵が最後なのだと知って、明らかに残念がってくれていた。そんな確かな事実に、私は嬉しくて意図せず全身がブルリと震える。自分がしてきた事を認めてくれる人々がいる。呪われた声を持つ人形姫と呼ばれ、お父様をはじめ城で疎まれ続けてきた私にとっては、それはとても幸福な事だった。
舞台に上がると、集まった民衆の視線が痛いほどにベール越しでも感じられる。繊細な網目を通して薄らと見える様子では、皆複雑で色々な表情をしてこちらを見ていた。いつもと同じ舞台のはずなのに真ん中へ移動する足が重く、手も自然に震えてしまう。こんなにたくさんの民衆が集まっているのに、シンとした静寂が耳に痛いほどで。
私はとうとう舞台の中心に立った。今まで何度も立たせてもらったこの場所に、もう二度と立つ事は出来ないのだと思うと胸が痛む。
本当は集まっている民衆に向けて言葉を投げかけたいと思ったけれど、『万が一正体がバレるといけないから、ミーナは歌うだけで絶対に言葉を話さない』というのが元の座長であるソフィーとの約束だった。王族や貴族の言葉遣いには特徴があるから、庶民らしさが無いと怪しまれるからと。
心を込めて、祈るように歌を紡ぐ。
「夜の帳、しろがね色の月明かりに照らされる生命の花」
静かに息を吸い、吐き出す時にはお腹の底から歌声を放つ。
「追憶を背負い、浅き夢見じと思っても」
「空を見上げ、幾年の静寂に包まれれば」
「つい願ってしまう、運命を変えたいと」
私の掠れた声は、歌声になると途端に人々の心を打つのだとソフィーに言われた。呪われた声などでは無いという事の証明だと。
「月を見上げて 夢を見させて 、そのうち蒼穹へと変わる」
「風に守られた花は永遠に咲く」
「過ぎて行く時の流れに身を寄せて、風が止まるその時まで」
お母様が教えてくれたこの子守唄は、国を豊かに栄えさせる『おまじない』でもあるのだと。
「陽の下天に願うのは、栄華に咲く花がこの先も此処に存在続けられるようにと」
私はもう此処には居られないけれど、この国の民を思う気持ちは置いていく。もし本当にクニューベル帝国でミーナとして歌う事が出来たとしても、きっとこの国の民の事も忘れない。
「ミーナ! ありがとう!」
「帝国でも元気で! ミーナ!」
「綺麗な歌声をありがとう!」
たとえ王女としては人形姫だと呼ばれて疎まれていても、歌姫ミーナとしての私を受け入れてくれたこの場所は、辛い日々の中で生きる糧になっていた。
「……ありがとう」
クニューベル帝国に行って、本当に今までのように歌えるのかどうかなんて分からない。別棟に追いやられた王女ではなく、将軍の奥方となればそう簡単に抜け出せるとは思えないから。けれど私の居場所である歌姫ミーナを守ろうとしてくれるワルターの気持ちは、確かに嬉しかった。
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