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11. 兄のような存在ワルター
しおりを挟む別棟に帰ってから私はレンカに全てを話し、どうにかして城を抜け出してワルターに会うことが出来ないかと相談する。
ミーナとして舞台に立てるチャンスはあと少し。どうしても最後に一度くらいはこの国で歌を歌ってから去りたかった。
「分かりました。それでは今宵、何とかワルターを呼びましょう」
「ありがとう、レンカ。我儘を言ってごめんなさい」
ワルターが城の内外に配置された警備の者に見つからないように、私が出来る事は祈る事だけ。もし私が一緒の時ならばまだ良いけれど、ワルターが一人で捕まってしまったらと思うと、とても心配だった。それでも、ミーナとして最後に歌いたいという気持ちだけはどうしても諦める事が出来なかった。
いつでもワルターが来てもいいように、私は衣装に着替えてその時を待つ。普段から夜に別棟を訪れる者はいないし、私とアルフレート将軍との婚姻が急に決まった事で城内は非常に混乱していた。こんな時にわざわざここを訪れる者はいないだろうと思ったから、待ち時間にワルターに渡すハンカチの刺繍の続きを刺した。
「ミーナ! 悪い、待たせたな!」
「ワルター! ごめんね、大丈夫だった?」
「何とかね。えらく城がバタバタしてるし、思ってたよりは大丈夫だったよ」
二人で暗い地下通路を進みながら、ワルターに三日後に私はクニューベル帝国へと発つ事を伝える。レンカから事情を聞いていたワルターは、驚く事は無かったけれど、どこか考え込む様子で言葉数も少ない。
「なぁ、本当にいいのか? クニューベル帝国なんて行って。戦狂いの血塗れ将軍に嫁ぐなんて」
「やめてよ。アルフレート将軍だって、本心は私と婚姻を結びたくなんて無いんだから。これはあくまで政略結婚であって、特に私達の感情なんていうものは必要とされていないの」
「けどさ、クニューベル帝国って高貴な身分の間では一夫多妻制が色濃く残ってるっていうし。皇帝陛下だって三人も王妃がいるだろ。俺はミーナが不幸になるんじゃないかって心配なんだよ」
優しい乳兄妹のワルターは、いつまでも私を大事にしてくれる。松明の明かりだけでは表情まで見えないけれど、きっといつもするみたいに不安そうに眉をハの字にした顔でいるんだろう。
「ありがとう、ワルター。例えそんな事があったとしても、私は政略結婚で輿入れするんですもの。悲しむ必要なんて無いわ。私の婚姻によって国と国の繋がりが出来て、それがより強固になる事で民が平和に過ごせて救われるのならば」
「ミーナがそこまで心を決めているのなら……」
「なぁに?」
「それなら、俺達もクニューベル帝国へ行くよ。ミーナは帝国でも銀髪の歌姫ミーナとして歌えばいい」
確かにワルターのいる旅芸人一座は今まで色々な国を回って来たのだけれど、そんな風に個人的な感情で決めてしまっていいのだろうか。
「俺、実は座長を引き継ぐ事になったんだ。母さんが足を悪くして、思うように動けなくなったから」
「え……っ、ソフィーが? 大丈夫なの?」
「まぁ、足以外は相変わらず元気だし、口も達者だから大丈夫」
「近頃舞台を観に来ないと思っていたけれど……。でも、水くさいじゃない。私にももっと早く話してくれたら良かったのに」
ソフィーは私の乳母でもあるし、お母様の古い友人だった。そりゃあソフィーの足を治してあげる事も、仕事を手伝う事も私には出来ないけれど……。それでも、話してくれれば良かったのに。
「すまん。他に色々とあって……。つい言い忘れただけだ。悪かったな」
「うん、でも……心配だわ。ソフィーには会えないの?」
「ミーナがこの国にいる間は難しいかも知れない。でも、ミーナが輿入れしたら俺達もすぐクニューベル帝国に移動するから。そこで会えるさ」
「そう……。分かった」
ワルターは狭い通路を私の手を取ってぐんぐん進み、城下町のはずれにある出口へと向かう。出口は古びた空き家の庭に繋がっていて、そこにも別棟と同じくゼラニウムが沢山植えられていた。松明を消してからそっと外に出る。街の中心部に向かおうと一歩踏み出したところで、手を握って先を歩いていたワルターが振り返る。
「ミーナ。お前が本当は逃げたいと思っているなら、俺はお前を……」
優しい茶色の瞳が真っ直ぐに私の方を見る。昔からまるで兄のように、泣いている私をいつも元気付けてくれたワルターは、今も懸命にどうにかしてこの状況から助け出そうとしてくれている。
「ワルター……」
優しい私のお兄様、その先を口にしてはダメ。私を逃す事で国賊にする訳にはいかないもの。
たとえ呪われ声の人形姫だとしても……私はこの国の王女だから。この国を守る為に、逃げ出す事は許されない。
「大丈夫よ。私はこう見えて王女だし、定められた運命には従うわ。だけど今宵一度だけでいいから、この国で最後にミーナとして歌わせて欲しいだけ」
「そうか……。分かったよ」
さようなら、この国の民。私は呪われた人形姫と呼ばれたけれど、民の事を思わなかった日は無いわ。
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