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〜プロローグ〜国王陛下と白の娘
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「陛下、お待ちください! 一人でこのようなところに居るなど、いかにも怪しげな女です!」
狩りに訪れたのは王家所有の森。いつもと違った場所に行ってみようと思い立って、辿り着いたのは恐らく城に住む殆どの者に忘れ去られた湖のほとりだった。
青々とした水をたたえた湖のすぐ脇、そこに真っ白な女が倒れていた。
「陛下!」
「たかが女一人だ。騒ぐでない」
「しかし……!」
倒れた女の周囲に広がった艶めく銀の髪は、見た事がないような美しい輝きを放ち、身につけた乳白色の薄手の衣は、豪華なものではないのに淑やかな気品があった。そこからスラリと伸びる四肢の白さに、思わずゴクリと喉を鳴らした。
「おい、どうした? このような所で、何があったのだ?」
一瞬、思うように好きなだけ女どもを抱いてきた私ともあろう者が、触れる事に躊躇してしまうほどのきめ細かい肌。何とか細い肩を揺すって声をかけると、伏せられていた銀のまつ毛がふるりと震える。
そこから現れた深い深い湖の色と同じ瑠璃色の瞳に、私は一目で心を奪われたのだった。
「ん……、あれ? つい眠ってしまったのね。貴方は……だぁれ?」
「私の顔を……知らぬと申すか」
「ごめんなさい」
この国の国王である私の顔を知らぬとは、余程田舎者か……又は他国の者か? もしかしたらこの見目の良さから人買いに攫われて、逃げ出してきたのかも知れぬ。
「私はコルネリアというの。貴方は……どなた?」
コルネリア……不思議な女だ。見た目も美しく髪と瞳の色味も珍しいが、何より涼やかな声に耳を癒される。この女を城へ連れて帰りたい。出来るならば……我が物にしたい。
「私の名か? 名はクラウスだ」
「クラウス……」
色々と考えを巡らせているうちに、気が利かない年寄りの従者がやかましく喚く。
「この! 無礼者! こちらのお方は……っ!」
「やかましいぞ。この女は城へ連れ帰る。どこか痛めているかも知れん」
「陛下! そんな……何処の馬の骨とも分からぬ娘ですぞ!」
コルネリアは従者のひどい剣幕に驚いていたが、私が手を差し伸べると自然に手を合わせてきた。白くて細い指先が自分の手に触れると、それだけで胸が苦しくなる思いがした。このような気持ちは初めてだ。
「コルネリア、立てるか?」
「大丈夫。私、どうしてここへ来たのかしら? 覚えていないの」
「では、私と共に行くか?」
行かない、と言われようとも既に私はコルネリアを城へと連れて行くつもりだった。ここは王家所有の森だ。ここで見つけた落とし物は全て国王である私の物。
「クラウスと? でも……迷惑ではないかしら? 私、何故か頭がぼうっとして……記憶が曖昧なの」
「構わん。いつまでも城で養生すれば良い」
「ありがとうクラウス。貴方って優しいのね」
ギリギリと従者が歯軋りをしている事に気付いたが、私はもうコルネリアを連れ帰る事は決めていた。私の馬に乗せ、城へ連れ帰り、これからの事を考えなければならぬ。
「私は、お前に一目惚れしたようだ。コルネリア、お前を何としても我が妻にしてみせよう」
「まぁ、ふふっ……。クラウスったら、面白い冗談を言うのね」
この時コルネリアは私が言った事を冗談だと思ったようだが、それを聞いていた従者が一気に青褪める。年嵩の従者が今にも吐きそうな顔になっているのを見て、私は可笑しくて堪らなかった。
それからの私の動きは早かった。家族の事も覚えていないと話すコルネリアを手頃な侯爵家の養女にし、婚約期間もそこそこに王妃に迎えた。少々反感を持つ者もいたようだが、そのような奴らは見せしめも兼ねて粛清した。誰にも異論は唱えさせぬ。
世間知らずのコルネリアはまるで少女のように可憐で愛らしく、私を夢中にさせた。そしてコルネリアが子を授かったと分かった時、私は嬉しくて堪らなかった。まさかその子が、私の大切なコルネリアを奪う事になろうとは思いもせずに。
「コルネリア……ッ、コルネリア! 何故だ⁉︎ 医者は何をしていた⁉︎」
私はコルネリアの突然の死を受け入れられず、医師を問い詰めた。娘エリザベートを産んでから、産後の肥立ちが良くなかった上に先日悪い風邪を引いたのだった。儚くなるまでがあまりにも早い。こんな事、許せるわけがない、あまりにもおかしいではないか。
「陛下、大変申し上げにくいのですが。王妃殿下のお産みになられたエリザベート様は、声に呪いを持っておいでです。幼い子どもの声とは思えぬ嗄れた声は、きっと恐ろしい呪いに違いありません。ずっと側にいらっしゃった王妃殿下は、その呪いによって亡くなられたのです」
「何だと……?」
「封印なさいませ、エリザベート様の声を。このままでは王妃殿下だけでなく、陛下にまで影響があるやも知れませんぞ」
その日から、私はエリザベートに話す事を禁じた。私がこの世で唯一愛したコルネリア、その命を突然失われた事で、腹立たしさをどこかにぶつけたくて仕方が無かったのだ。
いつの間にか、見た目はとても美しいが喋りもしない人形のような王女だと、エリザベートは周囲から遠慮無しに言われるようになる。嘲りの意味で『人形姫』と呼ばれるようになった我が娘が悲しそうな顔をしても、私は助けるつもりがなかった。
愛するコルネリア。その命を奪った事がどうしても許せなくて。
狩りに訪れたのは王家所有の森。いつもと違った場所に行ってみようと思い立って、辿り着いたのは恐らく城に住む殆どの者に忘れ去られた湖のほとりだった。
青々とした水をたたえた湖のすぐ脇、そこに真っ白な女が倒れていた。
「陛下!」
「たかが女一人だ。騒ぐでない」
「しかし……!」
倒れた女の周囲に広がった艶めく銀の髪は、見た事がないような美しい輝きを放ち、身につけた乳白色の薄手の衣は、豪華なものではないのに淑やかな気品があった。そこからスラリと伸びる四肢の白さに、思わずゴクリと喉を鳴らした。
「おい、どうした? このような所で、何があったのだ?」
一瞬、思うように好きなだけ女どもを抱いてきた私ともあろう者が、触れる事に躊躇してしまうほどのきめ細かい肌。何とか細い肩を揺すって声をかけると、伏せられていた銀のまつ毛がふるりと震える。
そこから現れた深い深い湖の色と同じ瑠璃色の瞳に、私は一目で心を奪われたのだった。
「ん……、あれ? つい眠ってしまったのね。貴方は……だぁれ?」
「私の顔を……知らぬと申すか」
「ごめんなさい」
この国の国王である私の顔を知らぬとは、余程田舎者か……又は他国の者か? もしかしたらこの見目の良さから人買いに攫われて、逃げ出してきたのかも知れぬ。
「私はコルネリアというの。貴方は……どなた?」
コルネリア……不思議な女だ。見た目も美しく髪と瞳の色味も珍しいが、何より涼やかな声に耳を癒される。この女を城へ連れて帰りたい。出来るならば……我が物にしたい。
「私の名か? 名はクラウスだ」
「クラウス……」
色々と考えを巡らせているうちに、気が利かない年寄りの従者がやかましく喚く。
「この! 無礼者! こちらのお方は……っ!」
「やかましいぞ。この女は城へ連れ帰る。どこか痛めているかも知れん」
「陛下! そんな……何処の馬の骨とも分からぬ娘ですぞ!」
コルネリアは従者のひどい剣幕に驚いていたが、私が手を差し伸べると自然に手を合わせてきた。白くて細い指先が自分の手に触れると、それだけで胸が苦しくなる思いがした。このような気持ちは初めてだ。
「コルネリア、立てるか?」
「大丈夫。私、どうしてここへ来たのかしら? 覚えていないの」
「では、私と共に行くか?」
行かない、と言われようとも既に私はコルネリアを城へと連れて行くつもりだった。ここは王家所有の森だ。ここで見つけた落とし物は全て国王である私の物。
「クラウスと? でも……迷惑ではないかしら? 私、何故か頭がぼうっとして……記憶が曖昧なの」
「構わん。いつまでも城で養生すれば良い」
「ありがとうクラウス。貴方って優しいのね」
ギリギリと従者が歯軋りをしている事に気付いたが、私はもうコルネリアを連れ帰る事は決めていた。私の馬に乗せ、城へ連れ帰り、これからの事を考えなければならぬ。
「私は、お前に一目惚れしたようだ。コルネリア、お前を何としても我が妻にしてみせよう」
「まぁ、ふふっ……。クラウスったら、面白い冗談を言うのね」
この時コルネリアは私が言った事を冗談だと思ったようだが、それを聞いていた従者が一気に青褪める。年嵩の従者が今にも吐きそうな顔になっているのを見て、私は可笑しくて堪らなかった。
それからの私の動きは早かった。家族の事も覚えていないと話すコルネリアを手頃な侯爵家の養女にし、婚約期間もそこそこに王妃に迎えた。少々反感を持つ者もいたようだが、そのような奴らは見せしめも兼ねて粛清した。誰にも異論は唱えさせぬ。
世間知らずのコルネリアはまるで少女のように可憐で愛らしく、私を夢中にさせた。そしてコルネリアが子を授かったと分かった時、私は嬉しくて堪らなかった。まさかその子が、私の大切なコルネリアを奪う事になろうとは思いもせずに。
「コルネリア……ッ、コルネリア! 何故だ⁉︎ 医者は何をしていた⁉︎」
私はコルネリアの突然の死を受け入れられず、医師を問い詰めた。娘エリザベートを産んでから、産後の肥立ちが良くなかった上に先日悪い風邪を引いたのだった。儚くなるまでがあまりにも早い。こんな事、許せるわけがない、あまりにもおかしいではないか。
「陛下、大変申し上げにくいのですが。王妃殿下のお産みになられたエリザベート様は、声に呪いを持っておいでです。幼い子どもの声とは思えぬ嗄れた声は、きっと恐ろしい呪いに違いありません。ずっと側にいらっしゃった王妃殿下は、その呪いによって亡くなられたのです」
「何だと……?」
「封印なさいませ、エリザベート様の声を。このままでは王妃殿下だけでなく、陛下にまで影響があるやも知れませんぞ」
その日から、私はエリザベートに話す事を禁じた。私がこの世で唯一愛したコルネリア、その命を突然失われた事で、腹立たしさをどこかにぶつけたくて仕方が無かったのだ。
いつの間にか、見た目はとても美しいが喋りもしない人形のような王女だと、エリザベートは周囲から遠慮無しに言われるようになる。嘲りの意味で『人形姫』と呼ばれるようになった我が娘が悲しそうな顔をしても、私は助けるつもりがなかった。
愛するコルネリア。その命を奪った事がどうしても許せなくて。
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