上 下
21 / 29

21. 暴れ牛に注意

しおりを挟む

 いつもの辻馬車よりも高級で揺れにくいゴルダン伯爵家の馬車に乗って、私は伯爵邸へと向かいました。

 フィリップさんが伯爵様だったなんて!

「ああ、なんて失礼なことをしてきたんだろう。」
「我が主人はそのようなこと気にするお方ではありません。むしろ、今日こちらに来ていただき喜ぶと思いますよ。」
「そうでしょうか?それなら良いですが。」

 クリスさんに案内されて伯爵邸を歩いていくと、長い廊下の先に大きな扉が現れた。

「こちらが我が主人の寝室でございます。」

――コンコンコン……

「クリスか?入れ。」
「失礼いたします。我が主人、お客様をお連れしました。」
「客だと?」

 クリスさんの後ろからスッと横に出て頭を下げた。
 正式な作法なんて知らないから、とりあえずお辞儀した。

「フィリップ……伯爵様。知らなかったとはいえ、失礼なことをたくさんしてしまって申し訳ありませんでした。」
「ソフィア?なんでここに?……クリスか。」

 ベッドの上で上半身を起こして座っているフィリップさんはやはりあのフィリップさんで間違いなかった。

「すまない。ソフィアを騙すつもりはなかったんだが……。つい言いそびれてしまって。」
「謝らないでください。私が勝手に思い込んでいたんです。こちらこそ、すみませんでした。」
「ソフィアは悪くない。私を許してくれ。」

 許すも何も、フィリップさんは何も悪くなくて。

「起き上がれないほどの怪我をしたと聞きました。大丈夫ですか?」
「クリス、お前はどんな風にソフィアに伝えたんだ?私はただ、民家の暴れ牛を落ち着かせようとして蹴飛ばされて転倒した際に胸と足の骨を折っただけだ。つまらん怪我だよ。」
「大怪我ですよ!痛いでしょう?」
「痛くないと言えば嘘になるが……。クリス、どこへ行く?」
「我が主人、私は用事を思い出しましたのでこちらの扉は開けておきますからごゆっくりソフィア様とお話ください。それでは。」
「おい!クリス!……ツッ!」

 フィリップさんが胸を押さえたので思わず駆け寄ってしまった。

「大丈夫ですか!?」
「大きな声を出すと胸の骨に響くんだ。大丈夫。」

 痛みに顔を顰めるフィリップさんがとても気の毒だった。
 民家の暴れ牛を止めようとするなんて、やはり民に近くあろうとする人なんだろう。

「ソフィア、クリスがすまなかったね。」
「いえ、私も是非お見舞いしたいと思ったので。」

 ベッドの傍の椅子に腰掛けるよう勧められて腰掛けて話した。

「私が伯爵だと分かれば、ソフィアはもう気軽に会ってくれないと思ったんだ。」
「……そうだったかも知れません。」

 こちらを見つめるフィリップさんの、アンバー色の瞳が揺れた気がした。
 
「私はソフィアが大豆畑に来た時、初めて醤油やうどんの話を聞いてとてもワクワクしたんだ。珍しいことや、自分の興味のあることには目がなくてね。」
「そうおっしゃってましたね。」

 あの時とても熱心に聞いてくれたから、ついたくさん話をしてしまったんだよね。

「それからずっとソフィアのことが気にかかっていて……。それであの日、ソフィアの店に食べに行ったんだ。そしたら店で働くソフィアは、客一人一人に優しく声をかけて……皆が気持ちよく食事ができるように努めていた。なかなかできることではないから。それがとても印象的だったんだ。」
「そんなことないですよ。皆気の良いお客さんばかりだから、ついこちらも良くしてしまうだけです。」

 貴族のフィリップさんには、街の酒場の雰囲気は新鮮だったのかも知れない。

「ソフィア、私は明るくて気遣いのできる優しい君に惹かれているんだ。私は貴族だけれど、そのようなことは気にしなくて良いし些末な問題だ。このゴルダン領には身分について色々と言う民も居ない。もしソフィアに決まった相手が居ないならば、この領地で領主の妻となってこれからも美味しい讃岐うどんと醤油を作っていかないか?」

 フィリップさんがそんな風に思っていたなんて、全く思ってもみなかったことで。
 
 きっと領主であるフィリップさんが気軽に畑に出るような方だから、この領地の民も身分というものをあまり気にすることをしなくなったんだろう。

 それはフィリップさんの努力の賜物だ。









 

 



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます

刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。

はずれのわたしで、ごめんなさい。

ふまさ
恋愛
 姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。  婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。  こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。  そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

告白さえできずに失恋したので、酒場でやけ酒しています。目が覚めたら、なぜか夜会の前夜に戻っていました。

石河 翠
恋愛
ほんのり想いを寄せていたイケメン文官に、告白する間もなく失恋した主人公。その夜、彼女は親友の魔導士にくだを巻きながら、酒場でやけ酒をしていた。見事に酔いつぶれる彼女。 いつもならば二日酔いとともに目が覚めるはずが、不思議なほど爽やかな気持ちで起き上がる。なんと彼女は、失恋する前の日の晩に戻ってきていたのだ。 前回の失敗をすべて回避すれば、好きなひとと付き合うこともできるはず。そう考えて動き始める彼女だったが……。 ちょっとがさつだけれどまっすぐで優しいヒロインと、そんな彼女のことを一途に思っていた魔導士の恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~

咲桜りおな
恋愛
 前世で大好きだった乙女ゲームの世界にモブキャラとして転生した伯爵令嬢のアスチルゼフィラ・ピスケリー。 ヒロインでも悪役令嬢でもないモブキャラだからこそ、推しキャラ達の恋物語を遠くから鑑賞出来る! と楽しみにしていたら、関わりたくないのに何故か悪役令嬢の兄である騎士見習いがやたらと絡んでくる……。 いやいや、物語の当事者になんてなりたくないんです! お願いだから近付かないでぇ!  そんな思いも虚しく愛しの推しは全力でわたしを口説いてくる。おまけにキラキラ王子まで絡んで来て……逃げ場を塞がれてしまったようです。 結構、ところどころでイチャラブしております。 ◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆  前作「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」のスピンオフ作品。 この作品だけでもちゃんと楽しんで頂けます。  番外編集もUPしましたので、宜しければご覧下さい。 「小説家になろう」でも公開しています。

女嫌いな騎士団長が味わう、苦くて甘い恋の上書き

待鳥園子
恋愛
「では、言い出したお前が犠牲になれ」 「嫌ですぅ!」 惚れ薬の効果上書きで、女嫌いな騎士団長が一時的に好きになる対象になる事になったローラ。 薬の効果が切れるまで一ヶ月だし、すぐだろうと思っていたけれど、久しぶりに会ったルドルフ団長の様子がどうやらおかしいようで!? ※来栖もよりーぬ先生に「30ぐらいの女性苦手なヒーロー」と誕生日プレゼントリクエストされたので書きました。

竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える

たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。 そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!

処理中です...