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4. 異色の従者

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 翌朝、昨夜のことなんか何事も無かったかのように、ユージンは僕の部屋のカーテンを開けた。

 既に高い位置にある太陽が、僕が随分とたくさん眠った事を示していた。

 いつものように、主人である僕の身支度をテキパキと整えるユージンに問う。

「ユージン、マリア嬢は何故昨日僕に媚薬なんか盛ったんだ? それに、香油までお前に渡すなんて……」
「おや、知りたいですか?」
「そりゃあ知りたいだろう。マリア嬢は僕の婚約者だろ? 何故このような事を? まさか……不貞を理由に婚約破棄をしようとしているのか?」
「そうですねぇ……」

 僕のクラヴァットを整えながら、ユージンは整った口元を意地悪げにニヤリと曲げた。
 
 コイツは僕の従者であるはずなのに、何故当然のようにこのような態度をするのか、時々僕は主従関係を勘違いしそうになる。

「おい、ユージン。知っているのなら答えろ」

 僕はそれでも、精一杯強気な態度でユージンに詰め寄った。

「坊ちゃん、マリア嬢は暫くこの侯爵邸に滞在しておられるのですから。お茶会でもお散歩でも、お誘いして直接伺ってはどうですか?」
「……お前がさっさと話せば良いものを」
「とんでもない。私が坊ちゃんにお話するよりは、直接マリア嬢と話し合いをなされた方が宜しいかと」

 そう言ってさりげなくこの従者は僕の手を取り、その甲へ唇を寄せる。
 僕は素早く手を引いて、触れるのを阻止してやった。

「何故逃げるのです?」

 ユージンは僕の手がするりと抜け出た事に対し、僅かに眉を寄せて抗議した。
 そのような顔でさえ、コイツを連れて出掛けた先では、令嬢たちがうっとりと見惚れるのが常だ。

「ユージン、お前こそ何故僕にこのような真似をする?」
「私の主人である坊ちゃんに、心身共にお仕えする為ですよ」
「いや、僕はそんな事望んではいない。そもそも、お前が無理矢理僕を……」

 先月、十八の誕生日を迎えた時から、この従者は僕を辱めている。
 
 確かにこの有能で見目麗しい従者を、僕は誇らしく思って重用ちょうようしていた。
 多くの社交場にも供として連れて行ったし、何をするにも一緒だった。

 だがあの誕生日の日、ユージンは突然僕に口づけを落とし、そこには身体を解す媚薬が仕込まれていた。
 そのまま僕は、初めての快楽と痛みを与えられたんだ。

 何故こんなことをしたのかと、その時も問うたけれども、ユージンは何故だか苦悶の表情をするだけだった。

 泣きたいのは、身体中が痛い僕だったのに。

 それから、ユージンは頻繁に僕を抱くようになった。
 媚薬を使っていない時には抵抗する事もあったけど、でも交わりを覚えたての僕は、結局与えられる快楽に抗いきれずに流される。

 だって僕は……、この異色の従者の事をずっと好きだったから。
 きっとユージンもそれに気づいている。

 このブラッドリー侯爵家の従者として顔を知られているユージンは、おおっぴらに女遊びなど出来ないだろう。
 だからこんな僕の事を、都合の良い性の捌け口として使っているんだと理解した。

 今、この邸には僕の婚約者であるマリア嬢が滞在している。
 彼女の領地は馬車で二日はかかるから、婚約を交わした十六の頃から、時々遊びに来ては数日間滞在して帰るのだ。

 僕にとってマリア嬢は、よくある政略結婚の相手だと認識している。
 だけど母上は、あの清楚で純粋そうな令嬢の事を大層気に入って、彼女の滞在中は僕よりも多くの時間を共に過ごしていた。

 仕方ない、今日はマリア嬢を散歩にでも誘って真意を聞くしかないだろう。

 当然、僕とユージンのことを知られていると思えば、恥ずかしさで死んでしまいそうだけど、今更だろうし。

 とにかくこんな事をした彼女が何を考えているのかを、僕は知りたかった。

「ユージン、マリア嬢に外出の誘いをする。彼女は居室か?」
「いいえ、きっと奥様とご一緒にサロンにいらっしゃるかと」
「はあ……。母上も一緒か。仕方ない、行くぞ」

 正直マリア嬢が滞在している時の母上は、とても面倒くさい人だ。
 やれ婚約者であるマリアに何か買ってやれ、演劇にでも連れて行ってやれと世話を焼く。

 貴族に生まれたからには、政略結婚は当然だ。
 たとえ相手のことを愛して居なくとも、少なくとも夫婦関係を良好に保つ努力はしなければならないと思う。

 僕だって、マリア嬢と婚姻を結んだあとには、それなりに円満な家庭を築いていくつもりだったのに。

 さて、あの母上の手前、婚約破棄を切り出されたら面倒だ。

「はぁ……。僕が何をしたって言うんだ……」

 好きな相手ユージンに弄ばれて。
 婚約者には、男と交わる為に媚薬と香油まで準備される。

 何を考えているのか分からないこの従者の、美しく整った顔が憎らしく思えた。

「坊ちゃん、笑顔ですよ。マリア嬢には、笑顔で接してください」
「……無理だよ」
「またそのようなことを。奥様の小言を聞きたくないならば、そのようになさいませ」

 ハアッと大きく息を吐いた。
 重厚なサロンの扉が見えてくると、僕の足取りも鉛のように重くなった。

「まあ! ノエル! 随分と起きるのが遅かったのね!」
「ノエル様、ごきげんよう」

 母上と、婚約者であるマリア嬢が並んで僕を迎える。

「笑顔……笑顔……」

 僕は小さく呟きながら、二人に挨拶をした。
 






 

 






 






 

 









 

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