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第三章 新しい未来

72. 自由で奔放な褐色の色男、エドガー王子

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 レティシアが二度目となるデビュタントを迎える夜会に、数日前から帝国フォレスティエへ滞在していた他国の賓客が招待される事になった。
 
 これは前回のデビュタントでは起こらなかった出来事で……それもそのはず、その賓客とはソフィー皇后の弟の一人でフィジオ王国第八王子エドガーであったのだ。
 此度の人生でソフィー皇后が未だ健在であるからこそ実現した事である。

「それじゃあ、エドガー殿下はしばらくこの帝国に滞在なさるのですね」

 入場から丁重なエスコートを受け、ファーストダンスを踊った後もそばを離れようとしないリュシアンと共に、レティシアはエドガーと言葉を交わす。

 はじめ、前回のデビュタントでは苦い思い出があるだけにレティシアは緊張していたが、リュシアンと分かり合えた今を実感して、いつの間にかその喜びに肩の力は抜けていたのであった。

「んー、そうだねぇ。可愛い甥っ子と姉上の頼みだからね。今やこの世界で一二を争う大国となったフィジオ王国の王子である僕がこの帝国にいる限り、隣国も滅多な事は出来ないだろうし、いい時間稼ぎにはなるだろう」
「エドガー叔父上が俺と母上の願いをすぐに聞き入れてくださり、助かりました。近頃隣国では不穏な動きが見られ、戦争への緊張が一層高まっていたところでしたから」
「そんなに改まって礼を言わなくてもいいよ。僕は姉上の嫁ぎ先の国に、妻達を連れて旅行に来ただけだからね。しかしここで、新しい妻を見つけるのもいいかもな」

 帝国フォレスティエでは見ない褐色の肌に焦茶色の髪、新緑を思わせる美しい緑色の瞳を持つエドガーは、レティシアに向けて垂れ目がちな目をパチリと片方閉じた。
 人懐っこい性格らしいエドガーは、外見はソフィー皇后と似ていなかったが、顔の造形は男らしく非常に整っていた。その上大国であるフィジオ王国の王子ともなれば、会場の令嬢達の熱い視線が向かうのも無理はない。

「ちょっと、エドガー。レティシアに色目を使わないでちょうだい。この子はリュシアンの婚約者なのだから」

 即座にソフィー皇后は姉らしい口調で弟に釘を刺す。レティシアはエドガーが非常に冗談好きなのだと思って笑顔を浮かべていたが、リュシアンはますますレティシアの身体を自分の方へと引き寄せた。

「ははは! それにしても、この帝国は美女が多いなぁ!」

 そう言って遠巻きに見つめる多くの令嬢方や婦人方に手を振ってみせた。
 彼女らも、異国の見目麗しく人懐っこい王子に視線を奪われていたから、そこかしこで「きゃあっ」という控えめな悲鳴が上がる。

「姉上、あそこで踊ってるボンクラ皇帝は放っておいていいの? 結婚当初から僕は反対だったけどね。姉上にあんな頼りない男は勿体無いって」

 今年デビュタントを迎えた令嬢達とエスコート役の初々しいダンスに混じり、皇帝と愛人カタリーナは周囲に二人の仲の良さを見せつけるように踊っていた。
 しかしそんな二人を見つめる多くの貴族の視線は冷めており、もはやこの帝国フォレスティエで皇帝とカタリーナ側につく貴族は、ジェラン侯爵家と一部の取り巻き貴族くらいであろうと密かに嘲笑されていた。

「エドガー」

 どうやらエドガーは思った事をすぐに口に出す性格らしい。しかし流石に皇后は短く弟の名を呼びその行動を窘めた。
 会話が聞こえる範囲に他の貴族は居ないが、振る舞いが奔放なエドガーに対して、姉である皇后は心配もしているようだ。

「ごめんね、姉上。リュシアンも……。僕って正直者だからねぇ。つい本音が漏れちゃって」

 笑みを浮かべて口では謝りつつも、エドガーは姉を馬鹿にされている事が我慢ならないようで、皇帝とカタリーナに凍てつくような視線を浴びせた。

「叔父上、俺は構いませんよ。叔父上がそう思うのも尤もな事ですから」

 エドガーとリュシアンが、踊る皇帝とカタリーナを睨め付けている様子を見た皇后は、困ったような表情のレティシアと視線を交わすと短く溜息を吐いた。

「それにしても、今宵のベリル侯爵は忙しそうね。レティシアがリュシアンと婚約を交わしていなかったら、今頃婚約者になりたいという令息が侯爵を取り囲んでもっと大変だったでしょう」
「ソフィー様、そんな事は……」
「まぁ、何を言うの。美しくて聡明な貴女に恋をしている令息はこの会場に多くてよ。レティシアったら、常にリュシアンしか見えていないから気付いていないのね」

 ここで敢えてレティシアの話題を出し、ピリピリとしたムードのリュシアンとエドガーの気を引こうとしたのか、ソフィー皇后はそう言って楽しそうに笑う。
 しかしレティシアはすぐさま頬を赤らめて俯いてしまったので、リュシアンがどんな表情をしているのかは見えていなかった。

「確かに……ソフィー様のおっしゃる通り……かも知れません」
「まぁ! なんて可愛らしいのかしら! いいこと? リュシアン。こんなに愛らしいレティシアを泣かせたりしたら私が許しませんからね。レティシアは私の娘のようなものなのだから」
 
 リュシアンは先程までの険悪なムードはどこへやら、嬉しさを噛み締めるような表情を浮かべ「重々分かっています」と答えた。

「あぁ、若いっていいねぇ」

 エドガーはリュシアンとレティシアの様子を見てニコニコと笑いながら頷いた。
 
「そう言うエドガーだって、リュシアンとあまり歳は違わないじゃないの」
「まぁそうだけど。僕は政略結婚として嫁いできた妻達しか居ないから。愛する人と結ばれるリュシアンが羨ましいよ。レティシア嬢はとても可愛らしい女性だしね」

 エドガーの自由な物言いには慣れず、どうにも恥ずかしくて居た堪れなくなったレティシアとリュシアンは、夜風に当たると言ってソフィー皇后とエドガーのそばを離れた。

 
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