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第二章 美しく成長したレティシア
48. 十三歳となったレティシア、その日々は
しおりを挟むそれからというもの、レティシアの誕生日が来るたびにリュシアンは手ずからヒソップで花束を作ると、時間をかけて選んだ贈り物と共にベリル侯爵家へと届けた。
それももう八回目を数える恒例となり、レティシアは十三歳となった。
八年の間に変わった事といえば、第二皇子ニコラが生まれた事と、イリナがカタリーナ付きの侍女となった事、そして婚約破棄が正式には受理されていない事を知らない貴族令息からの求婚が、近頃は特に美しく成長したレティシアに多く届けられるようになった事。
「お嬢様、見てください! こんなにたくさん贈り物が届いておりますよ!」
「もう、マヤったらどうしてそんなに嬉しそうなの?」
「そりゃあ嬉しいですよ。私の可愛いお嬢様が、帝国中の令息から引く手数多なんですからね」
レティシアの居室には誕生日に合わせて届けられた贈り物の箱でいっぱいだった。しかしレティシアが心から嬉しいと思うのは、リュシアンから贈られたヒソップの花束と可愛らしい髪飾りである。
「皆私がリュシアン様から婚約破棄されたと思っているでしょう。そんな令嬢には近寄りもしないと思ったのだけれど」
「今やお嬢様は皇后付きの女官ですからね。皇后陛下の覚えめでたいお嬢様を、是非妻にと思う方々はこの帝国にごまんといるでしょう」
この頃のレティシアは皇后付きの女官としてだけではなく、薬師としても忙しい日々を過ごしていた。
リュシアンとレティシア、二人はそれぞれに出来る事をこの八年間に着々と積み上げてきた。
婚約破棄が受理されていない事を未だ公表していないのは、カタリーナ付きの侍女となったイリナやその父であるジェラン侯爵が、リュシアンの婚約者候補として新しく名前の上がった令嬢やその家門を、様々な方法で陥れるという事を続けているからである。
そして皇帝側もジェラン侯爵をまだまだ上手く使う為、決してイリナを新たな婚約者にするということは言わずにいるのだった。
その辺りの駆け引きについてはレティシアの知るところではないが、おかげでレティシアは他の令嬢を執拗に貶める事に忙しいイリナから嫌がらせを受ける事なく日々を送っている。
「婚約破棄が無効であると知っていればこの方達も私なんかに贈り物をせずに済んだのに、申し訳ないわ」
「お嬢様! 私なんか、などとおっしゃってはなりませんよ。ここ数年で更にお美しくなられたお嬢様ですもの。たとえお嬢様が皇太子殿下の婚約者だと分かっていても、懸想する令息は多くいらっしゃるに違いありません」
「もう、マヤは私贔屓だから。それより、体調は平気なの? 何かおかしな事があれば必ず言ってね」
過去でのマヤはレティシアが十歳の頃に肺炎を拗らせて亡くなってしまったが、レティシアは今度こそ何とかしたいとアヌビスに師事して薬師として医術を学んだ。
お陰でマヤが過去と同じ時期に肺炎を起こした時も、レティシアの処方した薬ですっかり治ってしまったのである。
「私はお嬢様のお陰で健康そのものですよ。あれから一度だって、ただの風邪すらひいておりませんから。お嬢様特製の健康になる飲み物のお陰ですね。少し苦いですが、毎日欠かさず飲んでおります」
「そう、必ず飲んでね。とても身体に良い薬湯なの。アヌビス様の特製レシピだから」
「承知しました。必ず飲みますよ。それでお嬢様、本日のご予定は?」
本日は皇后から定められている週に一回の出仕しない日であったが、勉強熱心なレティシアは休みの日になると宮殿にある図書室へと足を運んでいた。
帝国で一番の蔵書を誇るその図書室には、レティシアの知識向上に役立つ本が多く収められているのである。
「今日も図書室へ行くわ。贈り物へのお礼状は帰ったら書く事にするから、贈答記録に書き付けておいてくれるかしら」
「承知しました。お嬢様、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
レティシアはマヤにあとを頼むと、早速自室を出て玄関ホールへと向かう。
途中で庭園の方から楽しそうな声が聞こえてくると、レティシアはふとそちらへ目をやった。色とりどりの多くの花々が咲く侯爵家自慢の庭園では、九歳になった弟パトリックと母親が楽しそうに薔薇の花を愛でていた。
「母上、こちらを見てください。僕が挿木した薔薇がこんなに大きくなりましたよ」
「まぁ、本当。とても美しいわね」
「今、新たな品種を改良しているところで、もうすぐ出来上がりそうなんです。そうなればまた美しい花を咲かせるでしょう」
「素晴らしいわ。パトリックは誰よりも優秀で自慢の息子よ」
この頃のパトリックは他の令息のように剣を振るう事よりも、自室と温室に閉じこもって何やら研究のような事をしている時間の方が多いらしかった。
レティシアとパトリックは相変わらずほとんど会話をする事が無く、パトリックの方がレティシアを嫌っているような様子で意図的に避けていた。
侯爵夫人は未だに不貞を疑っている侯爵を避けるようにして、というよりも当てつけのように多くの時間をパトリックにつきっきりになっている。
逆にある時から侯爵との会話が増えたレティシアと夫人は、どこかよそよそしい関係となっていた。
レティシアが歩く廊下の窓の外では、黒髪黒目で生まれたパトリックが明るい日差しのもとで母親に微笑みかけている。
過去では自室から出てくる事も無く、黒魔術に凝っているなどという話もあって夫妻から疎まれていた弟。それがこうして屈託なく幸せそうに笑っている姿を見ると、レティシアは自らが母親やパトリックと親しく出来ずともそれはそれで良かったのだと思うのである。
「本当は……お母様やパトリックとも仲良くしたいのだけれど」
庭園で美しい小鳥を見つけ、声を上げて笑い合う弟と母親を少し羨ましい気持ちで眺めていたレティシアは、小さく呟いてからその場を後にした。
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