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第一章 逆行したレティシア(幼少期)
44. 多忙なレティシア、剣を学ぶイリナの変化
しおりを挟むリュシアンと分かり合えたあの日から、レティシアの毎日は放たれた矢のようにたちまち過ぎ去っていった。
皇后付きの女官となったレティシアは毎朝父親と共に宮殿へと出仕し、ソフィー皇后のそばについて公務の補助をする。
同時に通常であれば学べないような奥深い知識を皇后から学び、時には皇后の指示でアヌビスから医術も習った。
五歳の皇后付き女官などと前代未聞であるから、官僚や他の貴族からは羨望と嫉妬の眼差しを向けられる事もある。しかし皇后からしてみれば、レティシアが将来の皇后になる為の妃教育のつもりでもあったのだろう。
「アヌビス様、鍛錬場へお持ちするのはこちらの物でよろしいのですか?」
「おぉ、そうじゃ。アヌビス特製の湿布薬、騎士達の打ち身にはこれが一番」
「それでは、行ってまいります」
レティシアが薬学を学びに医務室へと来た時、アヌビスはここぞとばかりに多くの頼み事をする。
鍛錬場や各部署への配達や薬草の収集、そして負傷した騎士の手当てなど、まるで本物の薬師のようにレティシアは指示された仕事をこなしていった。
いつの間にか他の薬師の間でも、レティシアはアヌビスの弟子のようなものだと認識されている始末。
それでもレティシアは毎日が非常に充実している事を実感していた。
未だ公にはリュシアンと婚約破棄をしている事になっていたから気軽に会う事は出来なかったが、それでも互いに今出来る事に全力を尽くすと約束した。
二人は手紙のやり取りを頻繁にしていたし、皇后宮や医務室、騎士団長執務室で密かに会う事もある。
レティシアやリュシアンの事情を全て知っているのはアヌビス、回帰した事は知らないものの婚約破棄が無効である事を知るのはソフィー皇后とディーン、そしてベリル侯爵夫妻であった。
レティシアとリュシアンが目指すのは、皇帝とカタリーナを帝国フォレスティエの政から永久に排除し、過去に革命を起こした時期よりも早くに民達の窮状を何とかする事。
そして、此度こそはソフィー皇后と第二皇子ニコラの生命を守る事である。
二人が以前の人生と違った動きをする事で、此度の人生はその時起こる事象や人の性質及び行動までもが大なり小なり変化する事が分かった。
それならばあまり過去にあった事柄にはこだわらず、その時その時に最良の方法を選択するしか無いのだと、レティシア達は確認しあう。
鍛錬場に到着したレティシアは、騎士達が鍛錬に励む中を邪魔しないよう通り抜け、湿布を入れた籠を手にキョロキョロと辺りを見渡した。
騎士団長ディーンを見つけ、受け取りのサインを貰う為である。
汗を滲ませる屈強な体つきの騎士達の向こうで、壁にもたれかかるその足元に、自らの剣を無造作に投げ捨てている様子のイリナが居た。
さもつまらなさそうに剣を手放すその姿は、強く優雅な剣捌きを見せていた女騎士イリナと同一人物とは思えない。
いつの間にかイリナの方を熱心に見つめていたレティシアと、視線に気付いたつり目がちな黒色の瞳がパチリと合った。
これまでの退屈そうな表情から一転、すぐにツンと顎を持ち上げ、いかにも意地悪そうな笑みを口元に浮かべたイリナは、腕組みをしてレティシアを睨め付けた。
「あら、レティシア嬢。殿下は今日も居ないわよ。いくら一方的に婚約破棄されたからって、貴女がいつまでもしつこく殿下を追い回すのは如何なものかしら」
「ごきげんよう、イリナ嬢。私はディーン様を探しているのです。医務室から湿布を運んでまいりましたので」
嫌味も全く意に介さないレティシアの態度に、イリナは角度のついた眉毛をピクピクとさせる。やがて荒々しく肩を下ろしハアッと音を立てて息を吐くと、苛立たしげにつま先をトントンと地面にぶつけた。
「殿下に相手にされなくなったら次はディーン様? まだ子どもの癖に、力のある男をたらし込む事だけは早くに覚えているのね。貴女のお母様もたかが子爵家の出の癖に、ベリル侯爵家に嫁ぐくらいだから、親娘揃って男に媚を売るのが得意なのかしら?」
「たらし込む? それは一体どういう意味の言葉ですか? そのような言葉、一度も耳にした事がありませんけれど」
レティシアの魂は今のイリナよりもずっと年上であるから、イリナの発した言葉の意味は分かっていた。けれど母を貶された事を到底許せずに、普段ならば聞き流すところを思わず言い返してしまう。
「誰かれ近付くアバズレって事よ。ちょっと見目が良いからって皆が自分の事を見てくれると思ったら大間違いなんだから! 湿布なんか差し入れして! どうせディーン様が怪我をした事も知っているのでしょう。フンッ、白々しい! 早く私の視界から消えてちょうだい!」
まだたったの八歳の言葉とは思えないほどイリナは汚い言葉を口にし、レティシアを罵った。最後の方になるとその場で地団駄を踏みながら叫んでいて、周囲の騎士達もこちらをチラチラと窺いはじめる。
「おいおい、一体何があったんだ?」
二人の元に黒い影が落ち、上方から心地よい低めの声が降り注ぐ。
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