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第一章 逆行したレティシア(幼少期)
42. 過去の行く末、今からの未来
しおりを挟むどれくらいレティシアはリュシアンを抱いていただろうか。そのうちリュシアンは此処へ来る前に何があったのかを、レティシアに話して聞かせていた。
帝国フォレスティエの未来へ礎を作ったリュシアンは、全ての幕引きを終えた後に自ら生命を絶とうと決めていた。
禍根となりかねない皇帝の血が、この世に残らぬように。
そんなリュシアンを不憫に思ったアヌビスは、自身に使うはずだった魔法を使ってリュシアンを過去へと逆行させる事を提案したという。
「リュシアンさま……痛かったでしょう……。自害などと……っ」
レティシアはその話を聞き、怖くてたまらなくなった。生命を他人から奪われる時だってあんなに苦しくて痛かった。それを自分で生命を断つなんて、想像しただけでも恐ろしいと。
自害の痛みを思って泣き出したレティシアに、リュシアンは悲しそうに首を振る。
「あの革命を起こした日も、石さえあればレティシアは助かるのだと信じていた。それが駄目だと分かった時の方が、自害した時よりも俺にはよほど辛かった」
「でも……それじゃあ、皇帝となったリュシアン様が居なくなれば帝国は……」
「あの時はレティシアが死んだと思っていたし、他の誰も皇后にするつもりが無かった。それでもいつかは後継者が必要となる。そこで俺は君主制を廃止した」
「帝国フォレスティエの君主制を……廃止。それは……思い切った事をなさいましたね」
「帝国フォレスティエには、そうすべき時がとっくに来ていた。革命の前から、俺自身はそのつもりで動いていたからな」
その点で、ジェラン侯爵やイリナとリュシアンは意見の対立があったという。
ジェラン侯爵はイリナを皇后にして自らが影から帝国を掌握しようとしていたし、イリナについてもレティシアが生命を落とす事になったあの革命の直後からは、露骨に皇后の座を欲しがるようになった。
「俺はあの親娘を利用してでも事を成そうとした。そしてイリナの協力さえあれば、ジェラン侯爵を上手く使う事が出来るだろうと。そう慢心したのが全ての元凶だ。もう二度と、同じ過ちは繰り返さない」
この先、帝国で起こる大きな出来事は分かっている。リュシアンは帝国の民の為、何が一番良い方法なのかを考えているという。
民達が皇帝など要らぬというならば、喜んで君主制を廃止すると。
しかしリュシアンが君主となってこそ出来る事があるならば、その職務を全うするつもりだと。
「ですがソフィー様がご存命だという事で、随分と未来が変わってしまうような気がします。私が此処に来て新しい行動を取った事で、ベリル家の人々も別人のようになってしまったのです。少しの違いが、未来へと大きく影響するのでは無いかと」
「なるほど、それは一理ある。アヌビスが言うには、此処は単なる過去というわけではなく、とある分岐点での一つの選択肢の先にある別世界だと」
「難しいですね。だとすれば元々此処に居なかった私達という存在の動き次第では、かなり未来が変わってしまう事になるという事ですもの」
そうなれば二人の持つ記憶は今後あまり役には立たない。少なくとも、そればかりを盲信するのは危険だ。
「レティシア、母上は俺達の婚約破棄を受理していないと言ったのだな?」
「はい。教皇聖下にお願いしてあると」
「ならばもうしばらく、その事を明かすには時を見極めよう。皇帝もそのような事に気付かないとは、余程この世界でも腑抜けているらしい。カタリーナと共にこの帝国に害を成さない存在とするには、少しでもこちらに有利な手は隠しておいた方が良い。そのうち分かるだろうが、少なくともその時までは」
レティシアとしても、既に皇后付きの女官に任命されている時点でジェラン侯爵の愛妾となる話は立ち消えになるだろうし、無理に婚約を継続している事を知らしめるよりも、イリナの事も含めて安全だろうと考えた。
そしてここでレティシアがリュシアンに、ジェラン侯爵の愛妾になるよう皇帝から命じられた事を話せば良かったのだが、どうせ無くなる話を無理に話さずとも良いと判断してしまった。
これが後に面倒を引き起こすのだが、この時のレティシアには分かるはずもなかった。
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