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32. 黒い兄とワンコの弟

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 新しい国王が国民に広く周知されて新たな王政のもと、この国の政治は以前よりスムーズになったそうだ。
 年老いた重鎮たちの幾人かが今回の汚職に手を染めており、ロレシオは爵位にはあまりこだわらずに新たに若くて有能な人材を広く募った。

 第二王子という比較的のんびりとした立場だったジェレミーは、今では毎日ロレシオの補佐で走り回っているのでなかなか私とジェレミーの婚姻については話が進まなかった。

 執務の終わりに毎日のように私の部屋を訪れるジェレミーは、少し疲れた様子ではあった。
 だけどいつも王弟として凛々しく勤めを果たすジェレミーも、私の前だけでは気楽に過ごせると言う。

「美香、なかなか婚姻の儀を行えなくてすまない。兄上はもしかしてわざとではないのかと思うほどにたくさんの公務を俺に回してくるんだ」
「うーん……、そうなのかな? そういえば……」

 最近私は民と寄り添う王政の手助けとして、孤児院や診療所の慰問に訪れているんだけど、その報告をロレシオにしに行った時に意味深なことを言っていたなぁ。

『ジェレミーには私にとっても大切なものを譲ったのだから、少しくらいが延びたとしても我慢してもらわねばなるまい』

 あの時は何のことだか分かんなかったけど、もしかしたら婚姻の儀のことだったのかも……。

 それをジェレミーに話したら、ジェレミーは眉間に皺を寄せて私を突然抱きしめた。

「どうしたの?」
「やはり兄上は美香のことを今でも……」
「……もし、そうだとしても私はジェレミーのことが大切だよ?」
「兄上の方が、俺から見ても良い男だ」
「またそんなこと言って……。初めて会った時はあんなに男らしかったのに。どうして私の前でだけそんなにいじけるの?」

 なんだか飼い主を他の犬に取られた子犬みたいなジェレミーが可愛くて笑ってしまう。

「初めて美香に会った頃は……カッコつけてたんだ。俺は一目見た時から美香に惹かれたから。好かれようと思って……」

 そうだったんだ……。
 あんなにカッコよかったジェレミーが、なんだかそんなことを思っていたんだと思ったら可笑しくて。

「そんなジェレミーが大好きだよ」
「何故笑うんだ?」
「笑ってないよ」
「笑ってるじゃないか」

 ねえ、ジェレミー。
 知ってた?
 私の推しはジェレミーみたいなワンコ系男子なんだ。

 こんな何てことないじゃれあいのあとは、必ずジェレミーが私にキスを落とす。

「もうすぐ俺たちが夫婦になったら、もっと美香と過ごせるのだろうか」
「どうかな? ロレシオにたくさん用事を言いつけられてお家に帰って来られないかも?」
「さすがに兄上にも遠慮してもらおう。暫くは蜜月休暇だ」


 結局、私たちが婚姻の儀を終えて夫婦になれたのはそれから半年も後だった。

 その代わりにとジェレミーは蜜月休暇なるものを三ヶ月も貰って、その間に私は第一子を身籠った。



――それから三年後……

 国王の執務室に元気な声が響いた。

「おじうえー!」
「おお、ヤマト!」
 
 黒髪に金眼の幼子がトテトテと走ってこの国の国王ロレシオに抱き上げられる。

「大きくなったな。今日母上はどうしたんだ?」
「母上は、げんきがなくてやすんでいるの。今日は父上と来たんだよ」
「そうなのか……」

 遅れて入室したジェレミーは、慌てた様子でヤマトへ駆け寄る。

「ヤマト! 急に走ったら危ないだろう!」
「だって父上、おじうえのお部屋はもう覚えたから早くおじうえに会いたくて」

 ロレシオに抱かれているから強気なのか、いじけた素振りを見せる我が子にジェレミーはフッと笑った。

「そうか、お前は賢いな」
「えへへー」

 そんな父と息子のやりとりに、ロレシオは穏やかに微笑んだ。
 少し離れたところからモーリスとリタがヤマトを呼ぶと、好奇心旺盛なヤマトはそちらへ走っていってしまう。

 それを見守っていたロレシオはハッとしてジェレミーに尋ねる。

「そういえば、美香の具合が悪いのか?」
「まあ……悪いというか、いいというか……。ヤマトの弟か妹ができるらしくて……」
「ふーん。そうか、それは大変めでたいことではあるが。ジェレミー、お前は非常に多忙でそんな暇も与えないほどにこき使ってきたつもりだったが……。そうか、そうなのか。それではまだまだ手伝ってもらえそうだな」

 黒い笑顔を見せたロレシオに、ジェレミーは慌てた様子でブンブンと首を横に振った。

「いや、兄上。ヤマトも年頃で大変だし、どうやら美香のいた世界では男親も子育てに参加するらしくてな。俺も割と大変なんだ。だからこうやって、勤めにもヤマトを連れて来るってことだから……」
「ほう、そういえば『保育所』とかいう施設を作ってはどうかと美香が言っていたな。男も女も働く為には必要だと。この国の男尊女卑の考えは変えていかねばならぬと」

 この国の古い日本のような体質を、まだ若い美香はより良く変えていきたいとすすんで活動している。

「兄上、いつ美香と話したのです? 最近はずっと屋敷で過ごしているはずなのですが」
「ああ、先日お前の屋敷を訪れてな、美香と暫し談笑したのだ。その際に……」
「兄上、美香は俺の妻ですから! 兄上も早く伴侶を迎えてください! 俺は美香が優秀な兄上になびかないかと心配でならないのですから!」

 相変わらず嫉妬深くて心配性のジェレミーは、ヤマトの前だろうが美香への愛をいつも囁く父だった。

「美香も大変だな、お前のようにキャンキャンうるさくて嫉妬深い子犬のような伴侶を持つと」

 ククッと笑いをこぼしながらロレシオはジェレミーを揶揄った。

「み、美香はそれが良いと言ってくれるのです!」

 頬を赤らめながらも真剣に牽制する弟に、ロレシオは素直な気持ちを吐いた。

「お前と美香の絆には誰にも割り込めんよ。私も多くの縁談が舞い込んできているからな。そろそろ本格的に伴侶を探すことにしよう」



 







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