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26. 甘っちょろい世界で生きてきた私

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 視線の端に映ったジェレミーは、咄嗟にこちらへ走り寄ってきている。
 しかし、少し手前でモーリスに制されているのが見えた。

「兄上! それは……!」
「殿下! なりません! 今手を出せば、殿下は王太子殿下に反旗を翻したと難癖をつけられてもおかしくはないのです!」

 ジェレミーはモーリスが必死で抑えるのを何とか逃れようとしている。

「ジェレミー! 堪えて!」  

 私はジェレミーに懇願した。
 ジェレミーに何かあったら自分が許せない。
 大切な時にこんなヘマをするなんて……。

「いけませんね……。このようなものが何故貴女の手元にあるのか、これを理由にジェレミーを追い落とすこともできるんですよ」
「それは、先日私にアニエスが渡して来たものです。それを着けて歓迎式典に出るようにと」
「そんなことを信じるとでも? きっと問い詰めたとしても、アニエス嬢だって認めないでしょう」

 その通りだった。
 アニエスが私を陥れようとしているのであれば、そんなことを誰も証明なんかしてくれない。
 
「このブローチは、代々国王になる者のみが身につけられる代物。これを宝物庫から持ち出してその手に奪うということは、ジェレミーは現国王陛下に謀反の兆しがあるということになりますね。ジェレミーは私の大切な弟だと思っていたのに、残念です」

 謀反を企てていると言われたら、このブローチとロレシオの証言で簡単にジェレミーは罰せられてしまうだろう。
 私が最近学んだこの国の法は、今の私たちにとっては最悪の結末しか見えないものだったのだから。

 王族へ謀反を企てた者は極刑、とこの国の法では決まっていたんだ。

「ロレシオ……。貴方も真実は分かっているはずなのに、どうして……」

 私の軽率な行動がジェレミーを困らせていることを自覚して泣きそうになる。
 
「美香様、言ったでしょう? 私は新しい考えを当たり前のように持つ貴女が欲しい。例え可愛い弟が相手だろうが私は貴女を手に入れる為ならば遠慮しない、と。ジェレミーを助けたいならば貴女は私の隣に立つべきだ」

 何故この人はこんなにも私に執着するんだろう。
 よその世界の者だから?
 ジェレミーが私を好きだから?

 ジェレミー、貴女を守る為にはどうしたらいいのかな。

「もし、私が貴方の隣に立てば……」
「美香っ! そんなことしなくてもいい!」

 私がロレシオに返事をしようとすれば、モーリスに腕を掴まれたジェレミーが悲痛な叫びを上げた。

「兄上、何故ですか! 俺は兄上が国王となった暁には一臣下として支えていくつもりです! 俺は兄上を差し置いて国王になりたいと思ったことはありません!」
「ジェレミー。私はね、お前が妬ましいんだ。お前は妾の子なのに父上の色味を完璧に受け継いで、そのせいで正妃である母上は私に恨言を聞かせるのが子供の頃の子守唄代わりだったんだ。お前には私の苦悩が分からないだろうな……」

 悲しげに笑うロレシオは、それでもやはり美しい。
 私とジェレミーに害をなそうとするロレシオは憎らしいのに、何故か私は悲しくて涙が零れ落ちた。
 片手で抱きすくめられたままの私はロレシオの胸にポタリポタリと涙をいくつも落とした。

「ロレシオ……、貴方が可哀想……」
「美香様? 何故泣いているのですか?」

 そう言ってロレシオは驚愕の表情で抱きすくめている私を見た。
 ジェレミーは、その声に気づいてモーリスを振り切って私に駆け寄る。

「美香、どうしたんだ⁉︎    大丈夫か?」

 ジェレミーは、力を緩めたロレシオの腕の中から私を奪い取ると、両肩に手をやり心配そうに見つめてくる。
 呆然としたロレシオはそんな私とジェレミーを見つめていた。

「ロレシオ、嫉妬したって仕方ないの。前も言ったけれど、無い物ねだりなんだよ。ジェレミーと二人、足りない物を補い合って生きることはできないの?」

 私はただ悲しくて、二人ともお互いを認めてるはずなのに何故敵対しないといけないのか。
 血の繋がった兄弟なのに、何故陥れようとしたりしなければならないのか。
 甘っちょろい世界で生きてきた私には全く理解できなくて、もしかしたら他にやりようがあるんじゃないかと思ったんだ。

 その全てを二人に向けて伝えた。
 伝われって……どうかこの兄弟に伝われって思いながら。









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