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25. ロレシオの微笑みは

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「ねえ、ジェレミー。アニエスがね、こないだ私に渡して来たものがあるの」

 私はジェレミーに話すのを忘れていたことを思い出し、アニエスが手渡して来たカメオのブローチを見せた。

「これは……。美香、これをアニエス嬢は何と言って渡してきたんだ?」

 私は顔色を変えたジェレミーに、あの日アニエスから言われたことを全て話した。
 歓迎式典の際に着けるように言われたことも。

「やはり、アニエス嬢は美香や俺をおとしいれたいらしい」
「え? どうして? このブローチが何かあるの?」
「これはこの国の国宝で、その昔この国の王へ他国から和睦の印にと贈られた物だ。代々身につけられるのは国王のみで、重要な式典の時にのみ身につけることになっている。しかし、何故こんな物をアニエス嬢が持っているんだ……」

 考え込んだジェレミーに、私は尋ねた。

「ねえ、このブローチ返した方がいいよね?」
「ああ、だがきっとそれも罠だ。何か企んでるに違いない。そうじゃなきゃ、そんな物持ち出してわざわざ美香に渡したりするはずがない」

 こんな悪意に晒されることなんて、今までなかった私はどうしたら良いかなんて分からない。

「とにかく、このブローチは俺が預かる。美香に持たせておいて何かあったら……」
「そんなのジェレミーの方が危険じゃない! 私ならなんとか言い訳もできるから!」
「しかし……」

 二人で言い合いをしているうちに、モーリスが申し訳なさそうに声をかけてきた。

「あの、外に王太子殿下がお越しです。美香様にお話があるのだとか……」
「ロレシオが?」

 今はとっても間が悪い。
 このブローチを見られるわけにはいかないし、まだロレシオや国王陛下にどう対応するのか決めかねているんだから。

「美香、どうする? 俺は兄上にきちんと美香とのことを話す。いいか?」
「分かった。私も一緒に話すよ」

 とりあえずソファーにジェレミーを座らせて、私は扉の方へと向かった。
 ブローチはハンカチに包んで、扉の近くの戸棚へ隠すようにして置いた。
 そして、外で待つロレシオを中に招き入れる。

「ロレシオ、どうしたの?」
「美香様、折り入ってお話がありまして。……ジェレミーもいるのであればちょうど良い」

 ソファーに腰掛けるジェレミーを見たロレシオは不敵に微笑んだ。
 この人、やっぱり悪者みたいに笑うんだよね。

 私の手をスッと取って跪いたかと思えば、ロレシオは手の甲へ口づけを落とした。

「兄上っ!」

 ジェレミーが思わず大きな声を上げたけど、ロレシオは平然としている。
 突然のことに固まってしまった私に、こちらを見上げるロレシオは赤紫色の目を真っ直ぐ向けて言葉を紡いだ。

「美香様、貴女がジェレミーのことを想っていることは承知しています。そしてジェレミーも貴女のことを愛している。しかし、この国をより平和と繁栄に導く為に、我が国へと降り立ってくださった神の使いである天使様と結ばれるべきは未来の国王である私でなければならないのです」
「……それは、貴方の勝手な考えではありませんか」
「そうですね。しかし私もジェレミーに負けぬほどに貴女の事をお慕いしているのです。だから手に入れたい、何としても」

 真剣な表情で私のことを好きだと言うロレシオを、私はどこか冷静に見ていた。
 ロレシオは私のことを好きなんじゃない。
 きっとこの国の為、それにジェレミーに対する対抗心の為にそう言ってるんだと。

「ロレシオ、貴方は私のことを好きなんじゃない。私を利用したいだけなんでしょう?」

 そう答えれば、意外なことにロレシオは傷ついた表情を見せた。
 しかしそれも一瞬のことで、すぐに不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。
 急なロレシオの動作に驚いて、私は咄嗟に目線をブローチを隠した戸棚に向けてしまう。
 ロレシオは気づいたかもしれない。

 ジワリと嫌な汗が身体を伝う。
 ロレシオが戸棚へと視線を向けた。

「何故美香様がそのようにおっしゃるのか理解できませんね。……ん? こんなところにハンカチ?」

 戸棚でハンカチに包まれた明らかに不審な物を見つけたロレシオは、花が綻ぶように美しい笑みを浮かべてそのハンカチを手に取った。

「おやおや、これは……」
「返して!」

 とにかくロレシオからハンカチを奪おうと手を伸ばすが、その手を掴まれてグイッとロレシオの胸の中に引き寄せられた。
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