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20. 嵐のようにして去っていく人たち

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「今度の歓迎式典、ジェレミーのエスコートで参加なさるのでしょう? 本来ならば王太子である私でも良かったのに、残念です。是非私が貴女をエスコートしたかった」
「ごめんなさい! 別に王太子であるロレシオを軽んじているわけでは……」
「分かっていますよ。でも、美香様に知っておいて頂きたいのです」

 ロレシオはそっと私の耳元に近づいて囁いた。
 少し離れたところに控えるリタや、侍従には聞こえないように。

「私は新しい考えを当たり前のように持つ貴女が欲しい。今日話してみて確信しました。こればかりは他の男に奪われるのは嫌だと。ですから、例え可愛い弟が相手だろうが私は貴女を手に入れる為ならば遠慮しませんよ。王太子の特権でもなんでも使うことにします」

 悠然と私から離れながら壮絶な美しさの笑みを浮かべたロレシオは私の手を取ってそこに軽く口づけを落とした。
 そして私が呆然としている間に侍従を伴ってさっさと去ってしまった。

 一体なんだったんだろう……。

 何故かロレシオは私のことを買い被りすぎだと思う。
 多分異なった世界から来た人間が珍しいのと、神の使いだと思われているからそれだけでフィルターがかかってるんじゃないだろうか。

「美香様! 大丈夫ですか? 王太子殿下は何か?」
「リタ、何でもないよ」

 ロレシオが居なくなってすぐに走り寄ってきたリタは心配そうに見つめてきたけど、私は笑顔で大丈夫と答えるしかなかった。
 ロレシオの言ったことが私自身理解が追いついていなかったんだから。

「リタ、もう少しお庭を見てもいいかな?」
「もちろんです」

 私とリタがガゼボから出た瞬間、何処からともなく現れたアニエスに私もリタも驚いた。

「あら? 貴女は確か……。まあ、偶然ですこと」

 偶然? 待ち伏せしてたとしか思えないタイミングなんだけど。
 アニエスは今日もピンク色の華やかなドレスを身に纏っている。
 フリルやレースは確かに可愛らしいアニエスの顔にとても良く似合っていた。

「どうも、こんにちは」
「きちんとしたご挨拶が出来ず申し訳ありませんこと。私はこの国でも指折りの名門貴族、リッシュ伯爵家が長女アニエス・オブ・リッシュと申しますの」

 前回とは違って、落ち着いた様子のアニエスは私にきちんと名前を名乗って優雅なカーテシーをする。
 感情の起伏が激しいのかな?

「私は、美香といいます」
「美香様ね。貴女はジェレミー様の御客人と伺いましたけれど、私先日は体調が悪くて……。そのせいで取り乱してしまって大変失礼いたしましたわ」
「いえ、気にしてません」

 今日は随分と大人しいテンションで、紅い瞳を潤ませて上目遣いに見つめてくるアニエス。
 やっぱりこう見るとウサギみたいに可愛らしい。

「実は私、貴女が天使様だなんて知らなかったのです。ですからあのような失礼を……。心からお詫びいたしますわ」

 ん? 私が使謝るの?

「私が天使だとしても、そうじゃなくても……人に対する態度は変えるべきではないと思います」

 私の発言は想像していなかった反応だったのだろう。
 アニエスは紅い瞳を見開いてポカンとしている。
 その令嬢らしからぬ表情は、すぐに元に戻ったけど。

「美香様、貴女はとても先進的な考えの持ち主のようですわね。私のような歴史ある貴族の娘にはそのお考えは少々難しいことですわ」

 口元を持っていた扇で隠してホホホと笑うアニエス。
 
「でも私、そんな価値観の違う美香様と良き友人になれたらと思っていましたけれど。どうやら嫌われてしまったようですわね」

 悲しそうに目を伏せてシュンとしてしまうアニエスに、私は自分が意地悪をしているような気分になった。

「いいえ、別に嫌ってなどいませんけど……」
「まあ、そうですの? 嬉しい! それではこれは仲良くなった印ですわ。大切にお持ちくださいな」

 そう言ってアニエスが手渡してきたのはカメオのブローチだった。

「こんな高価そうなもの、貰えません」
「あら、それは私のデザインした物なのですわ。仲良くなった印なのですから、お持ちいただけないということは私のことを拒むということになりましてよ?」
「でも……」
「それでは、今度の歓迎式典の日にはそのブローチを必ず身につけてくださいましね。それが私と美香様の友情の証なのですから」

 何とか返そうとしたがアニエスは令嬢らしからぬ足の速さで去って行ってしまった。

「友情の証……か」

 アニエスは本当に私と仲良くなりたかったのかも。

 私は高校に入学してすぐに入院していたから同年代の友達は多くはなかった。
 中学の同級生も、入院してからはなかなか会えなくなっていたし新しい高校生活が始まると多くの友達は疎遠になってしまった。
 私も病気のことを知られたくなかったから、自分から遠ざけていたのかも知れない。

「美香様、アニエス嬢は何と?」
 
 リタはアニエス嬢の侍女に捕まって延々と話しかけられたそう。
 私はブローチの話をしたけれど、リタはそのことをとても怪しんでいた。

「大丈夫よ。案外根は良い人かも知れないし」

 そう、悪役令嬢な訳がない。
 アニエスはヒロインなんだから。

 ヒロイン……?
 ヒロインって……どんなだったっけ?

 ああ、また小説のこととなると頭のどこかにモヤがかかってるみたい。


 





 
 
 






 
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