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12. 理不尽な怒りぶつけられました

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「美香!」

 後ろの方で、ジェレミーが慌てて私の名を呼んだのが聞こえたけどそんなの気にしてられなかった。

「ジェレミー様! お待ちください! もう少しだけ、お時間を!」
「アニエス嬢、手を離せ! 美香! 待て!」

 ジェレミーとアニエスのやり取りが耳に入ってきたけど、私は構わず走った。

 庭園は広過ぎててどちらへ行けば良いのか分からなかったが、とりあえず建物のある方へと走る。

 元々ただの女子高生、まあ病弱ではあったけれど。
 この世界に来てからは病気の気配はないから、きっと神様補正かみさまほせいで身体が十八歳の健康なものになってるんだろう。

 走っても苦しく無い。
 走ったこと自体久しぶりのことだったから、私は嬉しくなってつい走り過ぎた。

「はぁ……はぁ……」

 さすがに重いドレスで走れば息も切れる。
 令嬢たちは走ったりしないだろうから、ドレスは走るようにはデザインされていないのだ。

 いつの間にか、先ほどジェレミーと歩いたような気もする廊下に出ていた。
 遠くの方に衛兵の守る扉が見える。
 謁見室の近くまで自力で来れたようだ。

「美香様?」

 声をかけられて振り返れば、侍従を伴った王太子殿下がひどく驚いたような顔をしている。
 この世界に来て随分とイケメンに驚いた顔をさせている気がするが、決してわざとではないので許してもらおう。

「どうなさったのですか? お一人で?」
「すみません、迷ってしまって……。困っていました」
「ジェレミーはどうしたのです?」
「私の方から離れてしまったので、彼は悪くないんです」

 私の言葉に一時思案顔をした王太子殿下は、ニッコリと笑って口を開いた。
 うん、やっぱりどこか黒いオーラを感じるのはきっと気のせいではないのかも。

「それでは、先程お願いしましたように早速お茶にご招待しても?」

 有無を言わさぬ迫力の笑顔だったから、危うく頷きそうになったところで名を呼ばれた。

「美香!」
「ジェレミー様! お待ちになって!」

 現れたのは焦った様子のジェレミーと、アニエスだった。
 アニエス、あんなドレスでよくジェレミーに追いついたな。

 私と王太子殿下が突如登場した二人に目を奪われていると、アニエスの方も王太子殿下に気づいたようだ。
 さっさとジェレミーの腕を離して、こちらへと早足で近づいてくる。
 何をするつもりなんだろう。

「きゃっ……!」

 突然、アニエスが私と王太子殿下の目の前で派手に転んだ。
 いや、転んだというよりもわざと転んだ……ようにも見えたが。

 倒れたままのアニエスに、何故か誰も声を掛けないし手を貸そうとしない。
 
「あのー……、大丈……」
「痛いっ! 酷いですわ! 足をかけて私を転ばせるなんて!」

 やっぱり『ぶ』は言わせてくれないんだね。
 それよりも、自分から転んでおいてそれはないでしょうと思ったりもするが、黙っておいた。

「ああ、王太子殿下。お助けください」

 ムクリと上半身を起こしたアニエスは、悲しげに眉をハの字にさせて紅い瞳をウルウルと潤ませた。
 その憂いを帯びた顔は、見るだけならば確かに可愛らしく守ってあげたくなるものである。

「君、レディーを起こして差し上げなさい」
「はっ!」

 王太子殿下は、侍従に向かってそう命じた。
 その表情はとても冷たく、愛想の一つもあったもんじゃない。
 やっぱりこの人、実は黒い人なんじゃ……。

 それよりも!
 この場でアニエスを巡って兄弟二人の争いが勃発してしまうんじゃないかと心配したにも関わらず、何故かジェレミーも王太子殿下もアニエスのことなど目に入っていないかのように私を見ているのだ。

 何故?

「アニエスさん、大丈夫ですか?」

 あ、睨まれた。
 侍従に手を貸してもらって起き上がるアニエスに一応声を掛けたけど、めっちゃ睨まれました。

「私、今日のことは決して忘れませんことよ!」

 そう言ってジェレミーと王太子殿下に向かってであろう、立派なカーテシーを披露したアニエスは去って行った。



 



 
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