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6. 過ぎた興奮は心臓に悪いのかも知れない
しおりを挟む瞼を何度か開け閉めして、見えてきたのはファンタジーには必須の天蓋だった。
赤い布でできた天蓋から視線をずらすと、どうやら私は寝台に寝かされているらしいと分かる。
室内はいかにもお城の一室といった感じの豪華な造りで、曲線的なシルエットが家具にあしらわれていたり、花柄の壁紙は気品を感じた。
柔らかなベッドの上でゆっくりと体を起こした私は身に付けているものが高校の制服から薄いネグリジェのような物に変わっているのに気づいた。
誰か着替えさせてくれたんだ。
私の制服……どこにあるんだろ?
キョロキョロと周りを見渡せば、ベッドの近くに置かれたいかにもロココ調といった感じの可愛らしい椅子に制服が畳んで置かれていた。
「良かった……。制服、気に入ってたから」
入院生活ばかりであまり着ることが出来なかった制服、死んでから着ることになるなんて思いもよらなかったけど、それでも大切にしたかった。
「天使様、お目覚めになりましたか?」
突然聞こえた声に驚いてそちらに目をやると、ベッドから少し離れた場所からこちらへと歩いてくる丈の長いメイド服のようなものを身につけた若い女性が見えた。
「すみません、お世話になりました」
こちらが謝れば、その女性は茶色の瞳を大きくさせて首を左右に振りながら両手も顔の前でバタバタと振っている。
「滅相もありません! 天使様のお世話をさせていただけただけでも光栄なことですから! そのように謝らないでください!」
かっちりと茶色の髪をシニヨンにしてまとめた若い女性はえらく真面目な性格なんだろう。
年は二十代くらいかな……お姉ちゃんと同じくらい?
私より少し上に思える。
「私、美香と言います。良かったら、天使様じゃなくて美香って呼んでください」
「美香様、光栄です。私はリタと言います。すぐに殿下をお呼びいたしますね。美香様がお目覚めになったらすぐに呼ぶようにと仰せつかってますから」
リタが備え付けの鈴をチリンチリンと鳴らせば、どこかに伝わるようになっているようだ。
とりあえず肩にショールのような物を掛けられた私は、ベッドの上でジェレミーが来るのを待つことになった。
やがてそれほどの間を開けずに部屋の扉が開いて、眩しいくらいにイケメンのジェレミーが現れた。
「美香……と言ったか。お前の話が聞きたい。良いか?」
ジェレミーはベッドの脇にリタが準備した椅子に腰掛けて長い脚を組んだ。
いちいち推しのイケメン具合に胸が高鳴るのはこの世界に来た以上仕方ないのか。
まだ少し固い口調のジェレミーは、本当はとても人懐っこくてどこか子供っぽいところもあると知ってるんだから。
「はい。話と言っても……どんな?」
寝起きの顔がおかしくないのかとか、髪は乱れてないのか、とか気になることは多くあったがそれとなく手をやって整えた。
「お前は何のために神からこの世界へ遣わされたのだ? 何か目的があるんだろう?」
それは……貴方とヒロインのアニエスをくっつけてハッピーエンドにして貴方の闇堕ちを防ぎたいからですよ、とは言えないよね。
「……ジェレミー、様と……とある令嬢の恋を成就させる為に来ました」
城の中でジェレミーなどと呼び捨てにしては不敬罪で罰せられるかも知れない。
「……とある令嬢だと?」
ジェレミーはどこか不機嫌な様子になったが、それでも私が天使だということは疑っていないからか話を促した。
「はい。アニエス・オブ・リッシュ伯爵令嬢です」
ジェレミーはこの世界で何度も見た表情をする。
金の目を見開いて心底驚いたようなあの表情だ。
私の胸が何故かチクリと痛んだのは、このあまりにもイケメンの推しに散々ドキドキさせられたせいかもしれない。
「……成る程な。美香、お前が天使だというのはやはり間違いがなさそうだ。アニエスという名の令嬢は確かに存在するからな」
ああ、胸が痛い。
アニエスという名前をジェレミーが呼んだだけなのに、何でこんなに胸が苦しくなるのか。
この世界に飛ばされて推しのジェレミーに実際会ってしまったから、その興奮で私の心臓は負担がかかりすぎているのかもしれない。
この世界でまで早死にはしたくない、必ずジェレミーとアニエスをくっつけてハッピーエンドにするまでは死ねないんだから。
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