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4. 神様、感謝します
しおりを挟む途中で寒さを覚えることもなく、森の中の不思議な空間でぐっすり眠った。
いつの間にか陽が登り、周囲は明るくなっている。
「殿下! お待ちください! 一体何が……」
慌てたような老齢の男の声が眠る私のすぐ近くで上がった。
それに加えて馬の蹄の音と、ガサガサッと葉をかき分ける音が近づいて私は重たい瞼に喝をいれ、目を開けることにした。
固い地面で眠った代償か、上半身を起こした時に身体中が痛んだ。
ふと、すぐそばに大きな影が落ちる。
思わず見上げれば、大きな馬に跨った人のシルエット。
陽の光が逆光となって、すぐ近くにいるその人物がよく見えない為に思わず目を眇めた。
「何者だ?」
低く耳の奥に心地よい声は、馬上から地べたに座り込む私の方へ向けられている。
すっごくイケボなんだけど。
思わずその場で立ち上がろうとすれば、後ろから現れたもう一頭の馬に乗る老人が大きな声でそれを制した。
「其方、その場から動くでない! 殿下! そのような素性の分からん者に無闇矢鱈と近づいてはなりませぬ!」
「心配せずとも、ただの女子だ」
「そうだとしても、か弱き女子に見せかけた暗殺者の場合もございますぞ!」
老人の方は陽の差し加減によって姿がよく見えた。
白髪の短髪に口周りの髭、顔に刻み込まれた皺がそれなりの年齢を感じさせるけど、はっきりとした声音は随分と若々しくもある。
周囲に皺の目立つヘーゼル色の鋭い眼差しは、警戒心を露わにして真っ直ぐこちらへ向けられている。
ここまで睨まれても……私はただの女子高生なんだから。
「あのー、立ち上がってもいいですか?」
「良い」
短い言葉で答えた馬上の人はやっぱりイケボだった。
「殿下! 危険ですぞ! そのような奇怪な服を着た女子など、どう見ても怪しいです! すぐに近衛を呼びますからお待ちください!」
「俺もそうそう負けるような鍛錬はしてない。それに、ずっと座らせておいても仕方ないだろう。良い、立て」
膝も痛むなと思いながら、謎の逆光男の指示通りにそろそろと立ち上がった私は驚愕と喜びに目を見開いた。
「ジェレミー!」
立ち上がれば、ちょうど逆光で見えなかったイケボの持ち主の顔が見えた。
私が突然名を呼んだことでジェレミーも目を見開いていた。
さすがお姉ちゃんの作品のキャラとはいえ、恐ろしく整った顔立ちだけでなく、艶々した黒髪に金色の美しい瞳は想像以上に破壊力があった。
そしてこの人こそ、私が求めてやまなかった王子様。
神様、感謝します。
ありがとう!
「これ! 娘! 不敬だぞ! 今ジェレミー様のことを何と呼んだ⁉︎」
「ごめんなさい。嬉しくて、つい……」
老人が顔を真っ赤にして怒ってる。
そりゃあ確かに突然王子様を呼び捨てにしたりしたら怒るよね。
「お前、名前は?」
ジェレミーは、淡々と私の名前を聞いてきた。
「四ノ宮 美香。えっと……美香が名前ね。家名が四ノ宮なの」
「美香……」
ジェレミーに自分の名前を呼ばれたと思ったら胸がぎゅーっと苦しくなった。
だって、推しに名前を呼ばれるって絶対に不可能なことだと思ってたから。
「お前、昨日の夜にここに降り立っただろう? この世界の者ではないな?」
ジェレミーはその金色に輝く綺麗な瞳をギラリと光らせて私に尋ねる。
「えっと……、そうなの。私はこの世界の人間じゃない」
こんなの絶対さっさと認めた方が早い。
だって私はこの世界にはありえないような服を着てるし、この世界の常識だって知らないんだから。
「それでは天使なのか? 時々この世界に異世界から神の使いが降り立つという伝説がある。お前はその天使か?」
「……まあ、そうだね。神の使いではあるかな」
歯切れの悪い答えに少々怪訝そうな顔をしたジェレミーだったが、やがて納得したように頷いた。
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