上 下
4 / 33

4. 神様、感謝します

しおりを挟む

 途中で寒さを覚えることもなく、森の中の不思議な空間でぐっすり眠った。
 いつの間にか陽が登り、周囲は明るくなっている。

「殿下! お待ちください! 一体何が……」

 慌てたような老齢の男の声が眠る私のすぐ近くで上がった。

 それに加えて馬の蹄の音と、ガサガサッと葉をかき分ける音が近づいて私は重たい瞼に喝をいれ、目を開けることにした。

 固い地面で眠った代償か、上半身を起こした時に身体中が痛んだ。
 ふと、すぐそばに大きな影が落ちる。
 思わず見上げれば、大きな馬に跨った人のシルエット。
 陽の光が逆光となって、すぐ近くにいるその人物がよく見えない為に思わず目をすがめた。

「何者だ?」

 低く耳の奥に心地よい声は、馬上から地べたに座り込む私の方へ向けられている。

 すっごくイケボ心地よい声なんだけど。

 思わずその場で立ち上がろうとすれば、後ろから現れたもう一頭の馬に乗る老人が大きな声でそれを制した。

其方そなた、その場から動くでない! 殿下! そのような素性の分からん者に無闇矢鱈むやみやたらと近づいてはなりませぬ!」
「心配せずとも、ただの女子おなごだ」
「そうだとしても、か弱き女子おなごに見せかけた暗殺者の場合もございますぞ!」

 老人の方は陽の差し加減によって姿がよく見えた。
 白髪の短髪に口周りの髭、顔に刻み込まれた皺がそれなりの年齢を感じさせるけど、はっきりとした声音こわねは随分と若々しくもある。

 周囲に皺の目立つヘーゼル色の鋭い眼差しは、警戒心を露わにして真っ直ぐこちらへ向けられている。

 ここまで睨まれても……私はただの女子高生なんだから。

「あのー、立ち上がってもいいですか?」
「良い」

 短い言葉で答えた馬上の人はやっぱりイケボだった。

「殿下! 危険ですぞ! そのような奇怪な服を着た女子など、どう見ても怪しいです! すぐに近衛このえを呼びますからお待ちください!」
「俺もそうそう負けるような鍛錬はしてない。それに、ずっと座らせておいても仕方ないだろう。良い、立て」

 膝も痛むなと思いながら、謎の逆光男の指示通りにそろそろと立ち上がった私は驚愕と喜びに目を見開いた。

「ジェレミー!」

 立ち上がれば、ちょうど逆光で見えなかったイケボの持ち主の顔が見えた。
 私が突然名を呼んだことでジェレミーも目を見開いていた。

 さすがお姉ちゃんの作品のキャラとはいえ、恐ろしく整った顔立ちだけでなく、艶々した黒髪に金色の美しい瞳は想像以上に破壊力があった。
 
 そしてこの人こそ、私が求めてやまなかった王子様。
 神様、感謝します。
 ありがとう!

「これ! 娘! 不敬だぞ! 今ジェレミー様のことを何と呼んだ⁉︎」
「ごめんなさい。嬉しくて、つい……」

 老人が顔を真っ赤にして怒ってる。
 そりゃあ確かに突然王子様を呼び捨てにしたりしたら怒るよね。

「お前、名前は?」

 ジェレミーは、淡々と私の名前を聞いてきた。

四ノ宮 美香しのみや みか。えっと……美香が名前ね。家名が四ノ宮なの」
「美香……」

 ジェレミーに自分の名前を呼ばれたと思ったら胸がぎゅーっと苦しくなった。
 だって、推しに名前を呼ばれるって絶対に不可能なことだと思ってたから。

「お前、昨日の夜にここに降り立っただろう? この世界の者ではないな?」

 ジェレミーはその金色に輝く綺麗な瞳をギラリと光らせて私に尋ねる。

「えっと……、そうなの。私はこの世界の人間じゃない」

 こんなの絶対さっさと認めた方が早い。
 だって私はこの世界にはありえないような服を着てるし、この世界の常識だって知らないんだから。

「それでは天使てんしなのか? 時々この世界に異世界から神の使い天使が降り立つという伝説がある。お前はその天使か?」
「……まあ、そうだね。神の使いではあるかな」

 歯切れの悪い答えに少々怪訝けげんそうな顔をしたジェレミーだったが、やがて納得したように頷いた。

しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

貴族との白い結婚はもう懲りたので、バリキャリ魔法薬研究員に復帰します!……と思ったら、隣席の後輩君(王子)にアプローチされてしまいました。

ぽんぽこ@書籍発売中!!
恋愛
秀才ディアナは、魔法薬研究所で働くバリキャリの魔法薬師だった。だが―― 「おいディアナ! 平民の癖に、定時で帰ろうなんて思ってねぇよなぁ!?」 ディアナは平民の生まれであることが原因で、職場での立場は常に下っ端扱い。憧れの上級魔法薬師になるなんて、夢のまた夢だった。 「早く自由に薬を作れるようになりたい……せめて後輩が入ってきてくれたら……」 その願いが通じたのか、ディアナ以来初の新人が入職してくる。これでようやく雑用から抜け出せるかと思いきや―― 「僕、もっとハイレベルな仕事したいんで」 「なんですって!?」 ――新人のローグは、とんでもなく生意気な後輩だった。しかも入職早々、彼はトラブルを起こしてしまう。 そんな狂犬ローグをどうにか手懐けていくディアナ。躾の甲斐あってか、次第に彼女に懐き始める。 このまま平和な仕事環境を得られると安心していたところへ、ある日ディアナは上司に呼び出された。 「私に縁談ですか……しかも貴族から!?」 しかもそれは絶対に断れない縁談と言われ、仕方なく彼女はある決断をするのだが……。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

悪役令嬢は婚約破棄したいのに王子から溺愛されています。

白雪みなと
恋愛
この世界は乙女ゲームであると気づいた悪役令嬢ポジションのクリスタル・フェアリィ。 筋書き通りにやらないとどうなるか分かったもんじゃない。それに、貴族社会で生きていける気もしない。 ということで、悪役令嬢として候補に嫌われ、国外追放されるよう頑張るのだったが……。 王子さま、なぜ私を溺愛してらっしゃるのですか?

変態王子&モブ令嬢 番外編

咲桜りおな
恋愛
「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」と 「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」の 番外編集です。  本編で描ききれなかったお話を不定期に更新しています。 「小説家になろう」でも公開しています。

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】異世界転生した先は断罪イベント五秒前!

春風悠里
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したと思ったら、まさかの悪役令嬢で断罪イベント直前! さて、どうやって切り抜けようか? (全6話で完結) ※一般的なざまぁではありません ※他サイト様にも掲載中

破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました

平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。 王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。 ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。 しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。 ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?

処理中です...