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20.置き手紙
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ベッドの上で目が覚めた。
外は少し薄暗い。今は早朝だろうか。
昨晩俺を痛めつけた彼の姿はどこにもない。時計を見ると時刻は午後2時を回っていた。随分長いこと意識を失っていたようだ。
ベッドに押し倒され無理矢理犯されてから、もうそんなに経っていたのか。
昨日の朝食を最後に何も食っていないのに、不思議と腹は減っていなかった。むしろ今何か口にすると不快感で吐きそうだ。
「あ、ぇ゛……」
時間経過に驚いて声を出そうとしたが、上手く音にならなかった。口に物を詰められたまま長時間拘束されていたせいで喉が枯れきってしまったようだ。
そうだ、水を飲むといいんだっけ。
……いや、もういいか。身体を動かすのも怠いし、どうせ声を出したって言葉が通じないんだから。
この部屋に連れ込まれてから五日目、俺はようやく一つの結論に辿り着いた。
アレはもう駄目だ。
最早俺の手に負えるものじゃない。相談に乗るとか身代わりを用意するとか、そんなチンケな手段でどうにかなる男じゃなかった。
あれから、お互い食事を取ることもせず俺の意識が無くなるまで犯され続けた。
ただでさえまともに呼吸が出来ないのに口を塞がれ、酸欠を起こしたせいできっと酷い顔をしていただろう。それなのに彼はこちらを慮ることもせず、ただ自分の欲望のまま俺の中に精を吐き出した。
『これで貴方の居場所はここだけですね』
ワンカップ瓶の、耳を劈くような割れた音が頭にこびりついて離れない。
失恋のショックで一時的におかしくなっているだけで、本当は優しい子なんだと思っていた。俺の髪を柔らかな手つきで洗う姿も、自分が買った飯を分け与えられて律儀に頭を下げる姿も、これが本来の彼だと信じたかった。
だけど結局全部俺の思い違いで、アレは自分さえ良ければ人の大切なものを平気で踏みにじるような人間だった。
『カツキさん、カツキさん、カツキさんカツキさんカツキさん……ッ!』
カツキさんが実在していたからなんなんだ。この部屋にいる限りカツキさんは俺で、どうやったって状況は変わらないじゃないか。
そう気付いてからは部屋を探索することも、彼から話を聞き出そうとする気力も失ってしまった。
毎日この部屋で用意された食事を口に運び、用意された衣類に身を包み、彼の帰りを待つだけの日々。
そして帰ってくれば無茶苦茶に抱き潰される。俺はただ成す術もなく犯されるしかない。
中身のない日々は俺から逃げる意思を削ぎ落とすには十分だった。
もう何の気力も起きない。脱出も、会話をする気力もだ。ただ彼が飽きるまでずっとここで黙って横たわっていようか。どうせ何を話したって無駄で、カツキさんの代わりとしてセックスさえできれば彼は満足するだろうから。
『あなたにまで拒絶されたら、僕はっ、どうすれば……』
……なのに、どうしてか彼の歪な泣き顔が目に焼き付いて離れない。
彼は異常なまでに拒絶されることを恐れていた。過去にカツキさんから拒絶されるような何かがあったのだろうか。
もう関わらないと決めたのに、妙なわだかまりがとけないままだ。
「……ぁ゛、」
ふと外に目を向けると、薄暗い空からはポツポツと雨が降り始めていた。この時間でも外が暗いのは天気のせいだったか。
次第に雨足は強くなっていく。そっと窓の方に歩み寄って外の景色を見下ろすと、慌てて洗濯物を取り込む人の姿が小さく見えた。
今まで気にしたことは無かったが、自分の洗濯物も雨にさらされてないか何となく心配になりベランダの方に出てみたが、そこには洒落た椅子やら観葉植物が並べられているだけで何も干されていなかった。
そういえば昔どっかで聞いたことがある。一部のマンションでは外観を損なうとか何とかで外干しは禁止されてるって。
広い部屋を見て回り、脱衣場の扉を開くと下着類とワイシャツ、それと昨日俺が着ていたグレーのスウェットが室内乾燥機の風に吹かれて揺られていた。洗濯物はいつもここで干しているのだろうか。
あれ、俺昨日脱がされてからどうしたんだっけ。 改めて自分の身体を見下ろすと、昨日とは違う紺色のスウェットを着ていた。当然着替えた記憶は無い。
そういえばあれだけ無茶苦茶に抱かれて汗をかいたのに、身体は一切ベタついていないし腹は痛くない。
昔そういう仕事をやっていた経験上、男に中出しされたまま放っておくと腹を壊すことは知っていた。
乾燥機にパタパタと揺られている洗濯物の中には、彼がジムで使うと言ってリュックに入れていたタオルも何故か干されていた。だが昨日はジムには行っていない筈だ。
もしかして、あの後彼は甲斐甲斐しく俺の身体をタオルで拭いて中に出したものを掻き出した後に着替えまで済ませたのだろうか。
自分の欲をぶつけるだけの他人に何故そこまで尽くすのだろう。
知ろうとすればするほど彼のことがわからなっていく。
ベッドに戻ると、さっきは見落としていたであろう置き手紙を見つけた。また外に出るなと書かれているのだろうか。昨日の今日だ、どんな脅し文句が書きしるされているのだろうとおずおずと顔を近付けると、小さな字で一言だけこう綴られていた。
『ごめんなさい』
外は少し薄暗い。今は早朝だろうか。
昨晩俺を痛めつけた彼の姿はどこにもない。時計を見ると時刻は午後2時を回っていた。随分長いこと意識を失っていたようだ。
ベッドに押し倒され無理矢理犯されてから、もうそんなに経っていたのか。
昨日の朝食を最後に何も食っていないのに、不思議と腹は減っていなかった。むしろ今何か口にすると不快感で吐きそうだ。
「あ、ぇ゛……」
時間経過に驚いて声を出そうとしたが、上手く音にならなかった。口に物を詰められたまま長時間拘束されていたせいで喉が枯れきってしまったようだ。
そうだ、水を飲むといいんだっけ。
……いや、もういいか。身体を動かすのも怠いし、どうせ声を出したって言葉が通じないんだから。
この部屋に連れ込まれてから五日目、俺はようやく一つの結論に辿り着いた。
アレはもう駄目だ。
最早俺の手に負えるものじゃない。相談に乗るとか身代わりを用意するとか、そんなチンケな手段でどうにかなる男じゃなかった。
あれから、お互い食事を取ることもせず俺の意識が無くなるまで犯され続けた。
ただでさえまともに呼吸が出来ないのに口を塞がれ、酸欠を起こしたせいできっと酷い顔をしていただろう。それなのに彼はこちらを慮ることもせず、ただ自分の欲望のまま俺の中に精を吐き出した。
『これで貴方の居場所はここだけですね』
ワンカップ瓶の、耳を劈くような割れた音が頭にこびりついて離れない。
失恋のショックで一時的におかしくなっているだけで、本当は優しい子なんだと思っていた。俺の髪を柔らかな手つきで洗う姿も、自分が買った飯を分け与えられて律儀に頭を下げる姿も、これが本来の彼だと信じたかった。
だけど結局全部俺の思い違いで、アレは自分さえ良ければ人の大切なものを平気で踏みにじるような人間だった。
『カツキさん、カツキさん、カツキさんカツキさんカツキさん……ッ!』
カツキさんが実在していたからなんなんだ。この部屋にいる限りカツキさんは俺で、どうやったって状況は変わらないじゃないか。
そう気付いてからは部屋を探索することも、彼から話を聞き出そうとする気力も失ってしまった。
毎日この部屋で用意された食事を口に運び、用意された衣類に身を包み、彼の帰りを待つだけの日々。
そして帰ってくれば無茶苦茶に抱き潰される。俺はただ成す術もなく犯されるしかない。
中身のない日々は俺から逃げる意思を削ぎ落とすには十分だった。
もう何の気力も起きない。脱出も、会話をする気力もだ。ただ彼が飽きるまでずっとここで黙って横たわっていようか。どうせ何を話したって無駄で、カツキさんの代わりとしてセックスさえできれば彼は満足するだろうから。
『あなたにまで拒絶されたら、僕はっ、どうすれば……』
……なのに、どうしてか彼の歪な泣き顔が目に焼き付いて離れない。
彼は異常なまでに拒絶されることを恐れていた。過去にカツキさんから拒絶されるような何かがあったのだろうか。
もう関わらないと決めたのに、妙なわだかまりがとけないままだ。
「……ぁ゛、」
ふと外に目を向けると、薄暗い空からはポツポツと雨が降り始めていた。この時間でも外が暗いのは天気のせいだったか。
次第に雨足は強くなっていく。そっと窓の方に歩み寄って外の景色を見下ろすと、慌てて洗濯物を取り込む人の姿が小さく見えた。
今まで気にしたことは無かったが、自分の洗濯物も雨にさらされてないか何となく心配になりベランダの方に出てみたが、そこには洒落た椅子やら観葉植物が並べられているだけで何も干されていなかった。
そういえば昔どっかで聞いたことがある。一部のマンションでは外観を損なうとか何とかで外干しは禁止されてるって。
広い部屋を見て回り、脱衣場の扉を開くと下着類とワイシャツ、それと昨日俺が着ていたグレーのスウェットが室内乾燥機の風に吹かれて揺られていた。洗濯物はいつもここで干しているのだろうか。
あれ、俺昨日脱がされてからどうしたんだっけ。 改めて自分の身体を見下ろすと、昨日とは違う紺色のスウェットを着ていた。当然着替えた記憶は無い。
そういえばあれだけ無茶苦茶に抱かれて汗をかいたのに、身体は一切ベタついていないし腹は痛くない。
昔そういう仕事をやっていた経験上、男に中出しされたまま放っておくと腹を壊すことは知っていた。
乾燥機にパタパタと揺られている洗濯物の中には、彼がジムで使うと言ってリュックに入れていたタオルも何故か干されていた。だが昨日はジムには行っていない筈だ。
もしかして、あの後彼は甲斐甲斐しく俺の身体をタオルで拭いて中に出したものを掻き出した後に着替えまで済ませたのだろうか。
自分の欲をぶつけるだけの他人に何故そこまで尽くすのだろう。
知ろうとすればするほど彼のことがわからなっていく。
ベッドに戻ると、さっきは見落としていたであろう置き手紙を見つけた。また外に出るなと書かれているのだろうか。昨日の今日だ、どんな脅し文句が書きしるされているのだろうとおずおずと顔を近付けると、小さな字で一言だけこう綴られていた。
『ごめんなさい』
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