ホライズン 〜影の魔導士〜

かげな

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魔道帝国学院 入学⑤ 買い物 上

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入学はこの次の日なのでもう少し先です。

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「...はっ!」

 エミリアンヌは飛び起きた。ベッドに座ってはぁ、はぁ、と息が乱れているのを感じる。
 大きく深呼吸をすると額に手を置いて天を仰いだ。

「...悪い夢を見た気がする。」

 ポツリと呟いたそれは、黒を基調とした最低限の物しか置いていない部屋で虚しく響いた。
 エミリアンヌは昨日黒の寮に入寮したのだ。


 制服に着替えるとエミリアンヌは階段を降りて食堂へ向かった。ちなみにエミリアンヌの部屋は5階にある。
 制服上には黒いマントが揺らめき、手首に黒い昨日の新入生歓迎会で貰ったバッジが通されたブレスレットが付けられている。

「おはよう、エミリアンヌ。」

 食堂に着くと、既に朝食を貰って座っているミゲルに呼び止められた。彼もエミリアンヌと同じように昨日着ていなかった黒いマントを着て、手首にブレスレットを付けている。
 机にはハムの乗ったトーストとスクランブルエッグが置かれていた。出来立てのようで、ほかほかと湯気が僅かに立っている。

「おはよう、ミゲル。早いね。」

「いや、僕もさっき来たところだよ。この席取っておくからここ座りなよ。」

 ぽんぽんとミゲルは隣の席を軽く叩いた。

「分かった、ありがとう。ご飯貰ってくるね。」

 頷いてエミリアンヌはカウンターへ向かった。メニューには三種類あった。トースト、ご飯、コーンフレークだ。コーンフレークは自分で好きな種類を取っていく形だが、トーストとご飯は働いている料理人に声を掛ける形だ。

「おねーさん、トースト下さい。」

「あら、お姉さんだなんて。貴方新入生?フルーツも付けちゃうわ!」

「本当!?ありがとう、お姉さん!」

「うふふ、良いのよ、良いのよ!入学祝いね!」

 キラキラと目を輝かせるエミリアンヌに食堂のおばさんは笑って言った。
 エミリアンヌはお礼を言って機嫌良く朝食の乗ったトレーを持ってミゲルの座っているテーブルに向かった。

「あれ、葡萄付き?いいなー。」

 食事に手を付けずにエミリアンヌを待っていたミゲルが言った。エミリアンヌは皿に乗った葡萄の半分をスプーンですくうとミゲルの皿に乗せた。

「食堂のお姉さんがおまけで付けてくれたの。入学祝いだって。」

「やった、ありがとう。」

 ミゲルは皿に置かれた葡萄を一つ摘み、口に放り込んだ。エミリアンヌも真似をして一つ口に入れる。ジュワッと口に広がる甘みに頬を染める。

「ん、美味しい。」

「そうだね。」


 しっかり完食して、二人は食器を返却すると寮を出た。マントの内ポケットに入れていた学校のしおりを開き、地図を開く。

 昨日、上級生に案内されて黒の寮に行くと、そこには60人くらいの新入生が居た。
 寮長だと言う男が寮にはいくつかの種類の部屋があり、部屋の大きさや数が違うと説明し、一人一人希望を聞くが、大きい部屋が欲しい人は功績があるか、試験を受けるかをしないといけないと言った。
 エミリアンヌが寮長に大きい部屋を希望すると言いに行った時、黒の寮で暮らすダークライドがエミリアンヌはから5階にするべきだと寮長に言った。驚きつつも悩んでいた寮長だが、ダークライドがぼそりとエミリアンヌがたまに魔道具作りで爆発を起こすと言うと了承した。
 5階の何が特別なのか理解出来なかったエミリアンヌはただ首を傾げた。
 案内された部屋にはリビングとウォークインクロゼットのついた私室に小さなキッチンと浴室にトイレ、更に好きに改良して良い研究部屋があった。大きさに驚くエミリアンヌの隣でダークライドは5階にある部屋が一番豪華なのだと胸を張った。
 クローゼットの中には黒のマントとブレスレットが既に入っており、これらは自分の所属する寮を示すものだからいつも身に付ける様にダークライドは言った。既にマントにはいくつかの付与がされているが、更に改良しても良いのだと言う。おしゃれ好きな人の中にはこれでもかと言うほどフリルをつけたり刺繍をしたりする人も居るのだと言う。まあ、やり過ぎは良くないとも言われたが。

「商店街は広場の奥にあるんだってさ。」

「黒の寮は比較的近いけど、白や緑の寮の寮生は大変だね。」

「しっかし、学院内に小さな町があるって凄いよね。僕、研究設備よりこっちの方が驚いたよ。」

「雑貨屋さんに服屋さん、家具屋さんに魔道具店まで揃ってるしね。」

「僕、魔道具店に行きたいな。授業で使う魔道具がいくつか無いんだ。」

「私も行きたい!研究部屋用の設備を整えたいの。」

 魔道具店には戦闘用魔道具だけでなく、魔法の補助をする補助魔道具、魔道具作りや錬金術で使う保管棚や魔加工用工房机(錬金机とも言う)などが揃っており、何種類か取り扱っていない物もあるものの、魔法に関する物の何でも屋のような店だ。

 商店街にはレンガ造りの建物が連なっており、とてもお洒落だ。占いの館、飛行用魔道具専門店、雑貨屋、本屋、手芸店。さっきまで魔道具店に行きたいと話していた二人だが、顔を見合わせると頷き合い、魔道具店には寄り道してから行く事にした。 

「飛行用魔道具って授業に必要なんだっけ?」

「ああ。必修授業に飛行訓練って言うのがあるらしいよ。」

「へえ。私は飛行用魔道具持ってないから見てみようかな?」

「僕も家族の物はあるけど、自分用の物はないから付き合うよ。」

 中には何枚ものボードがそこら中に立て掛けられ、壁にも吊るされている。それぞれデザインが違く、長さが腰くらいのものもあれば、肩までのものもあり、幅も片足が乗せられる程度のものから両足を余裕を持って乗せられるものまである。勿論、色や柄も様々だ。

「凄い数だね。どうやって選べば良いのかな?」

「魔道具との相性はマストで、後はボードが体に合うかどうかだね。エミリアンヌは小柄だから小さいボードでも大丈夫そう。」

「んーっと、じゃあこれかな?色はピンクじゃない方が良いけど。」

 エミリアンヌはボードの両端が丸く尖り、幅は両足をぴったり揃えると乗るギリギリのサイズの物を選んだ。ボードは前足と後ろ足で前後に置くことでバランスをとる物なので、これくらいが良いと判断したのだ。ボードを立て掛けると腰より少し上くらいまである。ただ一つの難点は、色がチカチカする様なピンクである事くらいだろうか。「色って変えられるのかな?」と悩む。

「変えられるさ。店を華やかに見せる為に色付けてるってだけなんだからね。」

 店の奥から出て来た店員が話しかけてきた。耳にはいくつものピアスを付けている。「貸して」と言われて持っていたボードを渡すと、男は「ほらね」と言ってボードの色を黒に変えた。

「で、お嬢ちゃんは何色が良いの?」

「この黒が良いです!ボードの表に青色も何処かに加えられませんか?」

「斜めの線をいくつか入れるか、絵を入れるかがあるね。今その胸つけてるバッジにある月光花は地上で咲く花なんだけど、空にあるダンジョンで咲くと言われる光雪花って言うのがあるんだ。それとかどう?」

「良いですね、光雪花。ダンジョン探索者にしか見られないという伝説もありますし。」

「良く知ってるね。絵を入れるとしたら前側かな。こんな感じ。」

 男が手をかざすとボードに青で光雪花の絵が刻まれた。

「慣れてますね。」

「何枚ものボードを取り扱ってきたからね。これで大丈夫かい?」

「はい、ありがとうございます。」

 エミリアンヌは神々しく光雪花が刻まれているボードを受け取った。

「1万ゴールドだよ。」

「1万?相場より高めですね。」

「そりゃあ学院生用だから下手な素材が使えないものでね。これでも学院側にお金を払われて僕たち従業員の人件費をそっちで貰って素材費と運搬費用分だけを請求する事で値段を抑えているんだよ。
 ちなみに全部がこれくらいするわけじゃ無いよ?ボードにお金を掛けられない人も居るしね。最低価格は何と1000ゴールド!その場合はEランクの素材になっちゃうんだけどね。
 ボード使って戦闘するのなら1万ゴールドくらいの価格帯が良いよ。Cランクか、それと同じくらいの働きをする素材が使われているからね。
 逆にこれを遥かに超えた金貨くらいの値段がするAやB級上位の素材になってくると、速さや勢いが出し易いけど、耐久性が余り無いんだ。で、耐久性を補う為に加工すると魔道具に依頼する事になるから僕らの人件費を入れなくても10万ゴールドくらいになってくる。
 でもこの速さや勢いとかってCランク素材に耐久性の強化をして、ブースト魔法を掛ければ追いつけちゃうくらいだから、お金があって技術が余りないお坊っちゃまやお嬢様くらいしかやらないだろうね。」

 へえ、と相槌を打ってエミリアンヌはポケットに入れていた財布から銀貨10枚取り出して男に渡した。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

大金貨=1000000ゴールド(100万ゴールド)
金貨=100000ゴールド(10万ゴールド) 
大銀貨=10000ゴールド(1万ゴールド) 
銀貨=1000ゴールド(千ゴールド) 
大銅貨=100ゴールド 
銅貨=10ゴールド 

 ちなみに大金貨、大銀貨、大銅貨などの“大”のつくものは大金貨1枚だと金貨10枚と同じ重さに同じ価値だと言う感じで、あまり使われていません。
 作者が一般市民は大金貨をあまり見ないというファンタジーな設定を作りたくて入れただけです、はい。
 硬貨の価値や物価がずれているので、ゴールドという形をとっています。広い心で許して下さい。
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