逢魔ヶ刻のストライン

和法はじめ

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【三章/極夜の終わり、唯我は蹂躙せし】その7

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 誰かの騒がしい声に我に返った。
 いつの間にか耀子と黒服、そして円がいる。
 空には日が辛うじて残り、さほど時間たっていない事を標している。

「――聞いていますの!」

 いつもなら気にならない耀子の甲高い声が癇に障る。

「……ねえ耀子、貴女は知っていたの? 円の生まれの事」

「何を言っていますの! 今はそんな――ひぅ!」

 少しちからを解放すると、竦みあがって答える。

「円さんは、本家の生まれでしょう? 何をいまさら――」

「――そう、貴女は知らないのね。ならいいわ」

 視線はずし、円の方へ向く。

「……火澄、君は知ってしまったのか?」

「ええ、私はもう、貴方を信じられない」

 ――そして、私の想いも

「火澄! 聞いてくれ! オレは!」

 円は私の両肩を掴んだ。

「嫌っ!」

 私はちからで円を周囲ごと飛ばし、全てを拒絶する様に闇色の茨で壁を作る。 

「火澄? やっぱり封印が!」

「――なんですって!」

 何だか寒くなって、自分自身抱きしめた。
 序々に円や耀子の声が遠くなっていく。

「……円、貴方が愛しくて、憎い」

 〝詩〟の面影を持つ貴方が、その存在を汚した貴方が。

 私を愛してると言った言葉が、私を愛したその肉体が。

 これまで通り愛せばいいのか、無かった事にしてしまえばいいのか。


 それともいっそ――殺してしまえばいいのか。


「わからない」


 心が千路に乱れ、悲鳴を上げる。
 どうしたらよかったのか、どうすればいいのか


「わからない」


 自分の心が、円の心が、信じられない。
 円という〝詩〟の複製をこの世に存在させておくのを許したくない。
 だけど、円という男を殺したくない。


「どうすれば」

「どうすれば」

「どうすれば」

「どうすれば」

「どうすれば」

「どうすれば」

「どうすれば」

「どうすれば」

「どうすれば」

「どうすれば」

「どうすれば」

「どうすれば」

「どうすれば」

「どうすれば」

「どうすれば」


 歯車の欠けた絡繰人形の様に、思考がガタガタと音を立てて同じ所を回る。

 ――こんな時、〝詩〟なら何て言ったのだろう。

 自問を繰り返す私の脳裏に、一筋の呪いじみた光が刺した。

「…………約、束」

 ――そうだ! 私は〝詩〟と約束した。

「この地に、平和を。もう、私達みたいな子が出てこないように――」

 ――そして二人で一緒に。


「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ、あはははははははははははははははははははははははは」


 私は苦しめられていた胸の痛みが無くなり、それが可笑しくて哂った。


「ああ、ああ!」


「総て! 私の闇に!」


「歪みに! 同化してしまえばいい」 


 私は殻に篭るように展開していた、闇色の茨を解き放つ。
 痛いことも、哀しいことも、楽しかったことも、嬉しかったことも、――愛おしかったことも。
 全てから目を逸らして、ただ本能のままに。

 ――やがて。人とバケモノの中間である事を捨て、完全なバケモノになった。


「ふふふふふふふ、はははははははははははははははははははははは」


 空を見上げる。
 薄い赤が広がる中、満月の光。

 『全て公平に、私達もそうだったでしょう』

 何故か”詩”の声が聞こえた気がした。
 儀式から全てが始まったなら、儀式にて決着をつければいい。
 そう考える思考と同時に、体は世界の負を感じ取る。




「ああ、楽しいわ。――世界はこんなにも、悪意と悲劇で満ちていたのね」




 いつも以上に流れ込んでくる森羅万象の歪みに、私は陶酔する。

「ひず、み、なのか?」

「…………堕ちてしまったですのね」

 円は信じられないといった顔をし、耀子は苦しそうだが、怒りで満ちた目で私を見た。

 ――何を言っているのだろうか、私は何一つ変わっていないのに。

 ただ、ただ。抑えていた何かを解き放っただけなのに。
 彼らの反応を鈍った心で疑問に想いながら、決着を申し込む。

「ふふ、儀式を行いましょう円、――それが貴女の望みなのでしょう耀子。この地の中心である学園で待っているわ。そうそう来なくても構わないけど――」

 私は微笑み、

「次の朝にはこの地の全てを歪みに、永久の闇にするわ」

 と言って、その場から消え去った。

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