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【三章/極夜の終わり、唯我は蹂躙せし】その5
しおりを挟む平日の夕方で、地方の小さな遊園地であるが、意外なことにお客の姿があった。
中に入った私は、円が耀子からの指示を受けている間に案内板を見つけ、ちからによる探索を始める。
「火澄、詩のさっきの男に捕縛命令が下った。詩と共に、必ず生きて捕らえろだって」
一瞬だったが、あの二人は随分と仲が良い様子だった。
――最初から、謀られていた?
考えるのは後にして、探索結果を言う。
「……気配は二つあるわ」
園の西端と東端、案内板に拠るとミラーハウスと緑の大迷宮だ。
「こことここね」
円は迷いもせず、
「二手に分かれよう」
と言った。
「ええ、わかったわ。――私はミラーハウスの方に」
「ならオレは迷宮へ行く」
私達はすぐさま別れ、動き出す。
そこに何の打ち合わせもないのは長年連添った信頼があったが、今回ばかりは別の理由があった。
脳裏に先程の文面が過ぎる。
円に知らせなかった、メッセージ。
――伊神火澄様、貴女の知らない円の秘密をお教えします。くれぐれもお一人でお越しくださいますよう。
こんな時に不謹慎だが、私の知らない円の秘密というのに興味があった。そして同時に、私が思い出せない何かが解る気が――。
「――ここね」
ミラーハウスには人影なく、歳月感じる薄汚れた看板や、放っておかれた床や壁の剥げ掛けたペンキが、子供が遊ぶには不気味な雰囲気を出している。
「ミラー。……確か英語で鏡の意味だったわね」
カツカツと私だけの足音が響く。
鏡でできたかんたんな迷宮は、普通の人ならば迷うのだろうが、私はちからを使い目的までの道を迷い無く進む。しばらく進むと突然、白いベストを着た壮年の男性が現れる。
私は先手必勝だと、男の魂、心を読もうと視線を向け――。
――違う!
「どうだ? それが君の魂の姿さ」
瞳に写ったのは、正視に耐えないものだった。
何に例えることも出来ない汚らしい、物事の負が具現化したようなの海の中に、腐臭を上げる醜くブヨブヨとした肉塊が弱々しそうに蠢いている。
「……何のつもり」
私は鏡を介して写された自分の魂に、吐き気を伴う激しい苛立ちを感じた。
「おおっと、そんなきつーい目をしないでくれよ。軽いジャブさ、俺は君に恩があって来たんだからな」
「恩?」
「ありゃ? 憶えてない? ――やっぱり人間の時の記憶は無いって本当みたいだな」
訝しがる私に対し残念そうな、そして真面目な顔をして言った。
「それを知っているということは、裏切り者って本当らしいわね」
「ああ~。やっぱり俺ってば裏切り者になってるの! アイツらもまぁ、薄情なもんだね。ちょっとガキ助けたぐらいでソレかよ!」
喜怒哀楽のはっきりしている男に呆れ、先を促す。
「貴方の事情はどうでも良いわ。それより、とっとと秘密とやらを話しなさい」
「相変わらず、嬢ちゃんは一直線だねぇ。でも君が記憶が無いなら話は別だ。――先にソッチから片付けようや!」
男はいつの間にか後ろに回っており、私の頭をポンと叩いた。
「――なっ!」
慌てて振り向くと、目が合う。
優しい表情の中、虹彩がグルグル光り、何かが入り込む感触。
慌てで防御壁を作るが、すりぬけて、意識が違う場所に――
私は、思い出した。
人間だった頃にバケモノの男を助け、友人になった事。
そしてあの儀式において、私の対となった斎宮の巫女――、私の親友〝詩〟
「――――ぁ…………ええ、そうだったわね。ありがとう狸芽」
――この男なら信頼できるわ。
「それで〝詩〟と同じ名前のあの子と、同じ魂、体質を持つ円は……」
いったいなんなのと聞こうとし、彼の異変に気付いた。
壁によりかかっていた狸芽は、ずるずると壁を血で汚しながらしゃがみ込む。
「狸芽!」
「へへっ、ちょっとドジっちまってな……」
「狸芽! 狸芽!」
どうにかしようと必死、しかし手が――
「――お役目ご苦労ですわ、火澄」
私の後ろには冷たい目をした耀子と、さらに後方、狸芽に殺意を向ける黒服の人間。
――狸芽を、死なせるわけには!
「っ! 逃げたわッ! 追いなさい!」
周囲を視認出来ない闇を作り出し、狸芽を抱え逃げ出した。
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