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【三章/極夜の終わり、唯我は蹂躙せし】その4
しおりを挟む「あんの馬鹿! 何やっているんですの!」
わたくし、阿久津耀子は警護室の監視カメラの前にて、人の多い夕方のデパートで突如行発生した誘拐劇に頭を抱えた。
監視カメラ越しの向こうには、残された便箋を見た円さんとバケモノ女が同時に駆け出すところである。
それを見ていた周囲の人々は、警察に通報する素振りする者まで出てきている。
――警察には手回し済みだからいいものの。
大多数の人々にはバケモノや認識外の超常のちからは解らないが、こうも大袈裟な事をされたら全てを揉み消すのに時間がかかる。
わたくしは部下に大急ぎで、事実隠蔽の指示を出す。
「せめて、結界を貼って人目を避けてくれれば――」
「よーう鬼子! 時間が出来たから、詩を迎えに来たぜ!」
ドアが勢いよく開き、満面の笑みを浮かべた狸芽と詩がやってくる。
――っ! 上の監視がいるのに、間の悪いといいますかなんというか!
今日、今、ここにいるのは訳があった。
上から与えられた命は裏切り者の処分。
この命令を出した御影衆の最高位――神、御影様には、わたくしの復讐の事も、狸芽の離反もお見通しなのだろう。
悪趣味極まりないが神様直々に指導するこの重要な儀式を直前にして、踏み絵でもさせるつもりなのだ。
御影様が最終的に描く絵が何にせよ、こんな中途半端な所で終わるわけにはいかない。
「っ! アナタ達! もう少しやりようは無かったのですか!」
――いつも通り、いつも通りに。
対読心能力の為の準備はしてある、大丈夫だと自分に言い聞かせる。
狸芽の運んできたお守りが、彼自身に使われるとは皮肉なものだ。
「あっはっは! 悪い、悪い。ま、いつもの事だろ!」
「そうよ、そうよ。あんただってあたしら使って楽出来てたでしょ」
「……どうして単体では一流なのに、二人ではトラブルが増加するんですの?」
読心を封じたとはいえ、相手は数百年以上諜報員を続けている文字通りのバケモノだ。
お守りを所持している事は、察知しているだろう。
わたくしの殺意に気付くかさらに攻撃が通じるかどうかは、狸芽達と培った信頼を信じるしかないのだ。
「アナタ達! わたくしを裏切ったんですのよ! よくもノコノコと顔を出せましたわね!」
「え?」「え?」
不思議そうにわたくしを見る二人。
――駄弁ってないで、とっとと去って行きなさいな。……それならわたくしも!
「え? じゃありません! 大体! 何時も何時もアナタ達はわたくしに黙って行動して! ちょっとは上司に説明してから動くとかしなさい!」
「堅っ苦しいこと言うなよ、なあ?」
「そうよ、そうよー!」
「そうよーではありません! まったく、アナタ方が動きやすい様に、過去の詮索などしていなかったのですのよ。――これ以上、おちゃらけるなら全部聞き出して、丸裸にしますわよ」
気付く事を願って、遠まわしに匂わす。
「あら、珍しい。あなたがあたし達の事、知りたがるなんて」
「そうそう、実利一点張りで、過去なんて腹も膨れねぇってな!」
あはははと暢気に笑う二人に、怒りを隠しきれない。
「…………あ、な、た、達は~~!」
「あはははは、怒った?」
「怒ったの? 耀子ちゃん」
「っもう! アナタ方とはこれが最後ですのよ! 円さんとの関係とか、バケモノ女の詳細な過去とか、知りたいことは沢山あるんですからね」
「女の子としては、やっぱ気になるよねぇ」
「つうてもさ、俺らのような裏家業の奴にゃあ過去の詮索は嫌われるぜ」
以前と同じ様に親しく振舞う狸芽と詩。信頼か油断か、その無防備な姿にわたくしの心は惑う。
――情に流されてはいけませんわ! でも……っ!
真直ぐに見れなくなくて、下を向く。
「別に、嫌われてもいいのですわ、だって、だって――」
そんな彼らを騙し討ちするという行為に耐え切れず、お守りにちからを込めて聖なる結界を展開する。
――気付いて!
「どうしたの耀子ちゃん?」
「……そうか、そうなのか? 阿久津のお嬢」
事体を察したのか眼光を鋭くする狸芽。
「――狸芽、詩、アナタ達は裏切りものですのよ。そうなってしまっているんですの!」
逃げ果せて欲しい気持ちと、復讐の為の殺意に板ばさみになりながら。
体を支配する黒い澱みから、黒く粘ついたちからが零れる。
――しかし、
科学的な監視の目を欺くには、準備が足りていない。
わたくしは覚悟を決めて、ポケットから拳銃を取り出す。
念のため持っていたものだけど、使うとは思わなかった。
「だから……」
彼我の差は三メートルほどの間も無い。
わたくしの本気を悟ったのか、詩が防御の為の結界を組み立てはじめる。
――やらせませんわ!
こちらの結界はバケモノには利くが、人間である詩には効かない。より確実に狸芽を仕留めるべく、この状況下でわたくしへの防御策を持つ彼女へ銃口を向けトリガーを引く。
「これで――、仕舞いですわ」
幾ら詩が結界術に秀でていても、至近距離で放たれた音速には適わない。
故に、必殺を確信して放たれた一撃は。
幼い顔を焦燥感で満たした詩、
「……どうして、ですの」
その彼女を庇うように抱きかかえた狸芽の背中へと、吸い込まれるように当たった。
「狸、芽?」
詩が血の気の引いた顔で、茫然と呟く。彼の衣服は背中の穴から漏れ出した液体によって、赤く赤く染まってゆく。
数百年以上生きる彼にとって、ある程度の深手を負わせこそ致命傷にはなりえないだろう。
――逃げ出す理由が付いたでしょう?
泣き出しそうな詩の顔を、血を流す狸芽を見たくなくて顔を背ける。
次の瞬間、わたくしは狸芽の状況に疑問を持った。
――血を流す?
この結界は、バケモノのちからを封じるものであっても、何百年も齢を重ねた狸芽の物理的な治癒能力まで抑えるものでは無いはずだ。疑問の目を向けると詩が疲れた顔で口を開く。
「狸芽は、もう限界なのよ。バケモノとしての寿命らしいわ」
「……」
「ほれ、暗い顔すんな! 遅かれ早かれってやつよ」
狸芽は苦しそうにしながらも、がはははと笑った。
「…………なんでですの?」
「これで、上に言い訳利くだろう」
「茶化さないでくださいまし!」
「へへっ、……そうだな。うん、ほっとけなかったから、かな?」
何をとは聞けなかった。聞いたら、自分の中の何かが崩れてしまいそうだったからだ。
「やっぱさ、鬼子ちゃんは、火澄のお嬢に似ているんだ」
「そうね、あんたは昔の火澄に似てるわ」
「……その評価は嬉しくありませんわ」
「すまんな。……でもな、こんだけ一緒にいたんだ。純粋に心配してもいいだろう?」
「アナタの心配なんか――」
「――阿久津耀子」
彼の真剣な表情。
「……」
「お前は今、幸せか?」
「そんなこと、言わなくても解るでしょう」
「だな。復讐しようとする奴が、幸せな訳が無い」
「耀子、あたし達はあんたの復讐を止めないわ。けど、幸せになって欲しいのよ」
「どうして、……どうして、そんな遺言みたいな事を言うのですわ」
わたくしは、彼らの真摯な想いに膝をついた。
――この人達を、死地に追いやって。わたくしはっ!
自分に何より近しい人を家族だったのかもしれな人を傷つけて、本当に、これでよかったのだろうか。
俯くわたくしを他所に、彼らは立ち上がる。
「……どこへ行くのです?」
「まだ、死ぬのには時間があらぁな。だから、もう一仕事行って来るわ」
さっぱりとした返事、次に詩を見る。
「恋も碌にしてないあんたには解らないかもしれないけど、ボロボロの二人だもの、共に死ぬのも悪くないわ」
「……」
彼らを、引き止める言葉は持ち無かった。
わたくしは無言で、結界を解く。
「じゃあな」
「さよなら、耀子」
そして、いつもの別れの様に去っていった。
「……気付くのが、遅すぎたのですわ」
一人になった部屋で、ポツリと呟く。
瞼を閉じ、全ての気持ちを飲み込んで受け入れる。
――命は、有効的に散らすものですわ。
わたくしは、復讐の続きへと戻っていった。
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