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【???/誰彼に至る】
しおりを挟むあれからどの位時間が経っているのか、私には解らなかった。
人の太平なる夜世界の為、暗闇に蔓延るバケモノを一掃するはずだった儀式は失敗し、以来昼の世界に漆黒の帳を下ろしたままである。
その中で、犠牲に捧げられるはずだった巫女――私と詩は生き残り、あらゆる負の想念が人とバケモノの両方を狂気に陥らせている地獄から、逃避行を続けていた。
今は、儀式の再開を望む人間と、儀式の阻止を企むバケモノの両方から逃れるため、私達は鬱蒼と覆い茂る森、その奥深くへと入り込んでいた。
「――ひっ!」
夜目が利く詩に手を引かれて歩く私は、前方で蠢く歪な気配に恐怖し立ちすくむ。
元来、森羅万象の負、歪みといったモノが見えやすい性質だった私は、詩と出会うまでそれを制御できず、実の両親ですら得たいのしれないバケモノに見えていた。
そしてこの歪みに満ちた常世の中では、またあの頃と同じ様に目に映るもの全てがバケモノに見えていた。
「火澄、しっかりなさい! あれは只の栗鼠よ」
「で、でもっ!」
――怖い。
私は震えながら彼女の手を握る。
温かく、柔らかな感触。
目の前の人間は、人間でありながら一切の負、歪みが見えない清浄なちからを持つ、生まれ着いての巫女。
初めて出会った、人の姿をしている者。
彼女は怯える私を優しく抱きしめる。
「大丈夫よ、あたしが居るわ」
「詩……」
彼女の温もりに私は安堵し、そのせいだろうか、知り合いの安否など頭に浮かべてしまう。
あの、人の心を読むバケモノ男は、あの狂乱の中無事でいるのだろうか。
「……火澄」
「な、何? 詩?」
ギリギリ、と抱きしめる力が強くなる。
詩の顔を見ると、彼女は不満そうに私を睨んでいた。
「あんな男の事なんか考えないで」
勘の鋭い彼女は、時々私の心を読むかのような発言をする。
私に執着する詩の想いを見ないふりして、体を離す。
「御免なさ――」
――え?
やけに渇いた音と共に彼女の体から何かが飛び出し、私の体に鋭い痛みが走った。
「……何、これ」
詩は不思議そうに、胸から生えるように出現した何か、――刀に触る。
その刀は私の体にも届き、浅く傷を残し。
そして、彼女の苦しげな声な共にゆっくりと引き抜かれた。
「ふははははっはは、やった! やったぞ! ひゃはははっははあはは、あははっはは――」
「――オ前ハモウ用済ミダ」
何が何だか理解できない。
詩を刺したのは、本来なら彼女を守るべきだったはずのお侍さんで、そのお侍さんを頭から巨大な犬のようなバケモノが食べていて。
何より。
何よりも。
赤く染まる白装束。地に倒れ伏す彼女。
その意味を理解するのを理性が拒む。
詩の、信じられないと言いたげな顔は、急速に色を失なってゆき。
私は足元が崩れ落ちる感覚を得ながら、狂ったように彼女の名前を呼ぶ。
――理解、できない。
「詩! 詩! 詩! 詩!」
――そんな、こんな所で!
「ねぇ! 返事をして! 私達約束したでしょう!」
全てはこれからだったのだ。
この地を抜け出し、二人一緒に平和に暮らして。
私達みたいな子をこれ以上出さない方法を見つけて、また戻ってこようって。
「詩!」
「……そんなに、大きな声、……聞こえるわ」
彼女は焦点の合わない目をし、手をふらつかせながら私の頬に添える。
「詩……」
「ごめんね。約束、守れ、そうに、ないわ……」
「っ!」
「ねぇ、お願い、が、あるの」
私は彼女の手を堅く握り、頷いた。
「この地に、救いを。人も、バケモノも、仲良く、できる、ように」
「……」
「ね、お願いよ」
彼女は青ざめた顔で、穏やかに笑う。
溢れ出る涙で視界をぼやかしながら、私は首を縦に振るしかなかった。
「あり……が、……とう」
詩はそう言って、息絶えた。
――何故、詩が死ななければいけない!
茫然とする私の前に、涎をだらだら垂らしたバケモノが表れた。
――何故、詩が死ななければいけない!
「■■■、■■■■■■■」
――何故、詩が死ななければいけない!
そいつは人の言葉を話しているはずだけれど、私には理解できなかった。
――何故、詩が死ななければいけない!
「■■■■■■■」
――何故、詩が死ななければいけない!
バケモノは諦めたように、大きな口を開き詩を食べようとする。
――何故?
「なぜ」
――何故? 何故?
「■■■■」
――許せない!
私は怒りに身を委ねながら立ち上がる。
――許せない! 許せない! 許せない! 許せない!
バケモノは、何かを感じ取った様に喉を唸らせる。
「――人間も、バケモノも」
――皆、皆。
「………………死んでしまえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
私の意識が拡張され、例えようの無い大きな何かと繋がる。
際限の無いちからが体に流れ込み、光すら通さない夜があふれ出して。
そして、全てが闇に包まれた。
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