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【二章/宵には早く、八つ時には遅すぎて】その8
しおりを挟む「ごめん」
「…………」
夕焼けに夜の紫が混じり、月の光が目立ち始めた頃、円が言葉を切った。
昼間と違って風が吹き、体が冷たくなっても私は展望台から町を見下ろしたままだ。
「ごめん」
短く吐き出される謝罪。
その声色は堅く鋭く、贖いの色はない。
――いえ、そもそも。
「何に対しての謝罪かしら?」
「……オレは何もできなかった」
「――円?」
私は円の方に振り向いた。
彼は真剣な表情で私を見ていた。
いつもと同じ制服を着た女装姿だというのに、妙に男らしく感じる。
――何時もなら、見とれてしまうかもしれないけれど。
頭の中が混乱冷めやらぬ中、そう冷静に考える自分を発見する。
「耀子のお守りの事? それなら別に怒っていない――」
「――今回の件は、阿久津耀子との勝負だった」
話をする気分ではないと切り上げようとし、聞き捨てなら無い言葉に円を睨む。
「……どう、いうこと」
「彼女が御影衆に提案したらしい。この地の浄化を火澄に任せるわけにはいかないと」
「……」
「オレは、命令により君への手出しを禁じられていた」
「……」
「君が苦しんでいるのに、助けられなかった。ごめん」
感情を見せず淡々と話す円に私は苛立った。
「謝らないで、耳障りだわ! ――さっさと本題に入ったらどう? そんな瑣末な事を話したいわけではないでしょう!」
私はカッとなって円に詰め寄る。
――人の気も知らないで!
荒れ狂う思いの丈をぶちまけようとするが、言葉が出ない。
「火澄……」
円は、そんな私を見てきつく抱きしめた。
「――――ぁ――」
冷えた体に伝わる熱が心地よくて、私は唇を噛む。
「……寺浄の事で、君が悩む必要は無い。」
「……」
「あれは斎宮の中でも特殊な家系だ。仕方がなかった」
「仕方、なかった……」
「ああ」
「あれを、仕方なかったですって……!」
「もう、気にするな」
「ふざけないで!」
――あれを、あんなものの存在を許してしまったら私は……。
「火澄?」
「私が」
「……」
「私で、なくなってしまう……」
「火澄……」
「どうすれば、いいの……?」
「…………っ!」
全身から力が抜けて、立っていられない。
円はそんな私を抱きしめる力を、痛いほど強くする。
「くっ……」
その力がなんだか優しく感じて涙が溢れそうで、私は円の胸に顔を押し付けた。
流れる静寂。
冷たい山風だけが、私達を揺らす。
「火澄」
私が落ち着いたときを見計らって、円が体を離した。
「何?」
「君が好きだ」
「いきなりなによ。そうね、私も好きだわ。だって家族ですも――」
「――違う」
「え?」
「一人の女性として、火澄、君が好きだ」
「~~~~っ!」
いきなりの展開に、頭が着いて行かない。
「オレはもう、火澄の辛そうな顔を見たくない。絶対に幸せにするから、恋人になって欲しい」
円の熱のこもった視線に、顔が火照ってゆくのを感じた。
「……ぅ、ぁ、だ、駄目よ!」
出した声はか細く震え、力なく消えてゆく。
「どうして?」
「だって! ……私と貴方は、違いすぎる」
「人とバケモノの差? それとも年齢? そんなもの幾らでも乗り越えて見せる!」
「幾らでもって」
「……オレは、君を人間に戻して斎宮の宿命から解放してみせる」
「円……」
「寺浄の件だって、火澄が乗り越えられるように、二人で探してゆけばいい」
「……」
「ね、火澄。もっとオレを頼って、もっとオレを信じて」
円は私に笑いかける。
寺浄に囁かれた声が、脳裏に過ぎった。
私は恐る恐る円に手を伸ばし、その胸板にゆっくりと顔を埋める。
「――卑怯よ。私が弱っているところに付け込むなんて」
溢れ出る涙が見えないように、顔を強く擦り付ける。
「ごめん」
優しい声色、彼の以外に大きい手で頭を撫でられる感触がする。
「……頼っても、いいの?」
「うん」
「期待しても、……いいの?」
「うん」
「貴方に、縋ってもいいの?」
「うん」
「それなら、……私の心を円にあげる」
私は顔を上げ、円にキスをした。
冷え切った唇の感触を感じながら目を閉じる。
もう夕方の赤色は去り、夜の黒で塗りつぶされようとしていた。
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