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【二章/宵には早く、八つ時には遅すぎて】その6
しおりを挟む真夜中、私は唐突に目を覚ました。
枕元の携帯電話を手に取れば、日付が変わったことを知らせる表示が出ていた。
部屋の暖房が冷めて冷たい静寂の中、二つの寝息が聞こえる。
右を見ると、耀子は布団を蹴飛ばし、涎を垂らしながらお腹を出して寝ていた。
――残念な子ね。
短く嘆息し耀子に布団をかけ直しながら、さらにその奥で円が寝ているのを確認する。
寝直そうかと思ったが、バケモノとしての本能だろうか、意識が冴え渡っていた。
このまま布団に入るのも退屈なので、私は家の中を散策するためそっと部屋から出た。
――やはり、寒いわね。
吐く息は白く、素足に突き刺すよな冷たさに冬の空気を感じながら、ふらふらと歩く。
廊下を出て、居間や台所を通り抜けて、玄関を横切りながら南にある縁側へと向かう。
縁側から庭へと降り立った私は、ふと月が見たくなって夜空を見上げた。
しかし、角度や位置関係からか、月は見えなかった。
私は月が見える所を探し、霜が降りている土の上を裸足のまま進んだ。
バケモノであるこの体は、冬の寒さぐらいで体調を崩すことも無い。
けれど。
――やはり、ここに来てしまうのね。
目の前に存在する土蔵に、私は暗い笑みを浮かべた。
勿論、ここに来るまでに月が見えなかった訳ではない。
しかし、綺麗に見える位置を探すと自然とここに来てしまうのだ。
――ここから見える月は綺麗だから。
否、この土蔵は綺麗な月を見ることしかできないのだ。
だから私は――
「火澄」
沈む思考から私を引き戻したのは、円の声だった。
「あら? 起こしてしまったかしら」
月を見上げたまま、私は答える。
「……何か、不安なのか」
真剣な声、私を慮る声色。。
「貴方は、狡いわ」
「ええっ! 何が?」
――欲しい時に、欲しい物をくれる。
自分が、只の小娘だと勘違いしそうになる。
「ふふ、何もかもよ。――それで、何が言いたいの?」
「昨日は、ゴメン」
「いいわ別に」
――気にしなかった。といえば嘘になるわね。
けれど円のその言葉だけで、私は十分だった。
もう一度、この冷たい土蔵の中に戻されなかっただけ、幸せだ。
「寝る前に、聞いた。寺浄の事」
「…………」
「…………」
円が押し黙る。
それはそうだろう、察しのいい彼の事だ。
きっと私が彼との距離について悩んで、それを寺浄達と重ねているのに気付いているのだろう。
口を開けば、問題が奥まで行きかねない。
今の関係が、崩れかねない。
――案外と脆いものね、私達も。
長い間生きてきて、人もバケモノも沢山喰らって、なのに、たった一人の人間との間が危うくなるのを恐れている。
「ふふっ」
自分の弱さを自嘲しながら、私は円を正面から見つめた。
「火澄……」
円の心配そうな顔、揺れる心が不快で私は声を出す。
「あの娘、もうすぐバケモノになるわ」
「……こちらでも観測した。それで……」
「それで? 処分しろと?」
「……」
円は固い顔をした。
「嫌よ」
「……」
「あれはまだ、美味しくないわ」
「……」
私はそう言って、円から背を向ける。
本当は、美味しいとか、美味しくないとか、どうでもよかった。
今、寺浄の歪みを食べてしまえば、その恋心ごと消し去ってしまうことになる。
私は、バケモノとなった寺浄が、恋にどういう結末を着けるのか見たかった。
――あの娘ならきっと答えを。
決着のその時、私の心に何か答えが得られると思ったのだ。
「だから――」
「――駄目だ」
「……っ!」
否定の言葉に、唇を噛む。
「上からの指示だ。今日の日没前に、片を付けろ」
「嫌よ!」
私は大声を上げた。
何だか、裏切られたような気分だった。
「……」
「――貴方も、解っているのでしょう。今、あの子の歪みを食べてしまえば、心も」
寺浄達は、私達の関係に似ている。
その心を無かったようにしてしまうのは――
「――それでも」
「……」
「それでも、斎宮の人間として、歪みを見過ごす事は出来ない」
「ならせめて、あと一週間。一週間あれば!」
「火澄」
「私は、嫌よ」
「――火澄」
「命令なさい。私の意志では、しないわ」
苦しそうな円の視線に、私は俯いた。
涙が溢れそうな顔を見られなかった。
「……お願いだ」
足音がした。
円が近づいてくる、私は動けない。
「……」
「……」
彼我の距離が零になる。
円に抱きしめられた、私は動けなかった。
「…………我侭、言ったわ」
私は寺浄の事を承諾する。
彼の体温は涙が出そうな程、優しかった。
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