逢魔ヶ刻のストライン

和法はじめ

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【二章/宵には早く、八つ時には遅すぎて】その4

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 寺浄を橘文虎と背中合わせの位置で座らせると、流石に観念したらしく元の落ち着きを取り戻していた。

「成る程、良い席ですね。ここなら出るときにも死角になって気付かれません」

「ええ、良い具合だわ。その席なら二人の声も聞こえるでしょう」

 私達は小声でやり取りし、仕切り代わりの観葉植物越しに耀子へ目で合図を送る。
 耀子は一瞬、私達が近すぎる事への不満を視線で送ってきたが、すぐに橘文虎に向き合い直した。

「――それでぇー、文虎さんはぁ、その子のことが好きなんですかぁ?」

 耀子の直球過ぎる質問に、寺浄が動揺を見せる。

 ――どんな接触の仕方をしたら、そんな台詞をすぐ出せるのかしら?

「ふーむ、どういったらいいものやら……」

 考え込む橘文虎、耀子は答えを急かす様に上目遣いをしながら、その豊満な胸を強調するような仕草を取って媚びる。

 ――それにしても、あの子やけに手馴れてるわね。

「?」

 耀子への微妙な感情が顔に出てしまったらしく、敏感に察した寺浄が視線で問うてきた。

 ――ある種、職業病というやつね。今ぐらい自分の事に集中すればいいでしょうに。

「なんでもないわ」

 私は、苦笑しながら答えを返す。
 流れる沈黙、文虎は未だ考えているようだ。
 寺浄は追加注文したケーキにも手を付けず、緊張でガチガチになっている。
 彼女には、一瞬が永遠の様にも感じているのだろう。

「――そうだな、アイツは……」

「!」

「アイツは?」

 沈黙が破られる。

「……アイツは、大切な家族で妹の様なものだ。恋愛感情は無い」

 寺浄の頬の赤みが、一瞬で無くなった。
 一瞬で冷静になった様にみえるが、目は潤み始め、唇を噛み締めている。

 ――っ! この気配!

 突如発生した親しみ慣れた気配に、私は慌てて彼女を視た。
 彼女の輪郭に、装飾の少ない無骨な洋剣が重なる。
 本来ならば、神聖な輝きを放つであろう剣は、黒い呪いというべきもので侵食され――?。

 ――気配が、消えた!?

 見間違いかともう一度視ても、そこには普通の心があった。
 私は耀子に合図を送ろうとするが、彼女の顔はこちらを向いていない。

「それじゃあ?」

「――いや、折角の気持ちだが断らせてもらおう」

「えぇー! いい話だとぉ、思ったんですけどぉ」

 耀子はさも残念そうに、橘文虎に擦り寄る。

「俺様は、金も権力ももっているが、人を見る目も持っているつもりだ。――偽者の据え膳など反吐がでるわ」

 耀子はその言葉に驚くも、すぐに立ち直り素で接する。
 寺浄も、様子が変わった事を察知し従者の顔つきになる。

 ――さっきのは見間違いかしら?

 私はもう一度見るが、そこにあるのは矢張り普通の心だった。

 ――異常は、無いわね。

「へえ、橘文虎。盆暗の三男と聞いていましたが、器は長男より上でしたか」

「ふん、それが貴様の地か。何を企んでいる? 俺様に取り入っても金はやらんぞ」

「違いますわ」

「ならなんだ? まさか本当に俺を好きだと言うんじゃないだろうな」

「当らずとも遠からずですわね」

「何?」

 よほど想定外だったのだろうか、橘文虎の動揺した声。
 ついでに目の前の寺浄も動揺を見せる。

 ――さっきのは、気のせいね。

「わたくしの友達が、アナタの事を愛していますの」

 ガタッと音を立てて、寺浄が椅子から落ちそうになる。
 橘文虎は一瞬こちらをみたが、何事も無いことを見取ると視線を戻す。

「成る程、そういうことか。ならば何故そいつが直接来ないのだ?」

 さも不思議そうな声色に、耀子は呆れた顔をした。

「誰もが、真正面へ進むことが出来ると思ったら大間違いですわ。それに、今日は代理告白しに来たのではないですし」

「では、何の為に?」

「リサーチですわ。彼女がアナタに想いを伝えるには障害が多くて……その最大の障害、寺浄暦の事をどう想っているか聞きに来たのですわ」

 耀子の言葉に、橘文虎は再び黙りこんだ。

「橘文虎。アナタは、寺浄暦の事を家族だと、妹だと言った。相違ありませんの?」

 鋭さを持つ耀子の言葉が癇に障ったのか、大きな溜息を吐き橘文虎は席をたった。

「橘文虎!」

「五月蝿い。一々フルネームで呼ぶな。それとな、その友達とやらに伝えておけ。寺浄暦は俺様の掛け替えの無い家族だ。手を出したら殺すと」

 ――中々素直じゃないわね、彼も。

 橘文虎が、彼女の名前を言ったとき切なそうな顔をしたのを、私と耀子は見逃さなかった。
 知らないのは、複雑な表情をしている本人だけ。

「……貴女も大変ねえ」

「解っていただけましたか、火澄様」

 私は、曖昧な表情で笑った。



「橘の気持ちはこれで解ったでしょう? 寺浄さん」

「……ええ」

 寺浄を生温かい目で見る私達。
 だけど、落ち込み気味な彼女はそれに気づいていない。

「なら、やる事は一つね」

 私は、耀子を見る。

「ええ、一つですわね」

 耀子も私を見て、頷いた。

「……やる事とは?」

「ずばり、告白しなさい。寺浄さん」

「阿久津先輩!」

 驚く寺浄に、耀子は不敵な笑みを浮かべる。

「問題はわかりましたわ、その解決法も。身分の差が何だっていいますの! これでも御影衆に顔が聞きますの、後の事は任せてドンとぶつかってらっしゃいな」

 ――御影衆。

 私は心の中で臍を噛んだ。
 御影衆とは、斎宮一族の最高意思決定機関。
 その本家当主である円さえ、その命令には逆らえない。

 ――やっかいね、この女。

 寺浄は耀子の言葉に呆気に取られ、次いで考え込む。

「………………本当、ですか? いえ、本当なのでしょうね」

 自分の中で結論を出したらしい寺浄は、覚悟を目つきに宿らせる。

「ええ、御影様に誓って」

 耀子はそんな寺浄を、どこか懐かしいものを見るような瞳で見ている。

「――わかりました。有難う御座います。このご恩は必ずいつか……」

「ふふ、いいですのよ」

「それでは、また。先輩方、今日は有難う御座いました」

 寺浄はペコリと頭を下げた。

「――ああ、そうですの。このお守りをお持ちになって」

 席を立ち帰ろうとした寺浄を耀子は引き止め、赤いお守りを渡した。

 ――何、あれ?

 耀子が寺浄に渡したお守りは清浄な気が込められており、私にはとても不快に感じた。

「恋愛成就のお守りですわよ。気休めですがもっていなさいな」

 寺浄は耀子に向かって大仰に頭を下げると、今度こそ去っていった。

「耀子さっきのお守り――」

 ――また!

 私はさっきと同じ歪んだ気配を感じ、去ってゆく寺浄を視る。

 ――そう、そういうことなのね。

 彼女の心は橘文虎への身分差故に、伝えてはいけない想いが闇に変貌し、いつバケモノになってもおかしくない。
 その歪みが消えたり表れたりしているのは、彼女の精神が余程頑強なのだろう。

 ――心の強さなら、先の風流センセイよりかなりの格上ね。

「どうしたんですの? 火澄」

「……いえ、なんでもないわ」

 私は耀子のお守りの事を忘れ、不安定な寺浄の歪みを思った。

 ――いいわ。あの子の心はもうすぐ闇に落ちる。

 バケモノとなった彼女の恋路はどうなるのだろうか。
 私は耀子と別れ、機嫌よく帰宅の途に着くのだった。
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