12 / 31
【二章/宵には早く、八つ時には遅すぎて】その2
しおりを挟む「御当主様お久しぶりで御座います。――火澄様、始めまして。わたしは寺浄暦(じじょうこよみ)と申します。以後お見知りおきを」
見知らぬ生徒もとい、寺浄暦は空気など気にせず淡々と言った。
――恐らくこの寺浄とやらが秘策とやらね。
さり気なく耀子を外すあたり、美味しい事をしてくれる。
「ちょっと! わたくしを無視しないでくださる!」
「えっと? 何方でしたっけ?」
案の定怒り出した耀子が、寺浄にくってかかる。
「アナタ、寺浄家の者でしょう。なら覚えておきなさい! この私が、阿久津家の当主、阿久津耀子ですわ!」
「ああ、あの没落した」
「ぼ、没落などしていませんわ! ちょっと傾いて――」
耀子がプリプリ怒っている内に、私は円に質問する。
「円? あの娘と面識あるの?」
「そういえば、火澄はそっち方面知らないんだっけ。寺浄暦、ウチの分家筋の橘家に代々仕える寺浄家の長女」
「へえ、分家筋の……」
――そういえば、この前の風流センセイも分家筋の人だったかしら?
「この樹野は、存外狭いよ親友。そういう事もあるさ」
「なにがそういう事なんだ? 音原」
私は溜息をついた。
「いつもいつも思うのだけど、貴女、私の思考でも読んでいるの? 言葉を挟んでくる時期が丁度良すぎるのだけど」
「僕は、君の大親友だからね!」
私は苺の胡散臭い笑顔を半目で睨む。
「良くわからないけれど、仲がいいのに越したことはないよ。……耀子ちゃんともこの調子で仲良く出来ないの?」
「あの子は敵よ」
「大丈夫だよ斎宮、火澄はツンデレだから」
――言葉の意味は解らないけど、ここは殴っておくべき所かしら?
私が拳を握りしめるのを見た苺は、慌てて寺浄と耀子の仲裁へと逃げた。
「まったく、苺にも困ったものね」
「そんな事言って、火澄笑ってるよ」
肩を竦める私に、円はにこにこと指摘する。
――あら?
窓ガラスに反射して写る自分は、確かに笑っている。
その姿はまるで――
「普通の女の子みたい。可笑しいわ」
――バケモノには、似つかわしくないわね。
そう自嘲する私に、円は真面目な顔して言う。
「そう、オレは似合っていると思うけど」
――え?
「どういう意味なの? それ」
私は理解できずに、聞き返す。
円は少し照れくさそうに、けれどもしっかりと私の目を見た。
「どうもこうも、火澄見たいな綺麗な女の子には、笑顔が似合うよ」
「っ!」
――そんな真直ぐな言葉、言わないで欲しいわ。
胸の奥に、蜜で溶かされる様な甘い痛みが走る。
頬が紅潮を始め、私はそれを隠すように両手で押さえ、円と反対の方向を向く。
勝手な期待を始める思考を振り払うように、自分はバケモノだと繰り返し唱える。
――私と円は主従関係、ただの主従関係。
好きという感情を自覚しただけで、こんなにも自分が崩れるとは予測していなかった。
「…………それと火澄」
「何? 円」
「………………口紅、似合っている。可愛いよ」
――どうしよう!
私は思わずしゃがみこんだ。
嬉しさと恥ずかしさで頭の中が一杯になる。
心臓の鼓動が早鐘を打ち、円にその音が聞こえるのではないかという錯覚さえ起こる。
頬の紅潮が広がり、耳まで真っ赤になっているのを感じる。
「うぅ」
――円の顔が見れない。どうしよ――。
「――何、勝手にいちゃついてるんですの!」
いっぱいいっぱいな私を助けたのは、図らずとも恋敵である耀子であった。
「ふう、君達は目を離すとすぐ百合百合するねえ」
こちらに向けてバチコーンとウインクをする苺。
――不覚だわ。
「……噂道理、斎宮会長と伊神副会長は只ならぬ仲だったとは」
こちらはこちらで、聞き流せぬことを言う寺浄。
「何その噂! オレ初耳だよ」
円は顔を赤くしながら私と寺浄たちへと視線をふらつかせる。
――私だって初耳よ。
「あれ? 初耳って顔しているね親友。我らが樹野女学園の生徒会長と副会長は出来ているって話、有名だよ」
「ええ、お二人が禁断の関係だという噂は、中等部の一年でさえ知らない人はいませんよ?」
驚愕の話をする苺に、それを淡々と補足する寺浄。
「いったい、なんでそんな事になっているの?」
感情の上下に疲れながら私は苺に問う。
「それはだね」
苺はくっくっくと笑いもったいぶる。
「そーれーでぇー? どういう事なんですの? 苺、もったいぶらずに教えなさい」
そして何故か目の据わった耀子が、怒りながら先を急かす。
「わくわく」
なおも淡々と言葉を発する寺浄も、好奇心に溢れた目をしている。
「いいだろう、そこまで言うのなら! この、偉大なる僕が教えて進ぜよう!」
「誰もそこまで言っていないし、貴女は偉大でもないから、もったいぶらないで」
「火澄は酷いねぇ。とそれはそれとして。そう、総ての黒幕は僕だよ!」
――へぇ、そういう事。
「死になさい」
「音原、まったく君は……」
「それはないですわ、苺」
私達は、苺を殴るため包囲を始める。
「わわわわわわ! ちょっと待った! 話せば解る! そう、総ては愛故なのだよ! 愛は総てを救うのさ!」
ひぃと悲鳴を出し、逃げだす苺。
「ほどほどにしといて下さい皆様。わたしの相談もお忘れ無きよう」
寺浄は、苺が生徒会室の扉を出る前に、力を使い不可視の罠を使おうとする私より早く。
スカートの中から取り出した鞭で、苺の足を絡め取り転ばした。
「ナイスですわ!」
「わたしの愛のほうが、音原様の愛より強かったと言うことですわ」
――何かズレているわねこの娘。けど良い腕している。
「寺浄とか言ったかしら」
「憶えていてくれておりましたか。火澄様!」
淡々とした口調の中に、喜びを見せる寺浄。
――やっぱり変な娘。
「貴女、気に入ったわ。その相談とやら聞かせなさい」
「有難う御座います」
「ちょっと待ちなさい! その話、わたくしも噛ませなさい!」
場所を変えて詳しい話を聞こうとする私に、慌てて割り込む耀子。
結局、苺の処分を円に任せて三人でケーキ屋に行くことになった。
去り際に苺が意味ありげな顔でウインクをしたが、私は無視した。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐
当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。
でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。
その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。
ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。
馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。
途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる