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学校へ通い出したルークは、僕の予想に反して、教会へ通うのをやめなかった。
いつもルークが教会を訪れるのは、学校の帰り、教会の窓から見える空がオレンジ色に変わる頃だ。
彼は教会に来ると、座学や剣術に取り組んでいること、友人に囲まれて過ごしていることを楽しそうに話してくれる。
そして一点の曇りもない表情で「天使様と、また会える日が楽しみ」と言うのだ。
誰もいない教会で、本当にいるのかもわからない天使に向かって話しかけ続けるなんて、寂しくないはずがない。それでも毎日訪れてくれるのは、ふとした拍子に、いつかまた会えると心から信じているからだろう。
僕はルークが訪れるたびに、罪悪感が身体を蝕んでいくような感覚に陥っていた。
僕があの日、「いつかまた会える」と言ってしまったことが、彼をいつまでもここへ縛りつけている。
「天使様……今日は、遅くなりました」
ルークは今日も慣れた手つきで教会の扉を開け、奥へと入っていく。
出会った頃から月日が経ち、ルークは目まぐるしく成長していた。背はすらっと伸び、声は高く可愛らしいものから、美しい響きのある低い声へと変わり始めている。
透き通るような緑の瞳は煌めいているが、一方でその表情は暗かった。
『ルーク、今日もお疲れさま』
僕は絶対に届かない声かけをすることにも慣れてしまった。そして僕たちの視線は一切交わらないまま、ルークは自らの手を重ね、祈りを捧げる。
ルークがこうして祈るようになったのは、一体いつからだったか。輝くような笑顔を見る機会は日に日に減り、僕への言葉はどこか苦しそうに紡がれるようになった。
現に今も、懇願するような表情で目を閉じ祈りを捧げていた。
そしていつもは自らの近況を話してくれる彼が、沈黙を貫いたまま一切口を開こうとしない。
『ルーク? どうしたの?』
いてもたってもいられずに、再び声をかける。僕の気持ちが通じたかのように、ルークはようやく重たい口を開いた。
「天使様。俺、今日言われたんです。……父に、いつまであの古びた教会に通ってるんだって」
ルークは小さな声でぽつりと言った。彼の言葉に、胸をちくりと刺されたような感覚がした。
「それで、毎日教会に通う理由をしつこく聞かれました。あまりにうるさいから、ここであなたに出会ったことを言ったんです。そうしたら『天使なんているわけないだろ』って、きっぱり言われて。俺、この言葉がずっと頭から離れなくて」
ルークの父親が言ったことは、現在の価値観としてはおかしなことではなかった。なぜなら、もう誰も天使が見える人間なんていないのだから。しかしルークは俯いたまま、震える声で続ける。
「だって、ここで実際にあなたと会って話したじゃないですか。だから、今だって俺のこと近くで見てくれてるって、絶対にまたいつか会えるって、信じてるんですよ」
ルークは一度そう言い切ったものの、直後に「でも」と弱々しい口調で呟いた。
「信じてる、はずなのに……。最近、時々思うことがあるんです。もしかしてあの日あなたと会ったのは、死にかけた俺が見た都合の良い幻想だったんじゃないかって」
『っ、違う! 僕たちは本当に』
彼の言葉を聞いた瞬間、思わず叫んでいた。しかしどんなに声を上げたとしても、その言葉は空しく消えていく。
「あの時天使様が、言ってくれましたよね。俺が『強くていい子になったら、いつかまた会える』って。それから俺、頑張って文字も読めるようになって、あいつらにも負けないくらい強くなりましたよ。今では父も俺のことを認めてくれている。座学も剣術も、学校の成績だって全部一番なんです。……でもそれは全部、あなたに会うためなんです。あなたに会えるなら、どんなに大変でも頑張れると思ったんです」
『強くていい子になったら、いつかまた会える』――それは幼い彼に希望を持たせたいがために言ってしまった、何の根拠もない言葉だった。しかし今では、この浅はかな発言のせいで、目の前の彼が苦しめられている。
捲し立てるように話すルークの声は、段々と僕に強く訴えかけるような、張り上げるようなものへと変わっていった。
「天使様、これでも俺はまだ『強くていい子』じゃないんでしょうか? あなたに会えなきゃ、俺が生きてる意味なんてないのに……! あなたに会うために、俺は他に何をすればいいんですか!?」
悲痛な響きに、ナイフで刺されたような感覚が走る。
早く彼を解放してあげたいと思うのに、もう二度と会えないのだと伝える術すら、僕には持ち合わせていなかった。
ルークは声を荒げた自分にはっとして、顔を上げた。そうして自分に言い聞かせるように、言葉を紡ぐ。
「……ごめんなさい、天使様。きっと、俺の努力が足りないだけですよね。あなたと一時も早く会う方法を、もっと考えないと。それであなたとまた会えた時は――」
その言葉の続きを、ルークは口にしなかった。
ルークは、今何を考えているのだろうか。彼の暗く沈んだ瞳は、決して底が見えなかった。
学校へ通い出したルークは、僕の予想に反して、教会へ通うのをやめなかった。
いつもルークが教会を訪れるのは、学校の帰り、教会の窓から見える空がオレンジ色に変わる頃だ。
彼は教会に来ると、座学や剣術に取り組んでいること、友人に囲まれて過ごしていることを楽しそうに話してくれる。
そして一点の曇りもない表情で「天使様と、また会える日が楽しみ」と言うのだ。
誰もいない教会で、本当にいるのかもわからない天使に向かって話しかけ続けるなんて、寂しくないはずがない。それでも毎日訪れてくれるのは、ふとした拍子に、いつかまた会えると心から信じているからだろう。
僕はルークが訪れるたびに、罪悪感が身体を蝕んでいくような感覚に陥っていた。
僕があの日、「いつかまた会える」と言ってしまったことが、彼をいつまでもここへ縛りつけている。
「天使様……今日は、遅くなりました」
ルークは今日も慣れた手つきで教会の扉を開け、奥へと入っていく。
出会った頃から月日が経ち、ルークは目まぐるしく成長していた。背はすらっと伸び、声は高く可愛らしいものから、美しい響きのある低い声へと変わり始めている。
透き通るような緑の瞳は煌めいているが、一方でその表情は暗かった。
『ルーク、今日もお疲れさま』
僕は絶対に届かない声かけをすることにも慣れてしまった。そして僕たちの視線は一切交わらないまま、ルークは自らの手を重ね、祈りを捧げる。
ルークがこうして祈るようになったのは、一体いつからだったか。輝くような笑顔を見る機会は日に日に減り、僕への言葉はどこか苦しそうに紡がれるようになった。
現に今も、懇願するような表情で目を閉じ祈りを捧げていた。
そしていつもは自らの近況を話してくれる彼が、沈黙を貫いたまま一切口を開こうとしない。
『ルーク? どうしたの?』
いてもたってもいられずに、再び声をかける。僕の気持ちが通じたかのように、ルークはようやく重たい口を開いた。
「天使様。俺、今日言われたんです。……父に、いつまであの古びた教会に通ってるんだって」
ルークは小さな声でぽつりと言った。彼の言葉に、胸をちくりと刺されたような感覚がした。
「それで、毎日教会に通う理由をしつこく聞かれました。あまりにうるさいから、ここであなたに出会ったことを言ったんです。そうしたら『天使なんているわけないだろ』って、きっぱり言われて。俺、この言葉がずっと頭から離れなくて」
ルークの父親が言ったことは、現在の価値観としてはおかしなことではなかった。なぜなら、もう誰も天使が見える人間なんていないのだから。しかしルークは俯いたまま、震える声で続ける。
「だって、ここで実際にあなたと会って話したじゃないですか。だから、今だって俺のこと近くで見てくれてるって、絶対にまたいつか会えるって、信じてるんですよ」
ルークは一度そう言い切ったものの、直後に「でも」と弱々しい口調で呟いた。
「信じてる、はずなのに……。最近、時々思うことがあるんです。もしかしてあの日あなたと会ったのは、死にかけた俺が見た都合の良い幻想だったんじゃないかって」
『っ、違う! 僕たちは本当に』
彼の言葉を聞いた瞬間、思わず叫んでいた。しかしどんなに声を上げたとしても、その言葉は空しく消えていく。
「あの時天使様が、言ってくれましたよね。俺が『強くていい子になったら、いつかまた会える』って。それから俺、頑張って文字も読めるようになって、あいつらにも負けないくらい強くなりましたよ。今では父も俺のことを認めてくれている。座学も剣術も、学校の成績だって全部一番なんです。……でもそれは全部、あなたに会うためなんです。あなたに会えるなら、どんなに大変でも頑張れると思ったんです」
『強くていい子になったら、いつかまた会える』――それは幼い彼に希望を持たせたいがために言ってしまった、何の根拠もない言葉だった。しかし今では、この浅はかな発言のせいで、目の前の彼が苦しめられている。
捲し立てるように話すルークの声は、段々と僕に強く訴えかけるような、張り上げるようなものへと変わっていった。
「天使様、これでも俺はまだ『強くていい子』じゃないんでしょうか? あなたに会えなきゃ、俺が生きてる意味なんてないのに……! あなたに会うために、俺は他に何をすればいいんですか!?」
悲痛な響きに、ナイフで刺されたような感覚が走る。
早く彼を解放してあげたいと思うのに、もう二度と会えないのだと伝える術すら、僕には持ち合わせていなかった。
ルークは声を荒げた自分にはっとして、顔を上げた。そうして自分に言い聞かせるように、言葉を紡ぐ。
「……ごめんなさい、天使様。きっと、俺の努力が足りないだけですよね。あなたと一時も早く会う方法を、もっと考えないと。それであなたとまた会えた時は――」
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