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3章

侍女Aの裏事情

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 ユーゴ様が婚約者様を屋敷に連れ帰ると、早馬が伝えに来たことから屋敷中大慌てになった。
 執事のケインさんは涙ぐみながら「坊ちゃんが、坊ちゃまが」と壊れたブリキのようになっていたので放置されていた。理由としては、ユーゴ様が帰宅すれば元に戻るだろうということで。
 それにしても、ユーゴ様の婚約者とはどういった人物なのかはこの屋敷にやって来て3年目の私は知らない。古参の人たちが言うには「可愛らしい令嬢」「ついつい甘やかしたくなってしまう」と言うことだ。あのユーゴ様の婚約者だから、美人系かと思ったら可愛い系だったとは。
 ユーゴ様は美丈夫だ。あのすっきりとした顔立ちに、髪型は癖のある茶髪を少しだけ遊ばせている。切れ長の右目元にある黒子があの方を色っぽく仕上げていると言っても過言ではない。そして、王太子様であるジェード殿下に兎に角似ている。
 そのことを客人たちに言われると、笑っているが帰宅したあとの態度はすごく悪い。
 舌打ちしながら「ジェードと似ているだと。あれと顔立ちは似ていても髪型は似ていないだろ」と言っているから、髪型を気にしているのだろう。ストレートな髪型にしたいのだろうか。それとも、クリストファー様がしているように長髪をひとまとめにしたいのだろうか。全く、男心とはわからない。女心もわからないが。
 朝、清掃した個所の再度チェックと応接室のチェックをしてから、出迎えのために玄関に向かう。
 どれほど可愛らしい令嬢が来るのだろうと楽しみにしていれば、扉が開きユーゴ様が婚約者をエスコートしている。その表情はいつも屋敷で見る表情ではなく、大切なものを自慢したい少年のような顔をしていた。あの方でもそんな表情をするのかと驚く。
 そして、噂の令嬢をみる。噂とは誇張されるものだと思っていたが、やはりそうだった。私から見れば、可愛いと言えば可愛らしいが基準としては普通だろう。とてつもなく可愛いというわけではない。ユーゴ様のような美丈夫が婚約者でさぞ鼻高なのだろうと思っていたら、彼女は固まっている。むしろ、それを助長しているのがケインさんだということに気付いていない。
 泣きながら「アンジュ様に、また会うことが出来て嬉しく思います」と言われればそうだろう。そして、その令嬢ももらい泣きしそうになっている。瞳がうるうるしていて、うっかり可愛いと思ってしまった。
 その姿に慌てたユーゴ様は、この場にいたくないと言わんばかりに談話室と言う名の応接室に向かう。「談話室と応接室は違いますので、気を付けてください」と言いたいが、一介の侍女の言葉など響かないだろう。
 後ろ姿だけを皆で見守りながら、仕事を再開する。
 私も自身の仕事に戻ろうとすると、何故か客人のもてなしを言い使った。
 待て、待て。あの空間に入れそうな者はいないだろう。だって、ユーゴ様のあの方を見る目はどう見たって愛しいものを見る瞳そのものだった。
 そこに、茶を届けるとか嫌がらせだろ。誰も行きたくないのを押し付けただろう。古参の方がいけば、「おまえか」みたいな態度で終了するだろうが、私が行けば「おまえ誰だよ、邪魔するな」みたいな視線が送られてくるのだろうな。
 準備が出来たからと、運ばされた。行きたくないと心の中で駄々を捏ねながらも仕事だから仕方ないと割り切る。そして、開けたくない扉を開けば睨まれた。
 否、私も開けたくなかったよ。それにしても、令嬢はつらそうな態勢で抱き抱えられている。男とは女心をわかっていない。
 私のことを無視するかのように、愛しそうに抱きしめているが、その愛しい存在は私に助けを求めている。しかも、うっすらと涙目になっている。つらいのだろうな。
 視線を感じながら、見て見ぬ振りをするのは厳しい。そういうことか。このような状況になるのが、わかっていたから皆、私に押し付けたのか。この無表情を貫き通する私に。だったら、普段から表情豊かに仕事をすればよかった。
 日頃の自身を恨んでも仕方がないせめて私に出来ることと言ったら「ユーゴ様、扉は完全に締めないでください。まだ、婚約段階なのですかね」と言うことだけだ。
 これだけなら、一介の侍女が注意してもケインさんに怒られないはず。
 ハラハラしながら扉を開けたまま退出する。そして、私が戻れば何故か仕事に戻ったはずの者たちにまで囲まれる。
 そんなに、様子が知りたいなら扉を開けてから仕事の振りして部屋の前でも通って来いと言いたい。
 はやく、晩餐にならないだろうか。そう思いながら、涙目を浮かべていた婚約者様に同情する。
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