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3章

突撃、ハミルトン家

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 昔のユーゴみたいな笑みを浮かべられると、正直キュンときてしまう。
 いつからだろう。ユーゴが心から浮かべる笑みを見なくなったのは。
 寄宿学校に入り、社交場に出向くようになってからだったか。ふたりだけのときは、いつも変わらなかった。けれど、お茶会などにふたりで出席すれば、能面のような笑みを張り付けていた。常にその笑みを浮かべるようになって、ユーゴの本当の笑みがわからなくなっていた。
 それでも、またふたりだけになれば能面のような笑みを見なくなった。それが、嬉しくて自然と笑みが溢れた。
「楽しそうですね」
「何でもない」
「教えてくれないのですね」
 寂しそうに、そして口を尖らせる彼の姿が、ビシッと決めた服装と一致していなくて、吹き出してしまう。
「秘密だから」
 お腹を抱えながら笑っていると、私に釣られてユーゴまで笑い出す。
 笑いすぎてお腹が痛くなった頃、隣のミーナからの視線は冷たいものだった。



 ハミルトン家に着けば、熱烈に歓迎された。
 何が起きたのかわからないが、昔からいる執事に「アンジュ様に、また会うことが出来て嬉しく思います」と、少し涙ぐみながら言われるものだから、どうしたのかと心配になってしまう。
 そして、うっかり貰い泣きしてしまいそうになる。
「いいから、下がってくれ。談話室に向かうから、用意を頼む」
 気にすることもなく、ユーゴは談話室に連れていってくれた。
 久しぶりに訪れたハミルトン家に緊張する。
 これから、侯爵夫妻に挨拶をしなくてはいけないと思うとソワソワが止まらない。
 心の準備とは常に必要だと思う。
 談話室に向かい二人掛けのソファーに誘導される。
 腰を落ち着かせるように、座れば隣に座り引き寄せられる。
 肩に回された手から逃げることは出来ないようだ。
 そして今日は、何度も引き寄せられてばかり。
「ねぇ、アン。この部屋には、いまは僕たちふたりだけだね」
「えっ、ええ。そうね」
 何が言いたいのか、いまいち掴めないが、二人っきりというのは、ここ二日間で何度もあったではないか。
 それに、二人だけじゃないことが珍しいくらいだと思う。
 いつも、ユーゴとは二人だけで会っていて、たまに兄が乱入という名で、私のことを意地悪しに来たくらいだ。
「ねぇ、アンは僕のこと信じてくれるよね?」
「何の話?」
「あのミーシャやカロリーナが黙っているはずないから、きっと聞いていると思うけれど」
 改まった声で言われると、何を彼が指しているのかが、わかった。
 ミーシャやカロリーナは、私に対して嘘を教えたりはしない。ただ、ちょっとしたお茶会でも役に立つような噂を教えてくれるだけ。
 その噂の中でも、ユーゴのことはずっと黙っていてくれた。
 とあるお茶会で偶然同じに席になった令嬢が私にユーゴのことを言うものだから、ミーシャが慌てながら、「帰りましょう」と言うものだから、帰った。私の耳に入らないように、してくれていたその優しさに嬉しくなる一面、婚約者なのにという葛藤があった。
 それから、私がユーゴのことを知りたいと頼んで、やっと教えてくるようになったから、二人は何も悪くない。
「あの噂を信じないでくれ!僕には、君さえいてくれれば」
 ユーゴの腕の中に取り込まれる。何かと葛藤の末、言葉足らずになりながらも伝えてくれているのだろうが、体勢がつらい。
 ドキドキと腰の捻りで、つらいのと嬉しいのが、交ざりあう。
 でも、やっぱり腰が痛い。
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