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3章

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 クリッブス劇場に着いてから、完璧にエスコートするユーゴに対して、いつ失敗するかわからない私は、ぎこちない動きしか出来ない。
 入場を済ませると、ロビーは小さな社交場と化していた。
 ユーゴを見掛けて、話し掛けて来る人や彼から挨拶に向かう人と色々いる。その挨拶に巻き込まれたくなかったのだが、「婚約者として、挨拶に付いて着てください」と、いい笑顔を浮かべているので放置してくれないらしい。
 放置されたらされたで、知り合いもいなそうなので、少し寂しくなってしまう。
 そして、何故か挨拶に向かった人たちに凄い見られる。どういうことだろう。
 髪型とかドレスとかが悪いのだろうか。
 でも、ユーゴやミーナたちは満足そうだから変なはずはない。
 徐々に隣に自信がなくなってくる。
 ちょうど、ユーゴが飲み物を取りに離れたときだった。
「おい、アン。ひとりで何しているんだ」
 ここで聞こえるはずのない声が聞こえてきた。幻聴とは恐ろしい。
 そろそろ、倒れるのではないかと気をしっかり持とうと決心したところ右肩を思いっきり掴まれ、身体が傾く。
「い痛いです。誰です。こんな痛いことするのは」
 痛みで涙が浮かんでくる。
 何で隣に誰もいないのだろう。
 同伴者が隣にいてくれるだけでも、心強い。特に、男性から話し掛けられた場合、ユーゴが壁になってくれ、女性の場合でも、話し相手を変わってくれる。
 いま考えれば、先程まで相当甘やかされていた。
「おい、聞こえてるんだろ」
 うるさい。此処で、兄の声が聞こえるはずがない。
 休みの日はいつも部屋で寝ているか、遠乗りに出掛けたりしているのだから、こんな芸術的な場に、あの兄がいるはずがない。
 グラスを2つ持って戻ってくるユーゴが来たので、嬉しくして仕方がない。この兄擬きを、はやく私から剥がして欲しい。
「ケイ、あなたはアンが嫌がっているのに、何をしているのです」
 呆れた顔で兄の名前を呼ぶので擬きではなかった。本当に兄だったのか。
「こいつが、これくらいで嫌がるわけないだろ。それより、やっぱり無視してたのか」
 無視というよりも、突然背後から声を掛けられれば、固まってしまうものだ。
 ミーシャに「背後から声を掛ける者に紳士などいません」と言われたことがあった。言われたときは、その意味はわからなかったが、兄だけは紳士として認めたくない。
 もう、淑女に対して肩を思いきり掴むとか近衛に所属している者としてどうなのだろう。
 近衛といえば、私の中では強いけど民には優しいというイメージがある。それなに、兄はそのイメージを崩してくれた。でも、兄以外の人は優しいのかもしれない。
「いきなり、肩を鷲掴みにされれば、誰だって反応したくないです。恐ろしくて背後など振り返りたくもないです」
 べーっとしたいが、このような大勢がいる場所では出来ないので、後ろに後退して兄の足だと思う部分を思いっきり踏みつけた。
「ーーーっ!」と、声にはならい声が聞こえる。
 やはり、その部分はどうやっても鍛えられないようだ。
 兄の手が離れた隙を見計らいユーゴの元へ行き背後に隠れる。
 そして、べーっと舌を出して、すぐにまた背後に隠れる。
「おまえ、ふざけるなよ」
 痛みを堪えながら、振り絞った声を出しているが聞こえない降りをする。
 あんなにも、恐ろしいことをしておいて許すわけがない。
「ケイも反省してください。アンに悪戯した罰です。それに、背後から声を掛けられたら誰だって驚き反応できなくなります」
 呆れているか、後ろに隠れた私にグラスを渡してくる。
 貰った飲み物を、少しだけ飲むと甘酸っぱい味が口内に広がった。
「ユーゴ、ありがとう」
「ええ。では、ケイまたあとで会いましょう。あなたの同伴者ジェーン嬢も此方にやって来ていますので。失礼」
 とは誰だろうと思っていると、此方に近付く紅が見えた。
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