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2章 アルバイト開始

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「グレアム嬢は、よく教育されている」のひとことで、幸せな気分が崩れる。
 まだ、この部屋にいたのかと思い睨んでみるが、気にもせずにソファーに腰かける。ズカズカと入室してきだけではなく、「ユーゴ、私にも紅茶をくれるか」と命令してきた。
 いつも通りの有無を言わせない笑みを浮かべながら言うものだから、睨んでいる此方が馬鹿らしいくらいだ。だが、反抗だけはさせて欲しい。
「いまは、婚約者との大切な時間ですのでお断りします」
 席を立ちあがりアンの背後に回る。驚いた顔をしていたが、僕だって言うときは言うのだ。
 仕事において殿下は、意見を持たないものを嫌うため、おべっか使いなどは側にいない。
 そのため、癖のように出てしまった。
 肩を引き寄せ、この空間を壊すなと主張すれば「そうか。なら、明日からの休暇申請はなかったことにするか」と、足を組みくつろぎはじめる。
 表情にださないように、抑えているつもりだが眉間に皺が寄りそうだ。
「横暴ですね。これで、あなたが暴君にならなければいいですが」
「民や臣下の前で、そのような振る舞いをするわけがないだろう」
 その言葉に、気を許して貰っているため信頼はされているのだろうが、今の状況には納得がいかない。
 くつろぎ始めたためこれ以上なにか言ったところでこの部屋からは出て行かないだろう。渋々といった形で、アンから離れ余っていた予備のカップを温め始めた。
 いつも淹れているためか、殿下の好みに自然とできてしまう。何と悲しいことなのだろう。
 どうせなら、アンの好みで淹れ、彼女を楽しませられたらよかったのに。先程、あんなにも渋い紅茶が出来上がるとは思わなかった。やはり、アンの前では緊張してしまうのだな。
 殿下に見られることには、慣れているというのに何故かアンがいると思うと手が震えそうになる。
 そして、紅茶を淹れるまで間、やはり視線を感じていた。食い入るように見る作業でもないのに、どうしたのだろう。
 夫に紅茶を振舞う方がいるというのは、社交場で何度も耳にしたことがある。先程の「私もユーゴのために淹れてあげる」という言葉が頭の中で何度も再生される。この工程をいま必死に覚えようとしてくれているのだろう。
 僕の婚約者は、何でこんにも一生懸命で可愛いのだろう。
 考え事をしていると、アンに話し掛けられたが何を言われたのかわからなかったため聞き直せば、首を横に振る。
 きちんと聞いていなかったため、機嫌を悪くしてしまったのかと心配になったが、そうではないようで、その後もずっと見つめられていた。
 しかし、視界に入り込む殿下は肩を震わせているため、何を堪えているのだと、眉間に皺が寄る。そんなにも、おかしい何かがあったのだろうか。
 ガシャリと乱暴に置くことも出来たが、アンにまた注意されてしまうから丁寧にカップを置く。
 そして、出来るだけ嫌味のない笑みを浮かべ「淹れましたよ。これを飲んではやく執務室に戻ってください」と言うが、気にすることもせずに香りを楽しみだす。
 はやく執務室に戻れ、と念じていると突然
「ああ、そうだな。だが、私にも休息が必要だと思わないか。それに、たまには、執務室にも花が欲しいと思っているのだが…、どう思う?」
 と、綺麗な笑みを浮かべるものだから嫌味にしか聞こえない。というよりも、僕に対しての嫌がらせなのだろう。
 返答に困っていれば、殿下は追い詰めるかのように「返答に困ることか?」と、吐き出してくる。
 女性を立ち入り禁止のようにしている執務室にアンを呼べとは、意味がわからない。だったら、殿下に取り入りたくてウズウズしている令嬢でも連れてくればいいだろう。その分、仕事の効率が落ちるのは仕方がないとして。
 沸々と湧き上がる怒りを、どう抑えようかと考えれば、「あの…差し出がましいのは、わかっています。よろしければ、私が花をお持ちしましょうか?」と、心配そうに此方を見ながら手を挙げているアンがいた。
 いま、アンのことを殿下と話していたと言うのに、何故わかってくれないんだ。
 アンの姿を見るなり、「淑女に言わせてしまい申し訳ない。貴女がそう言ってくれるのなら、是非お願いしよう」と言うこの詐欺師を、はやく追い出したい。
「アン、貴女はこの人の言っていることを解っていない」
 彼女にこの状況を理解して欲しいと思う一方で、何も知らないでいて欲しいと思ってしまう自身の矛盾にも嫌になる。
 ただ…、「あの殿下は、どのような花が好きなのですか?私、勝手に殿下は薔薇が好きだと思っていました」と、能天気に好きな花を聞いている婚約者に文句を言う気力はない。
 むしろ、そこが可愛い部分だと再確認してしまったみたいだ。
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