33 / 77
2章 アルバイト開始
2
しおりを挟む
睨み合っている父とグレン様は、まだ廊下だということを忘れていたらしくガヤガヤとし始めた。
そろそろ息苦しくなり藻掻くように父の腕の中から脱出すると、腕を引かれまた違う人の腕の中にいる。本日何度目の男性の腕のかだろうと思いながらも、「アン」と、呼ばれた声は久しぶりに聞くが忘れるはずもない。
「ユーゴなの?」
疑問形になってしまったのは許してほしい。忘れるはずがないのだけれど、人の記憶で一番初めになくなるのは声だと昔教えられた。
最近、といよりもユーゴが城に出仕するようになってからあまり会うこともなくなり直接名前を呼ばれることが少なかったために、ほんのちょっぴり自信がなかった。
「声を忘れてしまいましたか?」
耳元で囁かれるその声に背筋がぞくぞくとする。
「久しぶりに会えて嬉しいですよ。本日は、グレアム卿に会いに来たのですか?僕に会いに来てくれてもいいのですよ」
ん?「僕に会いに来てくれても」とは一体、どういうことなのだ。考えたいけれど、いちいち耳元で話されるので、耳にかかる息になれない私には刺激が強すぎる。
「おい、ユーゴくん!!はやく、アンジュを離しなさい!婚約者だからといって、我が家の天使に淫らに触れ合わないで欲しい」
「淫ら…ですか。これは、あくまで必要な触れ合いだと思っていますよ。あなたも昔は奥方と、これくらいなされたでしょう」
ユーゴから発せられる言葉、どこか冷たい。それなのに、私を抱きしめる力は強く離さないとしている。
それよりも、抱き締められることが淫らな触れ合いなら、それ以上のことをしている令嬢たちは何といえばいいのだろう。
見世物と化したこの場をどうにかしようとし、咄嗟に出た言葉が「離して、潰れちゃうの」とは、何とも意味がわからない。
言葉に反応したのか、力が緩くなるのを見計らいユーゴの目の前に紙袋を突き出す。
「これは…?」
困惑した表情を浮かべながら問うてくる。久しぶりに見る瞳はやっぱり綺麗で、そんな瞳を見ていると吸い込まれそうで怖い。
だけれど、いまはそんなことよりも潰された食べ物のことだ。
「グラッチェで買ってきた昼食。お父様と食べようと思ったけれど、ユーゴがこんなに潰したのだから、責任取って一緒に食べてよ」
「ええ、アンと一緒なら喜んで」
拗ねたように言えば、さっきまでの冷たい声から変わり嬉しそうに返事をしてくる。
ユーゴが嬉しいと私も嬉しくなってくるから不思議だ。
「待て、アンジュ。お父様の昼食はどうなる」
「お父様はいつも通り食べればよろしいのでは?私、ユーゴといま昼食を取る約束をしましたので」
私の脳内を占めるのはユーゴと過ごすことだけなので、父のことはどうでもよくなっていた。そもそも、父とグレン様が廊下で睨み合わなければよかったのに。でも、そうするとユーゴに会えなかったからな、と考えてしまう。
「ハミルトン、彼女を何処に連れて行くつもりですか」
「あなたには関係のないことです。私が婚約者を何処に連れ出そうが。それに、ここに来るのにあなたはアンジュに触れたでしょう」
その発言に、立ち去ろうとしていた野次馬たちが騒めきはじめた。
だけれど、今日グレン様に触れられたのは計2回ほどあるため、どのことを言われているのかわからない。と、言うよりも、何だか私の行っていることが悪いことなのではないかと思い始めた。
「グレン様は兄様の友人なの。だから、やましいことはないの」
「わかっていますよ。それでも、僕以外がアンに触れるのは許せない」
敬語が外れた彼をみて、何とも言えない気持ちになった。感情が高ぶっているのか、一人称が私から僕に変わっている。
「僕の婚約者は、僕だけのものです」
そう告げるユーゴの顔を見て、複雑な心境に陥る。だって、口では何とでも言えるのだから。
そろそろ息苦しくなり藻掻くように父の腕の中から脱出すると、腕を引かれまた違う人の腕の中にいる。本日何度目の男性の腕のかだろうと思いながらも、「アン」と、呼ばれた声は久しぶりに聞くが忘れるはずもない。
「ユーゴなの?」
疑問形になってしまったのは許してほしい。忘れるはずがないのだけれど、人の記憶で一番初めになくなるのは声だと昔教えられた。
最近、といよりもユーゴが城に出仕するようになってからあまり会うこともなくなり直接名前を呼ばれることが少なかったために、ほんのちょっぴり自信がなかった。
「声を忘れてしまいましたか?」
耳元で囁かれるその声に背筋がぞくぞくとする。
「久しぶりに会えて嬉しいですよ。本日は、グレアム卿に会いに来たのですか?僕に会いに来てくれてもいいのですよ」
ん?「僕に会いに来てくれても」とは一体、どういうことなのだ。考えたいけれど、いちいち耳元で話されるので、耳にかかる息になれない私には刺激が強すぎる。
「おい、ユーゴくん!!はやく、アンジュを離しなさい!婚約者だからといって、我が家の天使に淫らに触れ合わないで欲しい」
「淫ら…ですか。これは、あくまで必要な触れ合いだと思っていますよ。あなたも昔は奥方と、これくらいなされたでしょう」
ユーゴから発せられる言葉、どこか冷たい。それなのに、私を抱きしめる力は強く離さないとしている。
それよりも、抱き締められることが淫らな触れ合いなら、それ以上のことをしている令嬢たちは何といえばいいのだろう。
見世物と化したこの場をどうにかしようとし、咄嗟に出た言葉が「離して、潰れちゃうの」とは、何とも意味がわからない。
言葉に反応したのか、力が緩くなるのを見計らいユーゴの目の前に紙袋を突き出す。
「これは…?」
困惑した表情を浮かべながら問うてくる。久しぶりに見る瞳はやっぱり綺麗で、そんな瞳を見ていると吸い込まれそうで怖い。
だけれど、いまはそんなことよりも潰された食べ物のことだ。
「グラッチェで買ってきた昼食。お父様と食べようと思ったけれど、ユーゴがこんなに潰したのだから、責任取って一緒に食べてよ」
「ええ、アンと一緒なら喜んで」
拗ねたように言えば、さっきまでの冷たい声から変わり嬉しそうに返事をしてくる。
ユーゴが嬉しいと私も嬉しくなってくるから不思議だ。
「待て、アンジュ。お父様の昼食はどうなる」
「お父様はいつも通り食べればよろしいのでは?私、ユーゴといま昼食を取る約束をしましたので」
私の脳内を占めるのはユーゴと過ごすことだけなので、父のことはどうでもよくなっていた。そもそも、父とグレン様が廊下で睨み合わなければよかったのに。でも、そうするとユーゴに会えなかったからな、と考えてしまう。
「ハミルトン、彼女を何処に連れて行くつもりですか」
「あなたには関係のないことです。私が婚約者を何処に連れ出そうが。それに、ここに来るのにあなたはアンジュに触れたでしょう」
その発言に、立ち去ろうとしていた野次馬たちが騒めきはじめた。
だけれど、今日グレン様に触れられたのは計2回ほどあるため、どのことを言われているのかわからない。と、言うよりも、何だか私の行っていることが悪いことなのではないかと思い始めた。
「グレン様は兄様の友人なの。だから、やましいことはないの」
「わかっていますよ。それでも、僕以外がアンに触れるのは許せない」
敬語が外れた彼をみて、何とも言えない気持ちになった。感情が高ぶっているのか、一人称が私から僕に変わっている。
「僕の婚約者は、僕だけのものです」
そう告げるユーゴの顔を見て、複雑な心境に陥る。だって、口では何とでも言えるのだから。
0
お気に入りに追加
420
あなたにおすすめの小説
王命を忘れた恋
水夏(すいか)
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる