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1章 開始までのあれこれ

本格的な準備に突入

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 ユーゴに贈る刺繍入りのハンカチが7枚目に突入する頃、兄や父からも刺繍入りのスカーフかハンカチが欲しいと言われた。
「10枚を目標にしていたのに」と母に言うと「ふふふ、向こうに迷惑なことはしないのよ」と笑顔の圧力を掛けられたので、7枚目で止め兄と父の物を作り始めたのはいいがニコライさんの部下―――グレン・クレナルが訪問してきた。
 何用かと思ったら、新しく仕立てあげた給仕服と推薦状と重要な出勤日が書かれている書類を届けに来たらしい。
 王城にいる父や兄に渡せばいいのに、と思いながらも客間に通しているグレンさんの話を聞くことにした。
「アンジュ嬢に関しては、本日も見目麗しく」
「お世辞はいいです。私のことはリスか何かと思ってください。実際、ミーシャやカロリーナに言われたので」
 そうです。こう見えて私は根に持つタイプなのですよ。ですが、グレン様には何のことだか見当がつくはずもなく、疑問に思ったみたいですが教えません。無視させてもらいます。本当は、こんな無礼なことはしてはいけない方なのですが、いまはいいです。
「それで、私に渡すものがあったのですよね?」
「ええ、そうです。此方がジェード殿下の推薦状で、もう1枚が1カ月の出勤日が書かれた物になります」
 渡された推薦状は、ジェード殿下直筆のものだと聞き手が震えてしまう。こんな、畏れ多い物を渡されるなんて。無事に、グラッチェまで運べるか心配になってくる。
 それにしても、ジェード殿下の字は達筆だ。兄や私が書く文字と比べるべきものではないとは思っているが、王になる人は字も綺麗ではなくてはいけないのだと思った。
 ユーゴの字は綺麗で、ジェード殿下ほどの迫力はないが品があると思っている。
「…ええっと、聞いていますか?」
「えっ?」
「推薦状についてですよ」
 苦笑しながら、此方見ているグレン様は自身よりも年下の私に対して丁寧に説明してくれていたというのに。私ときたら、ジェード殿下の達筆さやユーゴの品ある文字を思い出して、全く聞こうとしていなかった。伯爵令嬢として本当に恥ずかしい。
「ジェード殿下の文字を初めて見た方は、皆同様の反応をするので慣れていますので気にしないでください」
 何だろう。わかっているなら、口に出さないで欲しい。「皆同じ反応だから安心しろ」って言われても、安心できない。
 だけれど、ここは私が続きを頼まなければいけないような…気がする。
「あの、説明をお願いします」
「勿論ですよ。この推薦状ですがね」と何だか長い話が始まった。また、意識が違う方向にいきそうになるがそこは抑えてグレン様の話に耳を貸す。

 要約すると
 面接などしていないが、ジェード殿下の采配で採用した。
 貴族令嬢だが、訳ありのためそのことを他の者に話すな。
 と、いうことらしい。

 また、公務の範疇とジェード殿下はおっしゃっていたがそれでも直に来ることは月に1度程度らしく、信頼のおける人物が常にいるらしい。その人に、この推薦状を渡せばいいという。
 まだ、デビューしたてのため顔が売れていないと判断されてこの推薦状を書いてくれたみたいだ。本来なら、名前だけでデビュー済みの者は顔がわかるらしく、推薦状は必要としないと言われた。
 何だか、雲の上のような存在の人にまで気に掛けていただいて私は幸せだな。
「ぼーっとしていてはダメだよ。これから、あなたはただの貴族令嬢ではなくグラッチェでアルバイトをするのだからね」
 優しそうな顔をして、なかなか厳しいことを言うこのグレン様はニコライさんの部下だが、家の爵位は侯爵位という上流貴族だ。そんな方が伯爵家の私に親切にしてくれるのはジェード殿下の命令だからだと思うと、本当に申し訳ないと思ってしまうので「以後、気を付けます」と告げる。
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