上 下
2 / 77
1章 開始までのあれこれ

2

しおりを挟む
殿下を愛称で呼ぶのはと思いながらも、先程出会い頭に「クリス様」と呼んだことを思い出した。
 困った顔をしながら、殿下が見つめてくるものだから恥ずかしくなり俯いてしまった。
 殿下の瞳は綺麗なアイスブルー。
 そんな瞳に見つめられれば女性は誰でもクラっときてしまう。
 そして、その瞳に似合うかのような金髪。
 この方を気安く愛称で呼ぶと女性の目が痛いのは確かだ。
 でも、ユーゴ一筋の私にとってはそんなことどうでもいい。
 それに、さっきから横で笑いを堪えているようだがクックッと声が漏れている兄は「クリスが、クリスが」と壊れたオルゴールのように呟いている。
「あのお兄様といるときだけでしたら、クリス様とお呼びしてもいいでしょうか?」
「妥協点だな、アンジュは心優しいからよかったな」
 何故か兄は上から目線で私は下でにいる。
 この状況は如何なものだろうか?
 兄と殿下は学友であり親友であるため、不敬にはならないだろうけど、立場が逆すぎる。
 こんな自由奔放の兄でも私のことをいつも大事にしてくれているので、ついつい甘えてしまう。
「わかった。あまり急ぎすぎても可哀相だならな。それにしても、アンはどうしてここに?」
 殿下は納得してくれたようだが、言葉に引っ掛かる。
 でも、この方は私よりも5つ上であるから華麗に躱されるのが落である。
 無駄な追求はやめよう。
 そして、本題は何故私がここにいるかだ。
 それは……
「ユーゴが女性と密会していると聞いたからです」
 意を決意して言葉に出してみたが、やはり後半は声が小さくなってしまった。
 私の言葉に驚いたのか「あのハミルトンがか」と殿下が溢した。
 私も最初は驚いて否定した。
 ユーゴがそんな不誠実なことするはずがないと。
 でも、友人であるカロリーナやミーシャが街に行ったときにみたと言うものだから、段々と自信がなくなってきてしまった。
 口にしてしまったことで、堪えていた悲しみが崩壊してしまった。
 それに、前に兄がいるからなのだろうか。
 急に立ち上がり膝をつき、瞳に涙を溜める私の目元を乱暴に指で拭う兄は貴族としてどうなのか。
「ユーゴがそんなことをしたのか。たっぷり礼をしてやらないとだな」
 兄であるケイ・グレアムは軍所属の王宮騎士であり、殿下の護衛を担当している。
 黒髪に鋭い目つきはまるで、獰猛な野獣のようだと言われている。そして、それに比例するように強いらしく、そんな兄に守られたいという願望を持っ女性が多いらしい。
 だが、そんな兄の言葉には少々殺意が込められているようだ。
「……あのお兄様?ユーゴに無体なことはしないでください」
 擦られた目元が少し赤くなりつつも、上目遣いになれば兄は大人しくなる。
 いつもの優しい兄に戻ってくれたことを期待しながら「ああ、わかっている」とぶっきらぼうに返事がある。
「ケイが照れてるのは珍しいな」
 クックッと笑う殿下をみていると心が暖まるような気がした。
 そう、そんな気がしただけで私は氷点下に落とされたのだ。
 ユーゴが共に席に着いたのは社交界のと呼ばれているれているジェーン・トロン伯爵令嬢である。
 彼女をみて内心落ち着いていられるかといえば、いられない。
 顔の筋肉がまるで固まったかのように動かない。
 そんな私の表情をみて、クリス様の表情は段々と険しいものになっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

大好きだったあなたはもう、嫌悪と恐怖の対象でしかありません。

ふまさ
恋愛
「──お前のこと、本当はずっと嫌いだったよ」 「……ジャスパー?」 「いっつもいっつも。金魚の糞みたいにおれの後をついてきてさ。鬱陶しいったらなかった。お前が公爵令嬢じゃなかったら、おれが嫡男だったら、絶対に相手になんかしなかった」  マリーの目が絶望に見開かれる。ジャスパーとは小さな頃からの付き合いだったが、いつだってジャスパーは優しかった。なのに。 「楽な暮らしができるから、仕方なく優しくしてやってただけなのに。余計なことしやがって。おれの不貞行為をお前が親に言い付けでもしたら、どうなるか。ったく」  続けて吐かれた科白に、マリーは愕然とした。 「こうなった以上、殺すしかないじゃないか。面倒かけさせやがって」  

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

【完結】今夜さよならをします

たろ
恋愛
愛していた。でも愛されることはなかった。 あなたが好きなのは、守るのはリーリエ様。 だったら婚約解消いたしましょう。 シエルに頬を叩かれた時、わたしの恋心は消えた。 よくある婚約解消の話です。 そして新しい恋を見つける話。 なんだけど……あなたには最後しっかりとざまあくらわせてやります!! ★すみません。 長編へと変更させていただきます。 書いているとつい面白くて……長くなってしまいました。 いつも読んでいただきありがとうございます!

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

処理中です...