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第八章 孤独と再誕の童話

天蓋を墜とす(上)

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 光弾が爆ぜ、風と吹雪が舞う。
 氷の刃が砕けては、また生み出される。
 いつしかその戦場は枯れ木の森を抜け出して、かつて黒騎士や冒険者アレックスたちと戦った雪原へと移行していた。

 降り積もった雪をき分けながら、俺は燐光をまとう星詠みの魔女を追いかける。
 対して、衣装をヒラヒラとはためかせながら軽やかに舞う彼女は、深い雪にも足を取られることがない。

 この戦いが始まって、どれだけの時間が経っただろうか。
 襲い来る光弾をかわしつつ、時には氷の障壁で防ぎつつ、そして、吹雪に乗せた氷のランスや刃で牽制けんせいする。
 しかし、俺はいまだ一撃すらも、彼女に与えられていなかった。

 延々と変わらない戦況。
 追い詰めたと思ったら、星詠みの魔女がその場から文字通り消える。そして、また仕切り直しだ。
 まるで蜃気楼と戦っているような……いや、手の届かない星屑に手を伸ばし続けているかような錯覚におちいる。

 戦場の移動以外で唯一起こった変化と言えば、周囲に霧が立ち込め始めたことであろうか。
 そしてこの霧は光や音の伝達をゆがめ、俺以外の方向感覚と距離感を狂わせる。
 ――そう。これは、蒼シカの技を模倣した、俺の次なる一手であった。

 以前は感情のたかぶりに連動していた凍てつく波動。
 レヴィオール王国では勢い余って中年大佐やその部下を凍死させた。その記憶もまだ新しい。
 しかし、息吹ブレスのやり方を学んだ俺は、副次的にそれを制御するすべも手に入れた。
 この白い霧は、その応用である。
 息吹ブレスと同じように術式を込め、俺の身体に触れた水分を直接霧へと変化させる。こうして、あの蒼シカの技を再現したのだ。

 戦闘中にさりげなく、しかし確実に白く染まっていく視界。
 星詠みの魔女は俺の仕業だと気付いていたかもしれないが、発動してしまえばこっちのものだ。

 そして、ついに全てがもやの向こうに消えた。
 俺はホワイトアウトの中に姿を隠し、絶えず移動をしながら星詠みの魔女の隙をうががう。
 ついでに、囮として氷の像も仕掛けた……ただし、その出来は決して良くはなく、辛うじてシルエットが俺っぽく見える程度のものだ。
 だが、精霊や魔力で目立たせれば、霧の中なら充分に囮として機能するだろう。そう信じて、俺は策を講じ続ける。

 はたして蒼シカの戦い方を模倣したこの作戦、星詠みの魔女相手にどれほどの効果があるだろうか。
 輝く星に叢雲むらくもがかかったところで、地に堕ちるわけではない。
 それでも、何が攻略につながるか分からない。思いつく限りの手は全て打っておくべきだろう。

 圧倒的な存在感を放つ囮の氷像とは対照的に、俺はなるべく濃霧と吹雪に紛れて気配を隠しながら魔女の背後へと回る。
 いくら夜目がこうと、霧が出たら当然、視界は真っ白だ。いや、真夜中だから真っ暗と表現すべきか?
 だが、問題ない。
 たとえ彼女の姿が直接視認できなくとも、気配の察知と精霊による探知によっておおよその居場所は把握できる。
 何より、闇の中で燐光をまとう彼女が目立つことには変わりない。

 俺は彼女の放つ淡い燐光りんこうを目印に、互いの姿が確認できるギリギリの場所まで忍び寄る。
 その距離は数値にして二メートルも無いだろう。

 少し踏み出して手を伸ばせば、彼女の頭を鷲掴わしづかみにできるはずだ。
 だが気を抜けば、白く染まる視界にすぐ彼女の姿を見失ってしまいそうでもある。

 ちょうどその時、ぼやけた霧の向こうで一筋の流れ星が飛翔する。
 その光弾によって、おとりの氷像が壊された。
 偽物に引っかかったということは……相手は俺を見失っているに違いない。これは絶好のチャンスである。

 手の中に創造するは、氷の大剣。
 凶器としては申し分なし。あとは、思いっ切り振り下ろすだけ。

 しかし、攻撃に移る直前――静かに振り返った彼女と、確かに目が合ってしまった。

「みーっけ。そこに居たんですね♪」

 俺と目が合った彼女は、さっきと変わらない表情で笑っていた。

 不意打ちは失敗。
 だが俺は容赦なく、氷の大剣をぶち込んだ。
 そして当然のごとく、俺の攻撃は軽やかなバックステップでかわされた。

 ほぼ同じタイミングで、カウンター気味に飛んで来た光弾。
 その大半は氷の大剣で防いだものの、防ぎきれなかった数発に氷の鎧は削られ、大剣は光にかれて砕け散る。

 再び真っ白な霧の中で、星詠みの魔女の声だけが聞こえた。

「感覚を狂わせ、同時に内側から凍らせてくる死の霧。そして、簡単な罠を仕掛けたおとりの人形。全体的に狙いは悪くはないのですが……ステラちゃんを騙し討ちするには、何分なにぶんまだまだ発展途上ですねー」

 死の霧……そこまでバレているのか。
 可能性としては予想していたが、やっぱり本命の策も見抜かれていたようだ。

 実はこの霧、ただ視界を封じるだけの代物ではない。
 その正体は吸えば体の内側から凍らせる毒の霧なのである。

 凍結属性の本質である止めるチカラ。それを利用した分子の制止。そこからの強制的な絶対零度。
 氷属性の攻撃としては珍しくもなく、しかし同時に多くの場合で効率的かつ有効な凶悪戦術だろう――だが、その効果は全くと言って良いほど無かった。

「ま、発想自体はいい感じでしたよ。これにりたりせず、次も頑張ってくださいね♪」
 挙句の果てに、ダメ出しどころか逆になぐさめられる始末。

 どうすれば彼女に一矢報いることができるのか、皆目見当もつかない。
 ここまで来ると正直なところ、物理的な損傷に意味があるかすら、もはや疑問となってくる。

 だが……それについて悩むのは、実際に攻撃を当ててみてからでも遅くない。

 俺は霧に込めた魔力の一部を再利用し、そのまま星詠みの魔女取り囲むように氷柱つららを生成した。

「行け!!」

 大きめな杭ほどの大きさに成長した氷柱つららたちは俺の掛け声に呼応するように、目標ターゲットを目掛けて射出された。

 回避不能の冷たい集中砲火。
 これで星詠みの魔女は、再び瞬間移動を見せてくれるはずだ。

 次々と射出されていく氷柱つらら
 俺は意識を集中して、霧と雪煙の向こうにある気配を探った――何か攻略のヒントになるものが、見つかることを期待して。
 周囲に立ち込めている霧はもともと俺の魔力でもある。不審な動きがあれば、何か察知できるはず。

 霧の中に氷の砕ける音が響く。
 しかし、その結果は……。

「――転移すらしないだと!?」

 あまりにも想定外で、俺は思わず声に出して叫んでしまった。
 彼女の占星術を駆使した絶対的な幸運。それについてすっかり忘れていたのだ。

 だが叫んだところで現実は変わらない。
 星詠みの魔女は一切の移動をせず集中砲火をしのいだのである。

「あー……仕方なかったとはいえ、これはちょっとズル過ぎたでしょうか?」
 静けさを取り戻した霧の中、なぜか星詠みの魔女はばつが悪そうに謝った。

 だが相変わらず、魔法を使用した気配は無し。
 じゃあ、どうやってかわしたんだ!? 無敵時間か!? 見えていないからって好き放題しやがって!!
 ズル過ぎたでしょうか? じゃないだろ、白々しい!
 だいたい、今までそんなこと、全然してこなかったじゃないか!
 また俺の魔力を利用された? いや、魔力が不審な動きをすれば流石に気付くし、精霊を奪われた時のような違和感も無かった。

 本物のチートってやつを垣間見た気がする。
 と言うか、もし彼女が普通に魔法を使っていて、単に俺が気付けていないだけだとしたら……それはそれで完全にお手上げだ。
 だってそうだとしたら、攻略法を探るだとか、その段階にすら俺は立っていないことになるのだから。

 効果が無いなら邪魔なだけだ。俺は霧を払って魔力を回収する。
 世界は再び、ただの暗い雪原へと戻った。
 そして、霧が晴れた先で姿を現す、当たり前のように無傷な星詠みの魔女。

 だが、俺はまだ、諦めない。
 魔女を警戒しながら頭の中を整理する。

 とりあえず、霧が無いとき、魔女は氷柱つららや俺の攻撃に対して回避行動をとり続けた。
 それはつまり、逆に言えば、攻撃が当たりさえすれば有効であることを意味する……と思う。

 しかし、例の転移がある以上、ただ物理的にかわせない攻撃ではなく、心理の裏をかいた不意打ちを成功させる必要があるだろう。

 幸いなことに、彼女は転移を積極的に使わない。
 自動ではなく任意発動なら、まだどうにか付け入る余地があるはずだ。

 ……よし、方針は決まったな。
 いて問題があるとするならば……その不意打ちが、ずっと失敗続きだという事実だけだ。

 あと一つだけ、思いついた手はあるが……。
 成功の可能性は低く、しかも憶測と願望にまみれた、細い糸を手繰たぐるような勝ちすじ

 だが、やるしかない。
 これで駄目だったら、それこそ本当に腹を見せて魔女うんめいの下僕になるしかないだろう。

 でも命ある限り、俺はこの理不尽にあらがい続けよう。
 未来すべてを見せる星の導きに背いて、俺は自分の意志で現在いまを生きるのだ。

 さあ、もう一度、仕切り直すぞ。
 再誕の試練は、まだ終わらない。

 俺は思いっ切り深く息を吸い――いま放てる最大の出力で息吹ブレスを吐き出した。
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