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第五章 魔獣が生きる永遠と少女が生きる明日

少年の告白

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「えっと……そう言えば、自己紹介もまだでしたよね」
 弓使いの少年は改まった口調で言った。
「オレの名前は、アレックス。ソフィア姉ちゃんの、幼馴染おさななじみです」
「ん? 一国の姫と、幼馴染おさななじみだと?」
 俺は疑問を投げかける。
 さっきは軽く流したが、よくよく考えてみれば、ソフィアの正体は今は亡きレヴィオール王国の姫君なのだ。
 その幼馴染おさななじみということは……。
「はい。オレの真名フルネームは、アレックス・ミトラ・ヘーリオス。ヘーリオス王国の第三王子……でした」
 やっぱりそうか……いや、ちょっと待て。最後が少しおかしくなかったか?
「でした? ああ、なるほど。ならば今は……」
 尋ねた直後、脳裏につじつまの合う物語ストーリーひらめく。この少年が冒険者なんてやっている理由を含めて、俺はなんとなく察した。
「はい……自由に動くためには、王族の身分が邪魔だったから」
 どうやら少年はその幼く可愛らしい容姿に似合わない、波乱万丈な生涯を送ってきたようだ。

 アレックスの自己紹介が終わったところで、残りの三人もそれぞれ名乗る。
「ボクはリップ、このパーティの斥候役です」
「私はジーノと申します。今回はソフィア姫の捜索そうさく及び救出という名目で、こちらの城を訪れました」
「グランツだ……まあ、今さらお前さんに堅苦しいのも変だな。とにかくよろしくしてくれや」
 戦士だけは妙に俺に対してれた感じだった。
 なんだか、ソフィアに対する態度とは大違いだ。

 まさかとは思うが、剣を交えたことによって、俺はこの戦士の強敵とも枠にカテゴライズされてしまったのではないだろうか。
 不本意ながら一緒に風呂にも入って裸のつき合いもしているわけだし、実際に警戒心もだいぶ薄れているようだし……この態度を見る限り、間違いなくそう思っているふしがある気がする。

 それとも尻尾の剣をあげたせいで、好感度が爆上がりしたのか?
 武器をプレゼントして上がる好感度って、怖すぎるんですが。俺はバトルマニアじゃないぞ。二度とお前らとはり合わないからな!

「……俺はこの冬の城に住む、名も無き魔獣だ。呼び方は――好きにしろ」
 戦士の男に戦闘狂疑惑をいだきながらも、冒険者たちに対して俺も一応名乗り返した。

 少々細かい部分が気になったが、今重要なのはそんなことではない。
 俺は話を進める。
「それで、ソフィアを探しに来たと言ったな……それは誰からの依頼、いや、ソフィアをどうするのがお前たちの望みだ?」
 俺がそう尋ねると、魔術師のジーノが口を開く。
「こうして見ると、不思議な光景ですね。あなたほどの力を持つ魔獣が、たった一人の人間にそこまで肩入れするなんて」
 それは全然空気を読まない、分析するような台詞だった。
 その発言に他意は無いと思うが、俺はどうしても内心を見透かされたように思えてしまい、胸の底にあせりが生じる。
「……俺はソフィアに、色々良くしてもらった恩があるからな。婦女子を傷付けるようなやからに、彼女をたくすわけにはいかないのだ」
 そう言い訳する俺のとなりで、過剰に持ち上げられたように感じたのか、ソフィアは顔を赤らめていた。

 一方、俺の質問に弓使いの少年ことアレックスは、困ったような表情を見せる。
「……どうした。答えられないのか?」
 猜疑さいぎの声を出す俺に、少年が慌てたように語り出す。
「そんなことはっ! ただ、どこから話せばいいのかなって……」
 アレックスが語るには、事の始まりは八年前、メアリス教国のレヴィオール王国襲撃までさかのぼるらしい。

 レヴィオール王国滅亡の数日後、ヘーリオス王国に姿を現した一人の女性。
星詠ほしよみの魔女』を名乗った彼女はソフィアが存命であることを告げ、時が来ればその居場所を教えると約束をしたという。

「オレはその予言を信じて、爺やから弓の扱いを教えてもらった。それからグランツやジーノを紹介してもらって、冒険者になったんだ」
 アレックスはそう軽く言ってのけたが、はたして八年前の彼は、いったい何歳だったのだろうか。

 少なくともソフィアより年下なのは確実として、外見も二次性徴を迎えているようには到底見えない。
 そこから今の年齢を十四歳前後とみなして逆算すれば……当時は六歳といったところか。
 そんな幼い子供が下すには、あまりにも重い決断だっただろう。

「そんなことが……」
 話を聞いたソフィアが驚きの声を漏らした。

 アレックスはその後、予言に従ってこの八年間を過ごしてきたらしい。
 地位も名誉も、全てを捨て去る覚悟で、戦う力を求めた少年。

 その願いはたったの一つ。
 大切な人に、もう一度うために。
 ソフィアを絶望の中から、救い出すために。

「そして先日、星詠みの魔女様がオレ達の前に再び現れたんだ。それで――」
「この冬の城に、ソフィアが居ると告げたわけだな?」
 弓使いのアレックス少年はうなずいて肯定した。

 しかし、それにつけてもこの展開、本当にお伽噺とぎばなしみたいだな。
 あるいは、どこにでもある良くできた戯曲ぎきょくに例えるべきか。
 俺は現実逃避しながら、そんなことを考える。
 だが実際にこうなってみると、これこそが初めから定められていた運命だったのかもしれない。俺はそう思わざるをえなかった。

「……なあ、アレックスと言ったか? ひとつきたいことがある」
「はい、オレに答えられることなら、なんでも答えます」
 弓使いの少年は、幼さの残るんだ声で言った。
「俺が聞きたいのは、これからのソフィアの立場だ。お前たちがソフィアを連れて帰るのは、俺も良いことだと思っている。
 ――だがその後はどうなる? 具体的に、ソフィアはどういったあつかいを受ける予定だ?」

 冒険者たちがソフィアを連れて帰る。
 自分で口にした言葉に、なぜか俺の気分は落ち込む。
 だが、俺にとってこれだけは、聞かずにはいられない質問だった。

 俺の質問に対し、弓使いの少年はとどこおりなく答える。
「ソフィア姉ちゃんは、そのままヘーリオス王国で保護する約束を、父上……現ヘーリオス国王と交わしています。連合国がレヴィオール王国を取り戻したら、王家の生き残りとして認め、正式に女王となる支援をしてくれるそうです」

 ……完璧だ。
 理想的な答えだ。

 だがそれは、あまりにも都合の良すぎる回答に思えた。

 その理不尽とすら言える御都合主義に、俺は少し意地悪いじわるな質問を返す。
「悪いがその理想論、無条件に信じることはできないな。第一、今のお前は王族ではないのだろ? もし国と方針を違えた場合、その時お前はどうする心算つもりだ?」

 そんなに上手く行くわけがない。
 ひねくれてしまった俺の心が、全力で少年の答えを否定する。

「だいたい、お前たちは一度レヴィオール王国を、ソフィアを見捨てたのだろう? それが今さら、そんな綺麗事きれいごと、信用に値する価値があると思えんな!」
 つい苛立いらだちの感情があふれてしまったのか、抑えきれなかった俺の魔力オドが指向性を持って弓使いの少年を襲った。

 ――白状すると、俺はまだ、心の準備ができていなかった。

 ソフィアが居なくなることが、嫌だった。
 ソフィアが居る毎日を続けたかった。

 望むものは停滞ていたい
 そして、昨日と変わらない明日。

 それは、慟哭どうこくにも似た悪足掻わるあがき。
 一歩引いた客観的な立場を演じながら、執着心は人一倍強く。

 まるで、他人の足を引くような、決して誇ることのできない感情。
 しかし、その感情を弓使いの少年に向けるべきでないことは、ましてやソフィアに向けるべきでもないことは、俺にだって理解できていた。

 やり場のない害意をはらむ圧倒的な凍属性の魔力。
 冒険者たちはきっと、凍てつくような重圧プレッシャーを感じただろう。
 現に斥候のリップは、耳や尻尾の毛を逆立てて涙目になっていた。

 だがその重圧の中でもひるまずに、弓使いの少年は迷いなく答える。

「その時は、オレが! ソフィア姉ちゃんを、守ります!」
 弓使いの少年は目をらさずに、真っ直ぐに俺を見つめていた。

「よく言った、アレックス! それでこそ男だ!!」
「仕方ないですね。もしもの場合は、私達も協力しますよ」
 今まで沈黙をたもって見守っていた戦士と魔術師の二人が口を開いた。

「まあ、最悪の場合でも、魔法大学の研究室にかくまってしまえば、どうにでもなるでしょう。
 開闢かいびゃくの魔女が支配する、絶対不可侵なる学問のいただき……流石に、手を出す馬鹿はいないはずです」
「魔獣さんよ、お前さんからすれば頼りないかもしれないが、今度こそ、あんたがくれた剣にちかって、こいつらを絶対に守って見せるぜ! だから安心してくれ!」
「ボ、ボクも……とにかく頑張るよ!」
 二人のあとで、最後に斥候の少女も慌てて宣言した。
 とっくに分かっていたことだが、弓使いの少年は出会いにも恵まれていたらしい。

 ――ああ。
 これは、色々とかなわないな。

 例えるなら、太陽に負けた北風の気分だ。
 俺はそのまぶしすぎる光景に目を細めた。

「魔獣さん……?」
 ソフィアが不安そうな顔で、俺を見つめる。
「そんな顔をするな。こいつらを試してみただけだ……ああ、合格だよ。お前たちなら安心して、ソフィアを任せることができる」
 実力だって問題ない。それは身をもって知っている。
 今のみじめな俺にできるのは、冒険者たちを褒め称えること――つまり、精一杯見栄みえを張って、超越者を気取り、この場を取りつくろうことだけだった。

 少年たちの覚悟を見届けた俺は、どこか観念した気持ちで最後の質問をする。
「……もうひとつだけ、下世話な質問をしたいのだが、構わないかな」
 弓使いの少年の表情は、きょとんとしたものに変わった。
「なに、大したことじゃないさ。ただの興味本位なのだが……お前はかつて、ソフィアと、何か大切な約束を交わした経験はないか?」
「なんで分かったの!?」
 図星を突かれたらしい。少年は驚きの表情を見せた。

 やっぱりか。
 あまりにも覚悟が決まったをしていたから、どうせそんなところだろうと思ったのだ。
 俺はその反応を、どこか諦めた心地で眺めていた。



 幼い約束を交わし合い、戦火に引き裂かれた幼馴染おさななじみ同士。
 魔女の予言に導かれ、ついに二人は巡り合う。

 可愛い弟みたいな少年と、憧れのお姉さん。

 誰からも愛される見目麗しい少年と、心優しく美しい少女。

 太陽の国の王子と、湖の国の王女。

 一途で勇敢な王子様と、冬の城に囚われたお姫様。

 ……ああ、考えれば考えるほど、完璧な組み合わせじゃないか。
 まるで最初から、この二人が結ばれるべき運命だったかのように思えてくる。
 少なくとも、冬の城に住む、元IT土方の呪われた魔獣なんて、ただの脇役モブか、せいぜい良くて敵役かたきやくだろう。

 ソフィアとこの弓使いの少年が顔見知りと知った瞬間から、こうなる覚悟はしていた。
 仮に約束を交わしていなかったとしても、その時は少年に気持ちを伝えるよう後押しただけだ。

 さあ、終わらせよう。この茶番を。
 ソフィアには、俺の知らないどこか遠くで、幸せになってもらうために。

 どうした? 初めから、その予定だっただろ?
 ソフィアと過ごしたここ数ヶ月は、とても心地よかった。
 そもそもそれが、俺には過ぎた幸福だったのだろう。
 俺は必死で自分に言い聞かせた。

「えーっと……ごめん、アルくん。約束って、なんのことかな?」
 当の本人であるはずのソフィアは、頭に疑問符を浮かべている。どうもアレックス少年と交わした約束を忘れているらしい。
「本当に大した話じゃないよ。でも、魔獣さんの言う通り、オレは姉ちゃんと約束したんだ。八年も時間をかけちゃったけど……オレは、昔の約束を果たすため、ここまで来たんだ」
 弓使いの少年が、ソフィアに向けて言った。

 もはや俺のいない舞台で、勝手に進む物語ストーリー
 どうやら俺の出番はもう無いようだ。
 ここで俺のやるべきことは、人間だったころと変わらない。
 冷めた心で、黙したまま見送るだけ。
 ただし今回は、いつもと違って、心を殺すのが少しだけ大変だった。

「ほら、将来は騎士と剣聖になって、ソフィア姉ちゃんを守るって約束……思い出せない?」
「ああっ、思い出したよ! アルくんがわたしの好きだった絵本を、真似をしてくれた時の話だよね?」
「結局、オレは騎士にも剣聖にもなれなかったけど、これからは必ず、絶対にオレがソフィア姉ちゃんを守るから。だから――」
 少し緊張しているのか、一度だけ深呼吸する。
 そして、覚悟を決めた表情で、アレックスはソフィアに告白した。

 それは室内によく通るボーイソプラノだった。
「ソフィア姉ちゃん! オレのお嫁さんになってください!!」



 三人と一頭が注目する中でなされた、あまりにも直球で大胆な求婚。
 まだ幼さすら残る少年の、純粋な熱い思いと――何故なぜか俺を襲う喪失感。
 その急な話の展開に俺の思考はフリーズしつつも、しかしはらの奥ではストンと腑に落ちるような感覚があった。

 亡国の姫君に手を差し伸べる、弓使いの少年。
 彼が真剣な眼差しで見据えるは、ソフィアの姿。
 少年のキリッとしたその表情も、格好良さよりは可愛さが目立っていたが……それでも、俺にはまぶしく見えた。

 “こうして、太陽の国の王子様はお姫様を冬の城から救い出し、二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ”
 “めでたし、めでたし”

 俺には遠い世界の物語。
 もはやこれは、自然の摂理で、この世の理で、予定調和の帰結。

 美しい王子から真っ直ぐな気持ちを告白されたソフィア。彼女は赤面しながらも、深呼吸で息を整えて口を開く。
 その口から発せられた言葉は――。

「ご、ごめんなさい!!」
「そんな!?」

 予想外にも、まさかのお断りだった。
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