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第四章 不死身の魔獣と太陽の弓使い
報われぬ誓いの結末
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逃げる三人の冒険者たち。
この冬に呪われた地を訪れた時は四人だったが、今は一人欠けている。
だが、誰も振り返ることはしない。
彼の覚悟を、無駄にはしたくないのだ。
しかし、残酷な現実が彼らを追いかける。
背後から聞こえてくるは、魔獣の遠吠え――それが意味するのは、ジーノの敗北。あの魔獣がジーノの時間稼ぎを突破し、追いかけて来るのが理解できた。
「チッ、若造のくせに……だから足止めは俺にしとけって言ったのによぉ!」
そう叫んでいる間にも、魔獣は猛スピードで迫ってくる。追いつかれるのは時間の問題だろう。
魔術師の青年ジーノの敗北を察した戦士グランツ。彼は足を止め、ひびの入った剣を構える。
「グランツ!?」
「もともと、こういう契約だろうが! さっさと行け!!」
「そんな! でも……!」
弓使いの少年は戸惑うも、ここで立ち止まらせては二人の覚悟が無駄になってしまう。
斥候の少女は弓使いの少年の手を引き、無理やり走らせた。
小さくなる二人の後ろ姿。
――いや、元々あの二人は小さかったな。
戦士グランツは駆けていく年少組の背中を見ながら、しみじみとそんなことを考えた。
ふと、彼らに初めて会った日のことを思い出す。
昔の馴染みからの、断れない依頼。ちなみに、ジーノと顔を合わせたのもその時が最初だ。
依頼内容は、実戦経験を積みたいアレックスの護衛兼指南役。リップは……初心者の指導係から、そのままくっ付いて来た。
アレックスのほうは、最初こそ「また貴族の坊ちゃんの御守りか」なんてグランツは考えていたが……一緒に依頼をこなしていくうちに、なかなかどうして根性のあるガキじゃないかと感心した。
それどころか、アレックスほど自由自在に矢を飛ばす弓使いを、グランツは他に見たことが無い。そして才能もさることながら、目的を果たすための努力も欠かさない少年だった。
リップのほうはそんなアレックスに先輩風というか、姐御風を吹かせて、とにかくお姉ちゃん気取りだったのが微笑ましかった。
そして何より、子供や若者が頑張る姿は嫌いじゃない――グランツはそういう人間である。
だから当然のごとく、グランツは二人とも死なせたくないと思える程度には気に入っていた。
……もちろん、ジーノだってそうだった。
自分の不甲斐なさに腹が立つ。
「だが、これ以上は、誰も犠牲にさせやしねえ……!」
戦士グランツだって、自殺願望があるわけではない。
しかし、ここであの魔獣の足止めに命を使い果たすならば、決して惜しくない。
グランツは自分たちを追って雪原を駆けてくる漆黒の魔獣を待ち構えた。
尾でバランスを取りながら、二本の後脚で駆ける猛獣。奴は雪煙を上げながら迫りくる。
グランツはあの魔獣に捨て身の攻撃を仕掛ける心算であった。
具体的には、たとえ自前の大剣が完全に折れたとしても――その時は噛みついてでも足止めするつもりだ。
幸い、魔獣は真っ直ぐとこっちに向かって来ている。
どうやら一騎打ちは、あちらも望むところらしい。
「オラッ!!」
グランツはひびの入った大剣を振り下ろす。魔獣はそれを自分の剣で迎え撃った。
ぶつかり合う二つの大剣。その衝撃に、グランツの大剣はあっさりと粉々になる。
だが、そうなることは初めから分かっていた。
グランツは残った大剣の柄を放り捨て、魔獣に掴みかかろうとする――が、踏み込んだ足は何かに取られてしまう。
ズブリ。
雪の中に足が呑まれた。
「なっ!?」
不覚だ。雪の深さを見誤ったか?
だが、ますます深く沈んでいく感覚にグランツは違和感を覚える。そして自分の足を呑み込んでいるモノの正体が雪ではないことに気が付いた。
「違え。これは、ジーノの……!」
それは泥だ。底なしの沼だ。
さっきジーノが展開した魔術を、狭い範囲で魔獣が模倣していたのである。
「クソッ、外れろ、外れやがれって!!」
しかし、いくら力んでも、すでに凍りつき始めた沼から抜け出すことはできない。
それも魔獣の仕業だった。魔獣は初めから、戦士グランツの相手をまともにするつもりなどなかったのだ。
凍りついたため、それ以上は沈みこそしない。だが、グランツの足は土と氷の中で完全に固定され、その場所から身動きが取れなくなる。
そして魔獣は悠々と、足が固定されたグランツの横を通り過ぎた。
「オイゴラァ!! 無視すんじゃねえ! 掛かって来いや!!」
悪足掻きながらもグランツが叫んで挑発する。しかし、魔獣はそんなグランツを一瞥しただけで、襲いかかってくることは無かった。
結局、魔獣はその叫びに脚を止めることなく、弓使いの少年たちを追うために走り去っていく。
「ふざけんな! ふざけんな!! 俺はまだ、生きてっぞ……!」
グランツの悔しさが滲むその声は、ただ虚しく雪原に消えた。
* * *
魔獣の咆哮が追いかけてくる。
きっと、グランツはもう……。
残るはオレとリップ。
猛スピードで魔獣が追いかけてくる以上、二人そろってこの冬に呪われた地から脱出することは不可能だろう。
此処はまだ雪原の中。外の世界は遠い。
「……ごめん、リップ。オレが軽率な判断をしたせいで……我が儘に巻き込んで、ごめん」
走りながら、オレはリップに謝った。
「今はそんなのいいから! 早く逃げよう!」
「……もう無理だよ、このまま二人一緒じゃ、確実に追い付かれる。だから……!」
オレは覚悟を決めて、足を止めた。
「アルくん!? 何やってるの!!」
リップが驚きの表情でオレを振り返る。
オレはリップに笑みを返した。
「な、なんで笑ってるのさ? 何をするつもりなの!?」
「女の子を囮にして逃げるなんて……そんな格好悪い真似、オレにさせないでくれよ」
リップは目を見開く。きっと、オレに考えていることを見透かされて驚いたのだろう、
でも、もう一年以上一緒に冒険しているんだ。こんな時、リップが考えそうなことぐらい読めるさ。
「それに、さっきあの魔獣はリップの隠密を見破れなかった。リップ一人なら、まだ逃げられるかもしれない。だから、早く! 行って!!」
オレは弓に、最後に残った光精霊の剣をつがえた。
――最期だからだろうか。
弓矢の狙いを定めていると、昔の記憶が脳裏に映し出される。
もっと小さい頃は、騎士か剣聖になりたいと思っていた。
弓使いなんて、遠くからこそこそしている卑怯者だ。そう思っていたから、オレは弓矢が嫌いだった。
オレには弓を扱う才能があるのに……って、エルフ族の爺やがいつも大げさに嘆いていたのを覚えている。
でも、ソフィア姉ちゃんが居なくなったあの日、レヴィオール王国がメアリス教国に侵略されたことを知ったあの日、オレは自分が一番強くなれる方法として、弓使いの道を選んだ。
どれだけ遠くに居ても、世界一の弓使いなら、ソフィア姉ちゃんを助けられる――そんな子供じみた考えを、現実にするために、オレはひたすら努力した。
地位を捨て、夢を捨て、我が儘言って、周りを巻き込んで。
「……それでも、結局は辿り着けなかったね」
オレの口元は自嘲気味に笑っていた。
浮かんでは消える思い出。
その雑念を払い、オレは集中する。
このオレの行動に、意味は無いのかもしれない。たったの数秒間ですらも、時間が稼げない……そんな自己満足なのかもしれない。
だけど、たとえ奇跡のような確率でも、ゼロでないならそれで構わなかった。
もう、これで終わるのだから。せめて、ありったけを。
何一つ成し遂げられない、無様な人生だったけど――最期くらい、格好を付けさせてくれ!
オレは輝く剣に全てを託し、終わりの一矢を放った。
撓る弓。弾ける弦の音。大気を切り裂いて進む光精霊の剣。
放たれた剣は真っ直ぐに、魔獣の頭部を目指して進む。
そして其れは、吹き荒ぶ風を越えて、吹雪の結界へ遂に至る。
オレは剣に込められた魔力を操作し、その結界を抜けようとした――吹雪の結界に触れた剣が砕け散る、その瞬間までは。
「なっ!?」
まるで岩に投げつけられた氷の塊のように、粉々に砕け散って風に舞う光精霊の剣。
――そう言えば、以前に聞いたことがあった。
どんなに硬い鉄であっても、凍り付いてしまえば、燃え尽きた炭クズのように簡単に割れてしまうのだと。
つまり剣が粉々に砕けたあの光景は、一瞬でそれほどまでに剣が凍り付いたことを意味する。
でも……そんなことが本当に起こり得るのか!?
目の前の現実を納得できないまま、オレは力を使い果たして地に膝を突いた。
全身全霊を賭けた一撃。
それが予期しない形で防がれ、その反動に苛まれる。
力を使い果たしたオレを、抗えない疲労と倦怠感が襲ってくる。
駄目だ。とても、眠い。
無理やり体を動かそうとすると、吐き気がこみ上げる。
それでも立ち上がろうと格闘しているうちに、何かの足音が近づいてきた。
寒い。冷たい。まるでこのまま、体が凍りついてしまいそうなくらい……。
顔を上げるといつの間にか、オレの目の前に魔獣は居た。
魔獣の腕が眼前に迫ってくる。
オレは碌な抵抗もできず、頭を鷲掴みにされた。
持ち上がるオレの身体。まともに働かない頭で、ああオレはもう死ぬんだなって、ぼんやりと考えていた。
……でも、こうしているおかげで想像以上に時間が稼げた気がする。
これだけの時間があれば、リップならきっと逃げ果せるはず。
心のどこかで満足できたオレは、ゆっくりと瞼を閉じようとした。
――その時、魔獣の顔面に丸められた雪の塊が命中する。
パァンと小気味よい音を立てて、雪の欠片が粉々に弾けた。
「こっちだ、化け物め!」
「…………リップ?」
そこに居たのは、自分が命を賭けて逃がしたはずのリップだった。
「なんで…………早く、逃げろ……!!」
「アルくんを放せ! ボクのほうが美味しいぞ! アルくんの肉は固いぞ!」
リップは次々と、雪玉を魔獣に投げつける。
魔獣はいい加減鬱陶しそうに、尻尾で大量の雪を掬い上げ、リップに向かって投げつけた。
「キャアッ!!」
一瞬で雪に埋もれるリップ。
しかしリップは諦めることなく、雪まみれのまま今度は全身で魔獣の足に体当たりをする。ただ悲しいことに、小柄なリップの体重では魔獣はびくとも動かなかった。
魔獣はそんなリップを見下ろしながら口を開く。
「グルルル。ああ、美しい友情だな――安心しろ、お前らの命だけは見逃してやる」
「…………え?」
オレは間の抜けた声を上げた。
リップも状況を理解できていないのであろう、呆然と魔獣を見上げている。
でも、聞き間違いでなければ、今のは確かにこの魔獣が発した言葉だ。
魔獣が、喋った?
しかも、命だけは見逃してくれる……だって?
魔獣は獣の唸り声が混じった声で続ける。
「だが、もちろんタダで赦してやるわけにはいかない。ここを訪れた理由や背後関係、その他諸々何もかもを、全部話してもらうからな……グルル、覚悟しておけ」
……いったい、どういうことなの?
わけが分からない。
魔獣が何を言っているのか、ちゃんとは理解できなかった。
……でも、皆助かるのなら、なんでもいいのかな……?
そんなことを思ったところで、オレの意識は闇に落ちていった。
この冬に呪われた地を訪れた時は四人だったが、今は一人欠けている。
だが、誰も振り返ることはしない。
彼の覚悟を、無駄にはしたくないのだ。
しかし、残酷な現実が彼らを追いかける。
背後から聞こえてくるは、魔獣の遠吠え――それが意味するのは、ジーノの敗北。あの魔獣がジーノの時間稼ぎを突破し、追いかけて来るのが理解できた。
「チッ、若造のくせに……だから足止めは俺にしとけって言ったのによぉ!」
そう叫んでいる間にも、魔獣は猛スピードで迫ってくる。追いつかれるのは時間の問題だろう。
魔術師の青年ジーノの敗北を察した戦士グランツ。彼は足を止め、ひびの入った剣を構える。
「グランツ!?」
「もともと、こういう契約だろうが! さっさと行け!!」
「そんな! でも……!」
弓使いの少年は戸惑うも、ここで立ち止まらせては二人の覚悟が無駄になってしまう。
斥候の少女は弓使いの少年の手を引き、無理やり走らせた。
小さくなる二人の後ろ姿。
――いや、元々あの二人は小さかったな。
戦士グランツは駆けていく年少組の背中を見ながら、しみじみとそんなことを考えた。
ふと、彼らに初めて会った日のことを思い出す。
昔の馴染みからの、断れない依頼。ちなみに、ジーノと顔を合わせたのもその時が最初だ。
依頼内容は、実戦経験を積みたいアレックスの護衛兼指南役。リップは……初心者の指導係から、そのままくっ付いて来た。
アレックスのほうは、最初こそ「また貴族の坊ちゃんの御守りか」なんてグランツは考えていたが……一緒に依頼をこなしていくうちに、なかなかどうして根性のあるガキじゃないかと感心した。
それどころか、アレックスほど自由自在に矢を飛ばす弓使いを、グランツは他に見たことが無い。そして才能もさることながら、目的を果たすための努力も欠かさない少年だった。
リップのほうはそんなアレックスに先輩風というか、姐御風を吹かせて、とにかくお姉ちゃん気取りだったのが微笑ましかった。
そして何より、子供や若者が頑張る姿は嫌いじゃない――グランツはそういう人間である。
だから当然のごとく、グランツは二人とも死なせたくないと思える程度には気に入っていた。
……もちろん、ジーノだってそうだった。
自分の不甲斐なさに腹が立つ。
「だが、これ以上は、誰も犠牲にさせやしねえ……!」
戦士グランツだって、自殺願望があるわけではない。
しかし、ここであの魔獣の足止めに命を使い果たすならば、決して惜しくない。
グランツは自分たちを追って雪原を駆けてくる漆黒の魔獣を待ち構えた。
尾でバランスを取りながら、二本の後脚で駆ける猛獣。奴は雪煙を上げながら迫りくる。
グランツはあの魔獣に捨て身の攻撃を仕掛ける心算であった。
具体的には、たとえ自前の大剣が完全に折れたとしても――その時は噛みついてでも足止めするつもりだ。
幸い、魔獣は真っ直ぐとこっちに向かって来ている。
どうやら一騎打ちは、あちらも望むところらしい。
「オラッ!!」
グランツはひびの入った大剣を振り下ろす。魔獣はそれを自分の剣で迎え撃った。
ぶつかり合う二つの大剣。その衝撃に、グランツの大剣はあっさりと粉々になる。
だが、そうなることは初めから分かっていた。
グランツは残った大剣の柄を放り捨て、魔獣に掴みかかろうとする――が、踏み込んだ足は何かに取られてしまう。
ズブリ。
雪の中に足が呑まれた。
「なっ!?」
不覚だ。雪の深さを見誤ったか?
だが、ますます深く沈んでいく感覚にグランツは違和感を覚える。そして自分の足を呑み込んでいるモノの正体が雪ではないことに気が付いた。
「違え。これは、ジーノの……!」
それは泥だ。底なしの沼だ。
さっきジーノが展開した魔術を、狭い範囲で魔獣が模倣していたのである。
「クソッ、外れろ、外れやがれって!!」
しかし、いくら力んでも、すでに凍りつき始めた沼から抜け出すことはできない。
それも魔獣の仕業だった。魔獣は初めから、戦士グランツの相手をまともにするつもりなどなかったのだ。
凍りついたため、それ以上は沈みこそしない。だが、グランツの足は土と氷の中で完全に固定され、その場所から身動きが取れなくなる。
そして魔獣は悠々と、足が固定されたグランツの横を通り過ぎた。
「オイゴラァ!! 無視すんじゃねえ! 掛かって来いや!!」
悪足掻きながらもグランツが叫んで挑発する。しかし、魔獣はそんなグランツを一瞥しただけで、襲いかかってくることは無かった。
結局、魔獣はその叫びに脚を止めることなく、弓使いの少年たちを追うために走り去っていく。
「ふざけんな! ふざけんな!! 俺はまだ、生きてっぞ……!」
グランツの悔しさが滲むその声は、ただ虚しく雪原に消えた。
* * *
魔獣の咆哮が追いかけてくる。
きっと、グランツはもう……。
残るはオレとリップ。
猛スピードで魔獣が追いかけてくる以上、二人そろってこの冬に呪われた地から脱出することは不可能だろう。
此処はまだ雪原の中。外の世界は遠い。
「……ごめん、リップ。オレが軽率な判断をしたせいで……我が儘に巻き込んで、ごめん」
走りながら、オレはリップに謝った。
「今はそんなのいいから! 早く逃げよう!」
「……もう無理だよ、このまま二人一緒じゃ、確実に追い付かれる。だから……!」
オレは覚悟を決めて、足を止めた。
「アルくん!? 何やってるの!!」
リップが驚きの表情でオレを振り返る。
オレはリップに笑みを返した。
「な、なんで笑ってるのさ? 何をするつもりなの!?」
「女の子を囮にして逃げるなんて……そんな格好悪い真似、オレにさせないでくれよ」
リップは目を見開く。きっと、オレに考えていることを見透かされて驚いたのだろう、
でも、もう一年以上一緒に冒険しているんだ。こんな時、リップが考えそうなことぐらい読めるさ。
「それに、さっきあの魔獣はリップの隠密を見破れなかった。リップ一人なら、まだ逃げられるかもしれない。だから、早く! 行って!!」
オレは弓に、最後に残った光精霊の剣をつがえた。
――最期だからだろうか。
弓矢の狙いを定めていると、昔の記憶が脳裏に映し出される。
もっと小さい頃は、騎士か剣聖になりたいと思っていた。
弓使いなんて、遠くからこそこそしている卑怯者だ。そう思っていたから、オレは弓矢が嫌いだった。
オレには弓を扱う才能があるのに……って、エルフ族の爺やがいつも大げさに嘆いていたのを覚えている。
でも、ソフィア姉ちゃんが居なくなったあの日、レヴィオール王国がメアリス教国に侵略されたことを知ったあの日、オレは自分が一番強くなれる方法として、弓使いの道を選んだ。
どれだけ遠くに居ても、世界一の弓使いなら、ソフィア姉ちゃんを助けられる――そんな子供じみた考えを、現実にするために、オレはひたすら努力した。
地位を捨て、夢を捨て、我が儘言って、周りを巻き込んで。
「……それでも、結局は辿り着けなかったね」
オレの口元は自嘲気味に笑っていた。
浮かんでは消える思い出。
その雑念を払い、オレは集中する。
このオレの行動に、意味は無いのかもしれない。たったの数秒間ですらも、時間が稼げない……そんな自己満足なのかもしれない。
だけど、たとえ奇跡のような確率でも、ゼロでないならそれで構わなかった。
もう、これで終わるのだから。せめて、ありったけを。
何一つ成し遂げられない、無様な人生だったけど――最期くらい、格好を付けさせてくれ!
オレは輝く剣に全てを託し、終わりの一矢を放った。
撓る弓。弾ける弦の音。大気を切り裂いて進む光精霊の剣。
放たれた剣は真っ直ぐに、魔獣の頭部を目指して進む。
そして其れは、吹き荒ぶ風を越えて、吹雪の結界へ遂に至る。
オレは剣に込められた魔力を操作し、その結界を抜けようとした――吹雪の結界に触れた剣が砕け散る、その瞬間までは。
「なっ!?」
まるで岩に投げつけられた氷の塊のように、粉々に砕け散って風に舞う光精霊の剣。
――そう言えば、以前に聞いたことがあった。
どんなに硬い鉄であっても、凍り付いてしまえば、燃え尽きた炭クズのように簡単に割れてしまうのだと。
つまり剣が粉々に砕けたあの光景は、一瞬でそれほどまでに剣が凍り付いたことを意味する。
でも……そんなことが本当に起こり得るのか!?
目の前の現実を納得できないまま、オレは力を使い果たして地に膝を突いた。
全身全霊を賭けた一撃。
それが予期しない形で防がれ、その反動に苛まれる。
力を使い果たしたオレを、抗えない疲労と倦怠感が襲ってくる。
駄目だ。とても、眠い。
無理やり体を動かそうとすると、吐き気がこみ上げる。
それでも立ち上がろうと格闘しているうちに、何かの足音が近づいてきた。
寒い。冷たい。まるでこのまま、体が凍りついてしまいそうなくらい……。
顔を上げるといつの間にか、オレの目の前に魔獣は居た。
魔獣の腕が眼前に迫ってくる。
オレは碌な抵抗もできず、頭を鷲掴みにされた。
持ち上がるオレの身体。まともに働かない頭で、ああオレはもう死ぬんだなって、ぼんやりと考えていた。
……でも、こうしているおかげで想像以上に時間が稼げた気がする。
これだけの時間があれば、リップならきっと逃げ果せるはず。
心のどこかで満足できたオレは、ゆっくりと瞼を閉じようとした。
――その時、魔獣の顔面に丸められた雪の塊が命中する。
パァンと小気味よい音を立てて、雪の欠片が粉々に弾けた。
「こっちだ、化け物め!」
「…………リップ?」
そこに居たのは、自分が命を賭けて逃がしたはずのリップだった。
「なんで…………早く、逃げろ……!!」
「アルくんを放せ! ボクのほうが美味しいぞ! アルくんの肉は固いぞ!」
リップは次々と、雪玉を魔獣に投げつける。
魔獣はいい加減鬱陶しそうに、尻尾で大量の雪を掬い上げ、リップに向かって投げつけた。
「キャアッ!!」
一瞬で雪に埋もれるリップ。
しかしリップは諦めることなく、雪まみれのまま今度は全身で魔獣の足に体当たりをする。ただ悲しいことに、小柄なリップの体重では魔獣はびくとも動かなかった。
魔獣はそんなリップを見下ろしながら口を開く。
「グルルル。ああ、美しい友情だな――安心しろ、お前らの命だけは見逃してやる」
「…………え?」
オレは間の抜けた声を上げた。
リップも状況を理解できていないのであろう、呆然と魔獣を見上げている。
でも、聞き間違いでなければ、今のは確かにこの魔獣が発した言葉だ。
魔獣が、喋った?
しかも、命だけは見逃してくれる……だって?
魔獣は獣の唸り声が混じった声で続ける。
「だが、もちろんタダで赦してやるわけにはいかない。ここを訪れた理由や背後関係、その他諸々何もかもを、全部話してもらうからな……グルル、覚悟しておけ」
……いったい、どういうことなの?
わけが分からない。
魔獣が何を言っているのか、ちゃんとは理解できなかった。
……でも、皆助かるのなら、なんでもいいのかな……?
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