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第四章 不死身の魔獣と太陽の弓使い

抗え得ぬ絶望(中)

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 しのぎを削り合う戦士と、今なお進化を繰り返す魔獣。
 歴戦の戦士、グランツは魔獣の頭部を目掛けて渾身の一撃を振るう。
 だがその一撃は、魔獣が片手で掲げた剣に防がれた。
 弾き上げられるグランツの大剣。
 しかし、大剣が重力の支配から逃れたその一瞬を利用して、グランツは剣から手を離す。そして、さらに一歩を踏み込みながら、魔獣のあごに左手の掌底を叩きこんだ。

 防具の金属部分を凶器として利用した、ある意味姑息な一撃。
 籠手こてかどえぐるような掌底を食らった魔獣。しかし、重量差があるためか、あまり効いていない様子。
 それでもグランツはその結果を予想していたのか、止まることなく次の攻撃に移る。
 落ち始めるは、重力に引かれた剣。それを再び両手で握ると、グランツはそのまま振り下した。

 今度はより水平に近い角度で、魔獣が掲げた剣をすり抜けるように首を狙う。
 それは見る限り、やや無茶な軌道だった。だが、グランツは魔獣のまと吹雪ふぶきの守りを逆に利用する。風の力を借りることで、剣の重量を軽減していた。
 強風に乗って、滑らかに振り下される大剣。
 流石にそれを食らうのは嫌だったのか、魔獣は一歩足を引き――そして、グランツの剣を迎え撃つように自作の剣を振り下した。

 ぶつかり合う大剣。飛び散る火花。
 それにしても、流石はグランツである。
 あの手この手で品をえ、あの理不尽の権化みたいな魔獣相手に一歩も退いていない。
 今のところ、グランツは漆黒の魔獣と互角に撃ち合えているように見えた。

 魔獣の振るう武器は一見すると、大きな剣のようだった。
 しかし、その本質は全く違う。
 元々は生き物の一部だったからであろうか、その剣は振られればよくしなり、わずかに伸びた。
 ゆえに、その切っ先からは、常に大気を切り裂く音がする。
 むしろ武器のカテゴリとしては、べんやフレイル、あるいは多節棍や蛇腹剣といったものに近いのかもしれない。

 まるで神殿のはしらみたいな大剣なのに、魔獣が振れば風を切り裂くほどの速剣。
 そんな矛盾を両立する理不尽を相手に、善戦するグランツ。
 彼だけでも十分に凄いが、その善戦はジーノの支援があってこそのものだった。

「――更なるプルース・筋力のベヴァイス・底上げデル・マハト墓穴にブルード・フ落ちろス・グレイバ! ムッ、偉大なるディ・エ大地の壁をルダ・ヴァンド! 視野にブリント・アウゲ炎傷・フラメ……クソッ、効果なしか……疲労のクリーガー・回復タンツェン! 響く雷鳴はドンナー・イスト・精霊王ソーン・ウルト・の怒りデス・カイザス――」

 連続で唱えられる、属性も効果も全く異なる詠唱たち。
 グランツに対する補助、魔獣に対する阻害と牽制――それら全てを自分に向けられた氷柱つららの回避や防御を行ないながら同時進行するジーノ。
 そして最高位の冒険者同士による、完璧な意思疎通。その果てに放たれる、高威力の攻撃魔術。

「――天のゾーエス裁きよ・ブリッツ我らがゼーゲン・敵にアン・雷撃のシュメーツ祝福を・ゲシェク!!」
 グランツが下がると同時に弾ける雷轟電撃らいごうでんげき

 一歩タイミングを間違えば仲間ごと巻き込みかねない……そんな綱渡りのような大魔術。
 だが悲しいことに、結果だけを求めるならば、芸術的な神業もほとんど無意味だった。

「……やはり、雷撃にも耐性ができていますか」
 激しい攻防に、ジーノは息も絶え絶えだ。グランツのほうは息こそまだ切れていないが……頬を伝う冷や汗を見る限り、そろそろ限界が近そうに見える。
 対して魔獣は追撃することもなく、堂々と二人が再び立ち向かって来るのを待ち構えていた。
「……おい、ジーノ。攻撃はもういい。あとは俺の補助と回復……いや、隙を見て脱出することに専念してくれ。お前なら、あの氷の壁も壊せるだろ?」
 グランツは、何かを悟ったような表情で、とんでもないことを言い出す。
 しかしジーノは反論せず、グランツの言葉に従った。
「…………了解です」
 でもオレにはその表情が、感情を無理やり呑み込んで苦しんでいるように見えた。

 そもそも、ジーノは多彩な魔術を扱えるが、回数を多く使えるタイプの術師ではない。
 本人が言うには、上手く工夫してりしているだけで、保有魔力量自体は大して多くないらしい。
 だからこそ、効率よく広範囲に攻撃をばら撒くための散弾銃と、丁寧に編んだ魔術を併用して、最低限の魔力で相手を仕留めるのが彼のスタイルだった。

 しかし今は、妨害や牽制といった細かな役目も、全て彼がになっている。
 その理由は――あまりにもレベルが違うその戦いに、オレ達が手を出せないからであった。
「クソッ……どうすれば!?」
 オレは何もできない焦燥感に悪態をいた。

 実のところ、あの吹雪ふぶきの結界を突破して矢を当てるだけなら、方法はいくつか思い付いている。
 その中でも、確実に一回は当てられると断言できる秘策――あの吹雪ふぶきの結界に空いた穴の存在にオレは気が付いていた。
 それこそ、ジーノの銃では突破不可能で、弓矢ならすり抜けられる絶対的な穴だ。
 吹雪ふぶきの結界を越えてもまだ、例の氷の欠片カケラによる防御が在るが……真っ直ぐ飛んでいくだけの弾丸では無理でも、オレの矢ならあの氷の欠片カケラをすり抜けられるはず。

 あの魔獣相手にその奇襲が成功するのは、間違いなく最初の一回だけだろう。
 それを見切られてしまえば、オレにできることは完全になくなってしまう。
 あの魔獣の異常性を知ってしまった今、その貴重な機会を、たった一本の矢を当てるだけで終わらせたくない。
 だからこそオレは、迂闊うかつに手を出せずにいた。

「落ち着け、落ち着け。考えろ……」
 幸いなことに、考える余裕はあった。
 なぜなら、オレ達は今……あの魔獣に無視されていたからだ。
 あの魔獣にとってすでに、オレとリップは取るに足らない、あるいはいつでも処理できる雑魚であるらしい。

 悔しい気持ちがオレに歯を食いしばらせる。
 でも、あなどってくれるなら、オレは皆で生き残るため、全力でそれを利用すると決めた。

 しかし、現実は非情だ。
 弓を扱うことしかできないオレには、矢を当てる以上のことは考えつかない。
「ねえ、リップ。リップは何か、使えそうなものは持ってないか?」
 オレはすがるような気分でリップに質問した。
 なんでもいい。何かを思いつく切っ掛けが……。
「ボクが持っているのは……もう、これぐらいしか――」
 リップが取り出したそれは、小さい割にずっしりとした金属製の携帯酒瓶スキットルだった。
 ただし、中に入っているのは酒ではなく、今日も魔獣に使ったあの目潰しの原液である。
「それは……」
「そう。使うときは百倍に希釈するんだけど、これを薄めないで使えばけっこうな時間稼ぎになると思うんだ。でも、あの吹雪ふぶきの結界のせいで、投擲瓶とうてきびんが飛ばされちゃう……」
 なるほど。確かに原液ともなれば、かかればかゆいだけでは済まない。触れただけで皮膚がただれるほどの猛毒である。

 それをこれだけの量、確実に時間は稼げるだろう。
 だがリップも懸念している通り、問題はどうやってあの魔獣に届けるかだ。
 オレがやじりに付けて飛ばす?
 いや、普段オレが使っている毒とは違うんだ。リップの目潰しは、広い範囲にぶっかけることで真価を発揮する。点攻撃のやじりに付けたところで、メリットはほとんどない。
 もっと何かいい作戦が……。

 その時、オレの頭の中にひらめきがはしった。
「なあ、リップ! もしかして、それなら――――だったら、できるか?」
 オレの問いかけに、リップは目を丸くする。
「え? え、どうだろう? 多分、できると思うけど……でも意味がないよ。だって――――」
 リップがオレの考えを否定する。でもオレには、その問題を解決できる秘策があった。
「いや、大丈夫。そこはオレが――――」
「じゃあ、ボクは――――ってこと?」
 リップのネコ目が見開かれる。でも、口元の笑みから察するに、彼女も名案だと思ってくれたみたいだ。

「そう、重要なのはタイミングだ。いける?」
「確実に大丈夫だとは言い切れないね。確かめてみることだってできない。けど……」
 ――これなら、いけそうな気がする。
 オレとリップはうなずき合った。

 オレ達が考えたこの作戦が上手くいけば、あの魔獣を出し抜いて時間を稼ぐことができるだろう。
 いや、きっとできるはずだ!!

 それは、この絶望的な戦いに、差し込んだ唯一の希望。
「よし行こう、リップ! オレ達が、流れを変えるんだ!」
「うん。アルくんも、しっかりね!!」
 オレ達だって、グランツとジーノと一緒に頑張ってきたんだ。ただのお荷物じゃないって、此処で証明してみせる!
 覚悟しろよ、魔獣!!
 オレとリップはあの魔獣に一矢報いるため、再び戦場に踏み出した。
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