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第三章 黒騎士の末裔と血に穢れた願い

賢者モドキと真の聖人

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 今朝は早くから、魔女がどこかへ出かけて行った。
 わざわざ寝ていた俺を叩き起こして報告するとは、本当に律儀なことだ。

 別に魔女はこの城に住んでいるわけでもないし、いちいち俺に知らせる必要もないと思うのだが……まあ、情報の共有は大事だよな。

 ただ、もしその連絡手段が、置手紙とか伝言とか、俺の安眠を妨害しない方法ならもっと素晴らしかったとだけ言っておこう。



 相変わらずの雪景色。その中にたたずむ冬の城。
 いつも俺が寝床にしている部屋。
 その場所で今日も俺は、魔術を使えるようになるため引き続き瞑想の修行をしていた。

 昨日から行なっている魔力操作の鍛錬。
 その過程で俺がたどり着いた、「魔力とは世界への影響力であり、存在の重要度である」という結論。

 そしてそれは、自分自身の持つ魔力オドに対しても例外ではない。
 自分の意思で操れる魔力は、自身による相対評価によって生じた重要度の分だけなのだ。

 ……言葉にすると、よく分からんな。
 ちょっと混乱してきたぞ。

 結局のところ、端的に説明すると、「自分を好きになれば」、「扱える魔力量がアップする」ってことだ。
 ナルシスト最強理論である。

 でも考えてみれば確かに、世の中で成功するやつって根拠なく自分に自信があるっていうか……妙に自分が好きなやつっていうか……悪い表現をすれば、自己中で他人を省みないやからばっかりだなと思い当たる。

 本屋でも「成功者のほとんどがサイコパスだ」って煽り文の本があったりするしな。
 流石にサイコパス呼ばわりは言い過ぎな気もするが。

 しかし実際に、魔力が多い人間は、それだけ行動力の化身と化すのだ。
 つまり、魔力量と社会的な成功――この二つは決して無関係でないだろう。

 というわけで、俺は自分を好きになるために、この姿を利用することを考えた。
 具体的にまずは、超越者ムーブで格好良い自分を演出しようと思う。

 ……第三者がこの方針を聞けば、「自分を好きになる」ためになぜ、そんな回りくどいことをする必要があるのか疑問に思うだろう。
 自分でもゆがんでいると思う。
 だが、悲しいことに俺はもう、ありのままの自分を好きになることなんて、絶対にできないのだ。

 そもそも元の俺は社会の底辺、低年収なブラック企業のIT土方だからな。
 そんな俺が自分大好きだったら、逆に狂気を感じないか?

 やや遠回りでも、仕方がない。
 冬の城に住んでいても、どこぞのレリゴーレリゴー歌う雪の女王のようには吹っ切れられないのである。

 ちなみに超越者ムーブなのは、決して最近魔法の鏡で見たアニメ――骸骨リーマンが異世界で魔王になるアニメに影響されたわけじゃないぞ。本当だぞ。

 さて、実際俺にとって理想的なのは、「万物を支配する魔王」よりも「永いときを生きた隠者的なドラゴン」てな感じのキャラクターだ。
 威厳のある喋り方で、基本的に人間を見下しつつ、適度に引いた場所から格言めいた台詞回しで助言する……そんなテイストでいきたい。

 重要なポイントは人間と敵対するわけでも、完全に味方になるわけでもないこと。
 絶妙なポジショニングだ。
 というわけで、魔法の鏡でいろんなアニメやゲームを検索し、ついに見つけた理想的なドラゴンのめい台詞ゼリフがこれである。


「賢者は、戦いよりも死を選ぶ。さらなる賢者は、生まれぬことを選ぶという……」


 ……カッコイイ!
 これぞまさに、理想の賢ドラゴン! 俺が目指すべき姿だ。

 無為に奪い合い、殺しあう人間の世界。
 それを見下ろしながら言ってみたい台詞である。
 これこそ、声に出して読みたい日本語!

 このドラゴンの、他の台詞はどうだろう?
 彼の言い回しを、俺はもっと学ばなくては……!

「祈る者と殺す者に、なんの違いがあろう? 一皮むけば、人間など、みなおしなべて愚劣よ……」
 うーん。格好良いんだけど、前半部分のせいで使いどころが難しい台詞だな……。

「起こらぬことを奇跡と呼ぶ。無駄ぞ」
 この台詞は汎用性がある。
 でもカリスマEランクの俺が言うと「起きるから奇跡という言葉があるんだ!」的な反論をされてしまいそうだな……。

「赤子は水浴びを喜ぶ。いつまでもさせてやりたい……しかし、季節は変わるのだ」
 まあ、なんて詩的な表現。すっごく気に入った。
 しかし残念なことに、ここだと年中冬だから使えない台詞だ。
 季節が変わらないのです。

「本当に、本当にありがとうごさいました……て、これは違うか」
 おっと、これはドラゴンの台詞ではなかった。
 でも実際、お礼を言うのは大事なことである。
 俺は二度と、それを忘れない。

 なんか心なしか、また魔力の総量が上がっている気がする。
 もしかして、精神的にドラゴンになりきることで、人間だった自分と境界を引いているのが良い効果をおよぼしているのだろうか?

 まさか台詞を真似ているだけで成果が出てくるとは……怖いくらいに順調だ。
 いや、逆に人間の俺が弱すぎると言うべきか?
 どっちでもいいけどね。もう人間じゃないし。

 さて、特訓を続けよう。
 次は……なるほど。

 これは強大すぎる敵に絶望的な戦いを挑んだとき、くだんのドラゴンが仲間に向かって言った台詞だ。
「気張るな。どうあがいても、しょせん地獄よ!」

 もしも神が人類を滅ぼそうとしている場合は。
すがるものなど、始めから何もないのだ……」

 なぜか新宿に転移してしまった場合。
「ここは……神の国なのか?」

 突然リズムゲームが始まった場合。
「なんなのだ、これは!? どうすればいいのだ!?」
「……魔獣さん……?」
 興が乗って身振り手振りノリノリで台詞の練習をしていると、控えめな少女の声が聞こえてきた。
 振り返るとドアの隙間からソフィアがのぞいていた。

「ソ、ソフィア! もしかして……見てたのか?」
 ソフィアは申し訳なさそうに、一度だけうなずいた。
「ちなみに、どこから?」
「えっと……『賢者は戦いよりも死を選ぶ』のところからです……」
 なるほど。
 つまり、最初からだな。

 新たに刻まれた黒歴史。
 俺は布団に頭を突っ込んで、叫びたい衝動に駆られた。

 * * *

「おとぎ話のドラゴンが言った台詞セリフ……ですか」
 一見普段と変わらないおしとやかな態度だが、ソフィアの目はキラキラと輝いていた。

 俺にとっては非常に都合が悪いことに、ソフィアはさっきの台詞に興味津々だった。
 適当にはぐらかそうとしたが、誤算である。
 どうやら彼女はこういった物語が好きなタイプの女の子だったらしい。
 読書が趣味なら、後で図書室にでも連れて行って……あるとして、何年前の本だ? 仮に残っていても風化して読めないだろうな……。

「そうだ。ところでソフィア、何か用があってここに来たのではないか?」
 ゲームのキャラの真似をしている。そんな恥ずかしい場面を目撃された俺は、強引に話題を変える。
 お願いだ。どうか俺の恥ずかしい姿を、早く忘れてくれ。
 俺は心の中で必死に頼んだ。

「え? ああ、そうでした。実は魔獣さんが魔術の練習をしていると、ドロシー様からうかがって……それで、わたしも少しはお力になれるかもって思ったので」
 本来の目的を思い出したソフィアはそう切り出す。
「む? もしや、ソフィアも魔術が使えるのか?」
「はい。あ、でも、攻撃に使える魔術はあまり得意じゃないんです……わたしが得意なのは結界と治癒魔術、あとは水と風の攻撃魔術が少々扱える程度ですね」
 なるほど。ゲームで例えるなら、治療術師ヒーラーだな。
 結界と治癒というのは、新しく聞く属性だが、固有属性か?
 ソフィアにたずねてみたところ、普通に光属性や樹・水属性の応用らしい。
 どんな属性であろうと結界を作れば結界魔術だし、治療をすれば治癒魔術なのだと。

「――では、始めましょうか」
 ソフィアが教えてくれたのは、自分の魔力に属性を付与する方法だった。

「わたしが属性のお手本を作りますから、魔獣さんはそれに触れながら、自分の魔力を合わせてみて下さい」
 俺は言われたとおり、魔力の塊に触れる。
 属性変換について簡単に説明すれば、色のない自分の魔力に、属性魔力の色を染み込ませて馴染ませるイメージだろうか。
 練習中はソフィアの手のひらに俺が触れる、いわゆる『お手』のポーズで行なった。

 女性の手に触れるのは生まれて初めてのことだったが、ソフィアの手は温かく、そしてやわらかかった。
 少しだけ、年甲斐もなくドキドキした。

「魔獣さんの手、大きいですよね」
 ソフィアが俺の手について、感想を述べる。
「手って言うか、前脚だがな」
「でも指は長いし、器用そうで……まるで人間の手みたいです」

 ……俺が本当は人間だって、バレないよな?
 バレたところで困るわけでもないが……。

「そうか? いや……そうかも知れないな。だが、人間にしては、鉤爪や鱗もあるし、少し毛深すぎる気もするが」
 俺はなぜか必死で、自分は人間と違うアピールをした。

 その誤魔化しを聞いて、クスクスと笑うソフィア。
「確かに、そうですね。鉤爪や鱗がある方や、毛深い方は珍しくありませんが、その両方が揃った方は滅多に居ないかもしれません」
 そっか。この世界には亜人という概念があるんだったな。
 ちょっと、気にしすぎだったかもしれない。
「でも、こうして触れ合っていると、魔力の波長というべきか、魂の在り方に人間らしさを感じてしまうのです――不思議ですね、魔獣さん?」
 俺は一瞬ドキッとした。
 その言葉に感じたのは、正体を見透かされるような不安だった。

 しかし魔術の鍛錬中である。
 勝手な理由で手を離すわけにもいかないだろう。
 だから俺はもうしばらくの間、ソフィアの手の温もりに触れ続けていた。



 練習はソフィアの最も得意とする光属性から始まった。
 続いてソフィアが使える水属性と風属性。そして、周囲にいくらでもあった凍属性の順で試していく。

 その結果、俺と相性が良いのは「風」と「凍」の属性だけだった。
 だが、冬に呪われた地には凍属性の魔力マナは豊富にある。
 凍属性と相性が良いのは幸運だったと言えるだろう。

「不思議に思ったのですが、魔獣さんのような方でも、魔術の勉強なんてするのですね」
 凍属性への素早い魔力変換、その反復練習中、不意にソフィアがそんなことを尋ねてきた。
「……なにか変か?」
「いえ。ただ、それだけ有り余るほどの魔力を持っているのに、魔術を使えないのが意外だなって……」
「あ、ああ。まあな」
 俺は即座に言い訳を考える。
 別に隠す必要もないのだが、自分が本当は人間だなんて――ましてや魔法のない異世界から来た最底辺の労働階級だったなんて、ソフィアに明かすつもりはさらさら無かった。

 今でも俺は人間に戻るつもりなどない。
 だから、元から魔獣だと思われたままのほうが、気分的にも楽なのである。

「その、なんだ……今までは使う必要がなかったんだ。だが、魔女に聞いてから、人間が使う魔術に興味が出てきてな。それで俺も学んでみようと思ったのだ」
 うん。嘘は言ってない。
 違和感は……持たれていないよな?

「でも、魔獣さんほどの魔力があれば、魔力不足に悩むことなんてないのでしょうね。わたしなんか、魔術の勉強を始めたばかりの頃はすぐ疲れちゃって……そのまま机で眠って、よく怒られていました」
 少女は懐かしむように照れ笑いをした。

「ソフィアにも、そんな時代があったんだな」
 なんとも微笑ましいエピソードだ。
「今思えば、本当に無茶してたなぁって思います」
「無茶? そんな大げさな、疲れて眠っただけだろ。頑張り屋の、良い子じゃないか」
 俺はそんなふうに軽く受け止めた。
 しかしそんな俺に、ソフィアは少し怒ったように注意する。
「いいえ、大げさではありません。ただ魔力を使い過ぎただけなら、一晩ぐっすり眠れば元通りですが、慢性的に精神をすり減らしたままだと、魔力欠乏症になってしまうのですから。甘く見ちゃだめですよ?」
「魔力欠乏症?」
「はい。下手をすると、命にもかかわる恐ろしいやまいです」
「おお、死ぬこともあるのか。怖いな」
 魔力の使い過ぎは今後、俺にだって起こりうる。仮に死ぬことがなかったって、苦しいのや、辛いのは嫌だ。
 念のために、しっかりと聞いておこう。

「魔力欠乏症とは、具体的にどういう病気なんだ?」
「わたしが今まで会った方ですと、無気力になったり、自暴自棄になったり、中には自ら命を絶つ人もいて……簡単に言えば、感情こころが死んだような状態になるんです」
 ……どれも思い当たる症状ばかりである。
 これはもしかして、例の過労死メカニズムの事だろうか?
「それは……思った以上に重症だな」
 なんとも、耳が痛い話だ。
「はい。特に自分で命を絶つなんて、それは、とても悲しいことだと思います」
 ソフィアはまるで、自分の身内に降りかかった不幸であるかのように、他人の不幸を悲しんでいた。

「その人たちに、他人の魔力を分け与えることは、できなかったのか?」
「それだと、一時的に回復するだけです。自分の力で生み出せるようにならないと、結局は……」
 俺はその言葉の続きを察した。

「そうか。なら……どうすることもできないのか。悲しいな」
「いいえ、本人次第ですが、助ける方法はあるのです。魔力欠乏症の人たちには、最初に自分を愛する教えを説いて、そこから心の力を取り戻すきっかけを作ります」
「自分を、愛する教え?」
 ソフィアはニコリと笑った。
 そして目を閉じ、祈るように手を組み合わせる。
 そのまま、詩を読むような心地で、何かの言葉を暗唱した――。


『人を愛することは素晴らしきことです。

 でも、まずは自分をきちんと愛してあげられるようになりなさい。

 己を愛せないままに誰かを愛そうとしても、己に向けている嫌悪を、他人にも向けるだけで終わるでしょう。

 そして、愛することができなければ、同じように愛されることもできないのです』


 ……この世界の聖書に載っている言葉だろうか?
 流石本職なだけあって、その姿はとてもさまになっていた。


『貴方の一番の理解者は、他の誰でもない、貴方自身であるべきなのです。

 いびつな自己愛をはぐくむでもなく、自己否定ばかりを繰り返すのでもなく、己の心に愛の大樹を育てるつもりで、これからを生きなさい。

 貴方の樹が他の誰かの樹と、寄り添え合えるようになるその日まで、わたしは傍で見守りましょう』

「……とはいえ、誰もがそのバランスを成し遂げるのは、とても難しいことです」


 聞き入っていたが、どうやら最後の一節は、ソフィア自身の感想だったようだ。俺は現実に引き戻される。
 ソフィアの説いた教えは、なんとも俺の胸に、ピンポイントで突き刺さる言葉だった。

「すごく……立派で、優しい教えだな」
 俺がありふれた感想を言うと、ソフィアはうなずいた。
「メアリス教の原典に載っている教えです。わたしは……ディオン司祭から学びました」
「司祭? それは、もしかしてメアリス教の?」
「……はい。レヴィオール王国から逃げたわたしを、かくまって育てて下さった恩人です」
 その言葉の端からは、そのディオン司祭が彼女にとって、本当に大切な人間だったことが伝わってきた。

 それにしても、今まで確証はなかったが、彼女が着ていた服はやはりメアリス教の修道服だったようだ。
 しかし、今のところメアリス教国は極悪非道な宗教国家で、ソフィアの敵だという印象しかないが……。

「事情を知らない魔獣さんからすれば、混乱してしまうかもしれませんね。そうですね、どこから説明しましょうか……」
 首をひねる俺の様子を見て、その疑問を察してくれたのだろう。
 ソフィアは冬の城に来る以前に世話になっていた、名も無き小さな町のことを語ってくれた。

 * * *

 ――メアリス教は異世界から呼ばれた英雄を信仰する宗教である。
 召喚された英雄は例外なく真人族であったため、メアリス教では真人族至上主義がうたわれている。

 これは以前にも魔女が話していた内容だ。

 この辺りの問題は、地球の歴史にもあった出来事だ。想像には難くない。
 むしろ、その流れに逆らってソフィアを保護したディオン司祭とやらは、かなり立派な人物だと思う。

 ソフィアいわく、詳しく調べてみると、その英雄たちは亜人族と結婚した者も少なくなく、その事実を知る者たちにとって真人族至上主義はかなり懐疑的な解釈らしい。
 実際、ほんの百年前は特に大きな問題もなく亜人と共存できていた記録が残っている。現教皇派はここ最近の新興勢力だそうだ。

 そのあまりにも暴虐的な振る舞いに疑問を持ったディオン司祭たち。
 彼らは結束して立ち上がり、今もなお戦っている――ソフィアはそう語った。

「立派な人間がいるものだな。世の中も捨てたものじゃない」
 もう、このディオン司祭とやらが真の聖人でいいんじゃないだろうか。
「はい、本当に立派な人です……」
 ソフィアは瞳を伏せた。
 気持ちは分かる。
「心配だな、ソフィア」
「……いいえ!」
 しかし、ソフィアは力強く否定した。
「実はわたし、それほど心配していないんです。味方になって下さる人たちも多いですし、ディオン司祭は強いお方ですから」
「……ああ。そうだな」
 俺はソフィアに相槌あいづちを打った。

 本当に、うらやましいぐらいにまぶしい少女だ。
 俺は決して手に入れられない宝物を眺める気分で、瞬く星に手を伸ばすのを諦めるような気持ちで、彼女のことを見つめていた。



「――もし仮に、騎士団に囲まれたところで、ディオン司祭なら返り討ちです! コテンパンにして追い返しちゃうはずです!」
「……え?」
 あれ? なんか変な方向に話が進んでないか?
 ソフィアがなにやら、とんでもないことを言い始める。

暴風テンペスト・大司祭ハイプリーストの二つ名は伊達ではありません。百人規模の盗賊でも、文字通り吹き飛ばせるんですから!! 拳で!!」
「ちょっと待って。強いって、そういう意味で?」

 まさかの物理方面の強さだった。だいぶ想定外である。
 そもそも、暴力で解決できる問題でもなかろうに……。

「だから、わたしたちも負けていられません。わたしたちも頑張りましょう!」
「お、おう!」
 どうしてその結論に至ったか理解できなかったが、俺たちは魔術の特訓を再開した。
 それは、ソフィアが夕食の準備に行くまで続いた。



 ――まあ、真面目に考えても、その結論に至る理屈なんてなかったのだろう。

 ただ、何かをしていないと、不安に押しつぶされそうになる。
 だからソフィアは、ああも張り切っていたのだ。

 この時、ソフィアが無理をしていることぐらいは、流石に俺でも気付いていた。
 でも、空元気に振る舞う彼女の胸の内に踏み込むべきか否か、俺には分からなかった。

 恥を忍んで胸の内を暴露すれば、怖かったのだ。
 下手に触れてソフィアを傷つけてしまったり、拒絶されることが。

 そして結局、俺は下手に触れないことを選択した。

「俺の助けなんて、ソフィアも望んではいないさ……」

 誰に対して言い訳するでもないのに、俺は弁明した。

 彼女が触れてほしくないと願うなら、俺はその誤魔化ごまかしに乗ってやろう。
 余計なことはしなくていい。
 どうせ、俺にできることなんて何もない。

 今までだってそうだった。
 俺が居なくても、代わりはいるから。
 心の底から、本当に俺を必要だとする者は、何処どこにもいない。

 俺は知らず知らずのうちに、あれほどなげいていた過去の自分を、不干渉である言い訳に使っていた。
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